File No.20

藤林 真美准教授

摂南大学 スポーツ振興センター 保健体育教室

コンディションばかりか
将来の健康問題にも影響する女性アスリートの月経問題

FLOW No.76

藤林 真美
Profile
ふじばやし・まみ 1988年中京大学体育学部体育学科卒。2003年日本女子大学家政学部食物学科卒。2007年京都大学大学院人間・環境学研究科共生人間学専攻修士課程修了。2010年同大学院博士後期課程修了。2011年摂南大学スポーツ振興センター講師を経て2016年から現職。博士(人間・環境学)。高校・大学陸上部時代はやり投げの選手で全国インターハイ、全日本インカレ、日本選手権入賞。群馬県出身。

昨年のリオデジャネイロ・オリンピック女子競泳に出場した中国の傅園慧( フ・ユアンフイ) 選手が400mリレーの後に「生理中で自分の泳ぎができなかった」と発言して話題になりました。日本でも元フィギュアスケート選手の鈴木明子さんがブログで現役時代の「月経の悩み」を告白するなど、徐々にこのデリケートな問題について発言する人が増えています。しかし、いまだに圧倒的多数の女性アスリートは、この問題に触れられず、対処方法についても無理解なままです。競技でのコンディションに影響するばかりか、放っておいたら将来大きな健康問題につながる女性アスリートの月経問題。2020年の東京オリンピックに向けて警鐘を鳴らす摂南大スポーツ振興センターの藤林真美准教授に聞きました。

女性ホルモンの増減が生む月経前症候群

月経とは「約1カ月の間隔で起こり、限られた日数で自然に止まる子宮内膜からの周期的出血」と定義されています。

藤林:生殖年齢の女性ならほとんどが大なり小なり月経の影響を受けます。女性ホルモンが約1カ月周期でがらっと変化することで女性に精神的・身体的な変化が生まれるのです=図とことば(下)。私は学生のころ陸上のやり投げをしていましたが、大学4年の全日本インカレでは競技前日に月経が始まり、腰に全く力が入らなくなって力を発揮できなかった経験があります。摂南大で受け持っているスポーツ科学実習の授業でも、月経で調子が悪く授業を受けられない学生もいます。

月経のメカニズム = まず脳の視床下部から性腺刺激ホルモン放出ホルモンが分泌され、その刺激で脳下垂体から分泌された卵胞刺激ホルモン(FSH)が卵巣を刺激し、成長した卵胞からエストロゲン(卵胞ホルモン)というホルモンが分泌される。それがピークになると脳下垂体から排卵を促す黄体化ホルモン(LH)が分泌され排卵になる。排卵後は卵胞が黄体となり、ここからプロゲステロン(黄体ホルモン)という妊娠を準備するホルモンを分泌。エストロゲンとプロゲステロンの働きで子宮内膜が厚くなり受精卵が着床しやすくなるが、妊娠が成立しないと、黄体は2週間で白体へ変化しプロゲステロンが減少。子宮内膜が剥がれ落ちて膣から排出。この一連が月経。

具体的に月経で女性の体にどんな影響があって、どれくらいの割合の女性アスリートがパフォーマンスへの影響を感じているのでしょうか。

藤林: 性周期と関連して発現する身体や気分の変動は月経前症候群(PMS)といわれ、多くの女性が少なからず経験しています。これは月経開始の3~10日前から始まる症状で、月経開始とともに軽快ないしは消失します。症状は下腹部痛、乳房痛、いらいらといった身体・精神症状から、集中力、意欲の低下や作業能率の低下といった社会行動上の変化に至るまで幅広い症状が認められます。これらが女性アスリートのコンディションや競技でのパフォーマンスに大きな影響を与えるのです。東京の国立スポーツ科学センター(JISS)の調査では、国内トップアスリートの約4割が「影響がある」と答えています。また、性周期から換算するとどんな大会でも、女子の出場選手の約4人に1人は月経中ということになり、月経前の諸症状を抱えている選手を加えると半数近くの選手が少なからず月経にまつわる影響を受けていることが推察されます。

