針尾 大嗣 教授

摂南大学 経営学部 経営学科

サイバー空間の脅威と対応

FLOW No.103

針尾 大嗣
Profile
はりお・だいじ 1997年同志社大学商学部卒業、2006年早稲田大学大学院国際情報通信研究科博士課程修了。早稲田大学国際情報通信研究センター助手、講師として、心理情報プロトコル分析等の研究に従事。2007年摂南大学経営情報学部(現:経営学部)准教授。2021年から現職。大阪府警察サイバーセキュリティアドバイザー。欧州犯罪学会サイバー犯罪研究部会メンバー。博士(国際情報通信学)。公認心理師。長崎県出身。

新型コロナウイルス感染拡大によるテレワークの広がりや生活へのインターネットの浸透に伴い、サイバー犯罪が増加しています。全国の警察に摘発された件数は2021年が1万2209件と前年比23.6%プラスの大幅増、2022年は1万2369件と過去最多を更新しました。企業や公的機関では、感染するとコンピューターなどに保存されているデータを暗号化し、解除に金銭を要求する不正プログラム「ランサムウェア」による被害も拡大しています。サイバー空間のさまざまな脅威に対処するためどのような研究が進んでいるのか、今後どのような犯罪が考えられるのか、摂南大経営学科で情報学を専門とする針尾大嗣教授に聞きました。


私が情報通信技術に興味を持ったのは、子供の頃に見たテレビ番組がきっかけでした。日本の戦国武将たちが戦況の把握や各地に散らばる兵士に指示を送る際に用いた狼煙や飛脚、18世紀末の欧州を戦場とした戦いでナポレオンを勝利に導いた腕木信号機。こうした情報を伝える方法やテクノロジーが世界を変えてきたということに衝撃を受けました。大学で、意思決定行動に関するゲーム理論を学んだ後、大学院では、ひとの心理・行動情報を収集・解析するための情報通信技術や仕組みについて研究しました。

大学院に在籍していた2001年、アメリカの移動体情報通信技術(無線技術など)の開発動向やIT産業支援制度について調査するため、ニューヨーク州にあるホフストラ大学を拠点に活動を行いました。ニューヨークで同時多発テロが起きたのは、この活動を終え帰国した直後のことで、そこから「Human Security(人間の安全保障)」を意識した研究に取り組むようになりました。

痕跡情報手がかりに分析

専門としているのは、情報学(サイバーインテリジェンス、プロファイル分析)で、サイバー空間のさまざまな脅威(サイバー攻撃集団の動向や手口など)について研究しています。

情報通信技術の普及に伴い、国や企業は情報を電子データで保有するようになりましたが、近年、これらの情報を狙ったサイバー攻撃が急増しています。攻撃の手口やサイバー攻撃者の能力、関連組織などについて情報を収集・評価・分析するプロセスや体制をサイバーインテリジェンスと言います。

また、サイバー攻撃を受けると被害者側に痕跡情報が残ります。 犯行現場に犯人の足跡や指紋が残ることと同様です。この痕跡情報を、例えば、The Pyramid of Pain と名付けた階層図を使って分類します(図1)。ピラミッドの頂点に近い層ほど、攻撃者の特定につながる有用な情報になるのですが、こうした情報を用いた特定作業をプロファイル分析と呼んでいます。

脅威を可視化する

最上位層のTTPs とは、戦術(Tactics)、技術(Techniques)、手順(Procedures)の略称で、サイバー攻撃者の攻撃目的や攻撃パターンといった特徴を整理したものです。このTTPs を分析するには、過去に起きたサイバー攻撃に基づいて作成されたATT&CK というフレームワークに当てはめます。例えば攻撃フェーズなら14段階に分かれています(図2)。サイバー攻撃の手口をステップごとに明らかにし、その特徴をつかむことができれば、防御のための対策をより具体的に検討することが可能になります。


2020年10月から11月にかけて、日本の有名ゲームソフトウェアメーカーがサイバー攻撃を受けました。コンピューターやデータファイルを暗号化して使用できなくし、暗号解除のための身代金(Ransom)の支払いを要求するランサムウェアと呼ばれる攻撃でした。しかもこのケースでは、暗号化だけでなく、社内の機密情報を盗み出しダークウェブと呼ばれるウェブ空間上で公開し恐喝するという二重の攻撃が行われています(図3)


この攻撃をATT&CK を使って可視化してみました。横軸に攻撃フェーズ14段階の戦術、縦軸に各フェーズで使用される技術が並びます。色付けした部分がこの攻撃者が使用した技術・手口になり、その特徴が分かると思います(図4)

実は身近なサイバー犯罪

サイバー攻撃の標的には消費者も含まれます。一般に「サイバー攻撃」が国や企業を標的にしたものを指すのに対し、消費者を標的にするものは「サイバー犯罪」と呼んでいます。多くは詐欺、不正薬物取引、売買春、ストーキング、マネーロンダリングなど、従来型の犯罪が情報通信ネットワークを介して実行されています(図5)


これらのサイバー犯罪は、高度なコンピューター技術を身につけたブラックハッカーのような専門家によるものとは限りません。私たちが日ごろ行っているネット掲示板やSNS上での発信が、他人の名誉毀損につながることもあります。また、SNSのアカウントが乗っ取られた場合、知人や友人に被害が及ぶ恐れもあります。このように自分自身が、サイバー犯罪者同様に周囲に被害を与えていたり、犯罪行為に加担していたりすることは十分にありうることですので、気をつけなければなりません。

コロナ禍により、インターネットを利用する人の数や利用時間は格段に増えました。今後は、オンライン上でコミュニケーションを取ることに抵抗感や警戒心がなくなった消費者たちが、サイバー犯罪者たちの格好のターゲットになるはずです。おそらく、AI(人工知能)によって作られたホンモノと見分けがつかない巧妙なフィッシングメールやフィッシングサイト、チャットボットが使われ、更に被害が増えることでしょう。

「守りの経営学」につなげる

現在、私はサイバー犯罪者のアトリビューション(意図/ 動機、能力の分析による犯罪者の特定)に用いる分析モデルの研究を欧州犯罪学会サイバー犯罪研究部会に所属する世界の犯罪学者たちと共に進めています。 近年話題となっているAI、暗号資産、メタバース(3次元仮想空間)、NFT(非代替性トークン)、ダークウェブといった新たな情報通信技術は、今後、サイバー犯罪者のTTPs に影響を与えるでしょう。これらの動きについても、警察をはじめとした関係機関と情報共有をしながら、その対策についても検討しています。

サイバー攻撃やサイバー犯罪は、企業の信用やマーケティング活動に与えるダメージが大きく、消費者の生活にも深く関わっています。そのため経営学部の学生には、サイバーセキュリティやリスクマネジメントといった「守りの経営学」についても関心を持ってもらいたく、日々の教育活動にも力を入れています。

ダークウェブ上で偽造旅券等が取引されているサイトを発見し調査している様子(撮影:針尾研究室にて)



※=科研費:2018-2022年度は基盤研究C「サイバー犯罪のリスク発見・判別支援の為の統計的プロファイル分析モデルに関する研究」、2022-2024年度は基盤研究C「サイバー犯罪情報分析に用いるアルゴーコーパスの構築と国際運用スキームに関する研究」

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