藤井 秀司 教授

大阪工業大学 工学部 応用化学科

滴のデザイン自由自在 リキッドマーブルの世界

FLOW No.108

藤井 秀司
Profile
ふじい・しゅうじ 1998年神戸大学工学部応用化学科卒。2000年同大学院自然科学研究科応用化学専攻修士課程修了。2003年同研究科分子物質科学専攻博士課程修了。英国サセックス大学生命科学科博士研究員、同シェフィールド大学化学科博士研究員を経て、2006年大阪工業大学工学部応用化学科講師。2017年から現職。博士(工学)。米国スタンフォード大学と学術誌の出版社エルゼビア社が発表する世界で最も影響力のある研究者トップ2%を特定する包括的なリスト「標準化された引用指標に基づく科学者データベース」にも選ばれている。大阪府出身。

暑い夏は水辺が恋しく、水滴や水玉を見るだけでも涼しさを感じるものです。一方、化学の世界にはリキッドマーブル」という不思議な滴が存在します。リキッドマーブル研究に取り組む大阪工大応用化学科の藤井秀司教授に、作製法や特徴、研究を生かした新たな技術が社会にどのようにつながっていくのかを聞きました。




※液滴= 液には水や水溶液、粒子の混濁液、油、
イオン性液体など多様な素材を用いている

液滴※の表面を微粒子が覆った状態、またはその物体を「リキッドマーブル」と言います(図1)。液体を保った状態でありながら固体のように扱うことができるので、硬いものの表面をコロコロと転がしたり、水面の上に乗せたりできます。

私がリキッドマーブルの研究を始めたのは、大阪工大に講師として赴任して3年目の2008年ごろです。元々はエマルション(乳化)という油滴が水の中に分散する、あるいは水滴が油の中に分散した状態に関する研究をしていました。本来は分離する水と油ですが、微粒子を界面活性剤として利用することで混ざった状態にすることができます。水滴や油滴を覆う界面活性剤として働く微粒子について研究する中、液滴を微粒子で覆うと空気中でも安定させられるというリキッドマーブルの論文を見つけました。この研究は物理分野で進んでいたので、化学分野の私なら、さまざまな大きさや材質のリキッドマーブルを生み出し、世界で注目される研究につながるのではないかと考えました。

六角形プレートを使い形状や構造への影響探る

リキッドマーブルを覆う微粒子として、シリカやポリテトラフルオロエチレン、ポリスチレンなどを使います。これらの粒の大きさは数十ナノメートルからマイクロメートルサイズとばらつきがあり、形も不ぞろいです(1mmの100万分の1がナノメートル、1000分1がマイクロメートル)。リキッドマーブルを作るには、シャーレに微粒子を敷き詰め、そこにピペットなどで液滴を落とし、滴を転がして表面に微粒子を付着させます。さまざまな素材を用いて作製する中、粒子の形状やサイズがリキッドマーブルの形状や構造にどのように関係するかを解明する必要性を感じました。そこで、ポリエチレンテレフタレートの六角形プレート(対角の長さ約0.2~2mm、厚み40~50マイクロメートル)を使い、異なる大きさのリキッドマーブルを作製して形状や構造にどのような影響があるかを探りました。

その結果、プレートの大きさに比べて大きな滴でリキッドマーブルを作ると、球形や扁球形になり、表面を観察するとプレートが規則正しく並ぶハニカム構造を形成していました。一方、プレートと滴の大きさが1:1に近い場合では、シャープな角を持った六面体や五面体、四面体のリキッドマーブルを作製できることが分かりました(図2、3、4)



扁球形のリキッドマーブル2つを合体させるとダンベルのような形になったり、多数の球形リキッドマーブルを順番に結合させていくと長い棒状の滴を作ったりもでき、最長で1.7mになりました。私たちが開発したリキッドマーブルは滴の形を自在にデザインできることから、エレクトロニクス分野をはじめ、さまざまな工業分野に応用できる基本技術として今後もますます注目されると考えています。

アブラムシの甘露をヒントに粉体状粘着剤

私がリキッドマーブルを研究する中で大きな刺激を受けたのは2012年から5年間実施された科学研究費の大型プロジェクト「生物多様性を規範とする革新的材料技術」に公募研究員として参加した時のことです。代表を務めていた東北大の下村政嗣教授(現:公立千歳科学技術大名誉教授)の専門は生物の構造や機能を模倣して再現する研究「バイオミメティクス」です。プロジェクトでは、生物の特徴的な機能を明らかにすることから環境・資源ならびにエネルギー問題の解決につながる「生物規範工学」という新たな研究分野を作ることを目的にしていて、工学や生物学、博物学、経済学などさまざまな分野の研究者が集っていました。