近年、女性アスリートの健康管理問題として挙げられている「女性アスリートの3主徴」(米スポーツ医学会)に「エネルギー不足」、「運動性無月経」、「低骨量」があります。継続的な激しいトレーニングが原因とされていますが、エネルギー不足は無月経など月経異常を引き起こすことが考えられますし、低骨量は無月経によるエストロゲンの低下が原因です。どれも月経とホルモンが密接に関わっています。それから10代のアスリートでは初経の遅れという問題もあります。

疲労骨折や骨粗しょう症のリスクにつながる運動性無月経

その無月経は大きな問題ですね。

藤林: 運動性無月経は、陸上長距離や体操、新体操、フィギュアスケートなどの選手に発生率が高いとされています。エネルギー摂取不足や身体的・精神的ストレス、体重や体脂肪の減少などが原因です。無月経になると女性ホルモン(エストロゲンやプロゲステロン)が低下し、長期化すると妊娠しにくくなったり、骨密度(骨量)が低下して疲労骨折をしやすくなるなど、大きなリスクを抱えることになります。正常な月経のアスリートなら一般人より骨密度が高いことが普通で、私が摂南大看護学科の女子学生と中京大陸上部の選手らに協力してもらった調査でも確認できました。ところが、エネルギー不足のアスリートはカルシウム不足状態になり、更に無月経になると骨代謝にも影響するエストロゲンの低下により骨密度が低下し疲労骨折を起こしてしまうのです。正常月経の選手と無月経の選手を比較すると、疲労骨折の経験の割合は明らかに無月経の選手に多くなります。決してトレーニングのやり過ぎだけで疲労骨折するわけではないのです。

一般に骨密度は20歳前後にピークを迎え、その後緩やかに下がっていきます。若いうちに無月経になるとそのピークが低くなってしまいます。長い人生を考えると、将来的な骨粗しょう症や骨折の危険性を回避するという意味合いからも、若年期に骨量をできるだけ高めておくことが大切です。

なくならない指導者の無理解

これらの問題について指導者や保護者に認識は広まっていますか。

藤林:なかなか広まっていません。いまだに「どんどん体重を減らせ」などと言う女性指導者すらいるようです。また、男性指導者はこの問題を正しく理解していない人が大部分ではないでしょうか。一方で現役の選手は目の前の勝利や記録にこだわるため、大きなリスクに目を向けない傾向が強いのでしょう。ごく一部のトップアスリートは国立スポーツ科学センターの指導などもあり、理解が深まっていますが、一般の学校現場では理解が進んでいないのが現状です。

女子学生からさまざまな相談も(摂南大総合体育館トレーニングセンターで)

海外では広がる低用量ピル エネルギー不足に注意も

対処方法としてはどんなことがあるのですか。

藤林:痛みのある時に鎮痛剤を飲む選手は多いですが、根本的な解決にはなりません。月経痛がある場合や月経が3カ月以上遅れたら、ぜひ婦人科の医師に相談してほしいですね。海外の女性アスリートは、大きな競技大会と月経が重ならないよう調整するために低用量のピル(OC:経口避妊薬)を服用しています。1日1錠ずつ連続で服用し月経周期をコントロールして、試合の時期に月経が重ならないようにしています。

日本の女性アスリートの中では低用量ピルの使用は進んでいませんね。

藤林:まだピルに対する誤解が根強くあるようです。「飲むと太る」とか「ドーピングにひっかかる」などです。血栓症発生などの副作用があったかつてのピルと違い、低用量ピルには副作用はほとんどなく、もちろんピルは禁止薬物ではないのでドーピングにもなりません。

また、女性アスリートの栄養摂取について、日ごろ貧血予防のため鉄分やビタミンCの積極的な摂取を実行している選手は多いと思うのですが、あまり知られていない情報として「エネルギー不足」が挙げられます。摂取エネルギー不足は、無月経→疲労骨折とつながっていきます。タンパク質や鉄分などの微量栄養素に加え、エネルギー量の確保にも十分配慮することが重要です。

今後の課題は?

藤林: 日本臨床スポーツ医学会は既に低エストロゲンに警鐘を鳴らす指針を出していますし、東京オリンピックに向けて日本産科婦人科学会もこの問題で啓発活動を進めています。

かつては男子選手が圧倒的に多かったオリンピック日本選手団も、最近では男女の数が拮抗してきています。東京オリンピックを機に、女性ならではのコンディションも十分に自覚して、女子選手も更に輝いてほしいですね。

東京五輪 x 「Team常翔」