下村教授は私にアブラムシの研究をしている北海道大大学院農学研究院の秋元信一教授(昆虫体系学研究室、現在は同大名誉教授)を紹介してくれました。アブラムシの中には、肛門から出す甘露を体から出すワックス成分で覆ってリキッドマーブルを作っている種がいるからでした。

北海道大に秋元教授を訪ね、案内を受けながら札幌キャンパスを歩くと、ハルニレ(エルム)の木にくるくると丸まった葉が見えました。「虫こぶ」と呼ばれるもので、中にアブラムシが生息しています。虫こぶをつつくと、直径0.1mmほどの白い球がぼろぼろとこぼれ出ました。アブラムシのリキッドマーブルです(写真)。秋元教授になめてみるよう促され、ためらいつつも口に含むと「甘い」と味覚への刺激を受けました。しかし、それ以上に私を驚かせたのは、リキッドマーブルを指でつぶすと、コロコロとした状態がベタベタとした感触に変化したことでした。「これは、新たな粘着剤に応用できるのではないか」とひらめきました。

アブラムシは粘着性のある甘露をワックスで覆うことで、虫こぶの外に排出しやすくしています。虫こぶが半閉鎖空間になっているため、甘露がたまると自分がおぼれ死ぬことや、糖分が高い甘露により生活空間にカビが生えることを防ぐためだと考えられています。アブラムシのリキッドマーブルの調査分析には、私の研究室の学生が北海道に3カ月近く滞在して、約2000個のリキッドマーブルを集めて大きさを測定し、甘露やワックスの成分、電子顕微鏡で粒子の付着状態などを調べました。



調査を元に粉体状粘着剤を開発しました。粘着性高分子のポリアクリル酸n-ブチル粒子の水分散体の滴を炭酸カルシウム粒子の乾燥体の上に転がし、内部にラテックスが含まれたリキッドマーブルを作ります。その後、水分が蒸発することで、中心が粘着性高分子、周囲は炭酸カルシウム粒子というリキッドマーブルの粘着剤を完成させました。現在、この粉体状粘着剤は製品化に向けて企業と研究を進めています。大量生産できることや一定期間安定した状態で保存できることが求められるので、市場に出回るにはもう少し時間がかかりそうです。粘着剤としてはテープや液体、スプレーなどがありますが、粘着性が使用する上で制約につながることもあります。微小な粉体状粘着剤ができれば、細い管の隙間に挿入するなど、新たな用途にも使えそうです。

リキッドマーブルを作製する学生を見守る藤井教授(奥)。フランスからの留学生2人も見学

液滴や微粒子を変えて多様な機能に

リキッドマーブルの魅力は、液滴や微粒子を変化させることにより多様な機能を持たせられることです。

タイのチュラロンコン大との共同研究では、天然由来の高分子粒子を使い、食品の腐敗検出センサーとして機能する直径2mmのリキッドマーブルを開発しました。腐敗ガスに触れると黄色から緑色に変色する試薬を溶かした水溶液をカニ・エビ由来の高分子(キトサン)とパームヤシに含まれる成分(ステアリン酸)を複合化して合成した天然由来粒子で覆っています。食品の腐敗の有無についてリキッドマーブルの色の変化から確認できる上、微小な粒のため転がしたり滑らせたりして狭い空間に入れることもできます。

この他、光を当てると発熱する微粒子を使い、物質の運搬に応用できるリキッドマーブルも作製しています。このリキッドマーブルを水面に浮かべてレーザーを当てると、手前と背後の水面に温度差が生まれて流れが起き、リキッドマーブルを動かすことができます。また、リキッドマーブルを動かした後、近くにアルコールを添加すると、リキッドマーブルが崩壊し内部液を放出させることもできます。この技術を応用すれは、リキッドマーブルをカプセルとして物質の運搬や放出に使うこともできるのです。

リキッドマーブルの新たな機能についてはアイデアが尽きることはありません。粒子の大きさや形、表面の凹凸、液滴表面への脱着のしやすさなどにより性質はさまざまに変わります。将来的には液滴と微粒子の素材や形状について系統立てて調べて、書物や総説にまとめて後世に残したいと思っています。

自身の視野を広げ、研究に新たな発想を得たいと30代では意識して異業種の人と話をすることを心掛け、1カ月に少なくとも新しい人物に1人出会うことを自らに課しました。今も異分野の研究者と話をしたり、山や海など自然の中で観察したりすることは創造性への刺激に欠かせません。研究は私にとって自己表現でミュージシャンや画家と同じ感覚です。独創的な研究をこれからも続けていきたいと思っています。

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