河野 良坪 准教授

大阪工業大学 工学部 建築学科

風を読み、光や熱を捉え建築物の環境性能を高める
新時代の設計手法

FLOW No.98

河野 良坪
Profile
こうの・りょうへい 1998年早稲田大学理工学部建築学科卒。2003年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了、2006年同博士課程修了。東京大学生産技術研究所特任研究員、同大学特任助教などを経て、2011年大阪工業大学工学部建築学科講師。2015年から現職。大阪市都市整備局ESCO事業提案評価会議委員。主な著書は、「エコ住宅・エコ建築の考え方・進め方」(共著、オーム社2012、学術書)。博士(工学)。埼玉県出身。

CFDや逆解析などのシミュレーションを駆使

コロナ禍で建物内の換気や通風に関心が一気に高まりました。大阪工大建築学科の河野良坪准教授はこうした空気の流れだけでなく熱、光などの変化を最新の手法でシミュレーションや解析することで、環境性能を高めた建物や街区の設計、都市防災対策を実現する研究をしています。国が推進するゼロエネルギー住宅(ZEH)の達成などには、建築のデザインと環境とのバランスがますます重視されています。毎年、さまざまな研究者、建築家、企業と共同研究を実施し、実設計や都市計画に多様なシミュレーションを駆使した建築環境工学という新しい視点を導入しようとしている河野准教授に聞きました。

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私が建築環境工学に興味を持ったのは東京大の大学院に入って東京大学生産技術研究所で風洞実験装置を使った研究を始めてからでした。今の研究につながる風のシミュレーションは、同研究所の研究員時代の委託研究で、高層ビルの風害を調べる風環境評価に携わったのがきっかけでした。以前、風環境評価は風洞実験で行われていたのですが、手作業で模型を作るなど大掛かりになるためコストも時間もかかります。実験や実測が最も信頼できるもので、コンピューターを使ったシミュレーションは実験や実測に対して信頼性がやや落ちるものの、低予算かつ短期間でできる利点があります。そこで私も風洞実験から、CFD(数値流体力学)などの解析・シミュレーション手法を使った研究に軸足を移していったのです。現在では多くの風環境評価はシミュレーションで行われているのが実情です。

CFD解析というのは流体の運動方程式についてコンピューターを使って解くことで気体・液体の状態をシミュレーションして観察する手法です。大阪工大に着任してから、主に建築分野において、使いやすいCFD解析を可能とする「FlowDesigner」というソフトを開発した企業(アドバンスドナレッジ研究所)と共同研究し、研究で得られた知見をソフトの改善にフィードバックする形で協力してきました。それによってCAD(コンピューターによる設計支援ツール)で設計した建物の3Dデータを簡単に取り込んでシミュレーションできるようになりました。10年ほど前のことですが、今では多くの大手建設会社も使っています。図はシドニーのオペラハウスのCADによる3Dデータを取り込み、風の流れを無数のパーティクルの動きで視覚化した例です。

最近の研究の主軸は、このCFDに「随伴変数法による逆解析*」という手法を組み合わせて建築の環境設計に応用することです。この逆解析は機械系分野における航空機の翼の設計などに用いられる手法です。通常のCFD解析ではさまざまなケースを順々に計算して高い性能が実現できる答えを網羅的に探していきます。逆解析とはこの繰り返しの手間を省き、数学的手法で現状よりも優れた答えを得ることのできる非常に便利な方法です。例えば「住宅の壁のどこに窓を開ければ最も理想的な風の流れを生むか」という課題を通常のCFD解析では、さまざまな位置に開けた窓ごとに風のシミュレーションをします。これに対して逆解析を使えば、1回のCFD解析結果から、どこに窓を開ければ(設計変数)、目標となる風の変化(感度)を最大限に引き出せるかのデータを得られるのです。
*注=「設計パラメーターを決めて既知とした上で未知の結果を推定する」ことを順解析と呼び、逆に「既知の結果から未知の設計要因を推定する」ことを逆解析と呼ぶ


こうしたシミュレーションや解析の技術を実際の建築設計や都市計画に広めたいと取り組んでいますが、そのために更に使いやすく世の中で必要とされる手法に変えていかなければならず、さまざまな分野の専門家らと一緒に考えていく必要もあります。私の研究室では、建築家と協力して実設計へのシミュレーション技術の適用を試みたり、他大学の先生方や企業の人たちと議論したり、都市計画の研究室との共同研究を通して環境性能を担保した街区設計の在り方について検討したりと、幅広く連携することを重視しています。

木密市街地の防災シミュレーション

いくつかの共同研究の例をご紹介します。

大阪工大建築学科の岡山敏哉教授の研究室との共同研究が、「京都市の木造密集市街地における防災シミュレーション」です。

わが国には木造密集市街地が数多くあり、災害に対して脆弱です。ここでは、京都市の歴史地区を対象として、火災を想定した防災シミュレーションをしました。火災時の延焼性状を防火対策別に示し、CFDを用いて火災時の煙流動を解析、マルチエージェントシミュレーション(各々に行動ルールを持たせた複数の人や生物などを同時進行的に相互作用させながら動かすシミュレーション)を用いて避難行動も予測しました。


この研究で、京都の町家で特徴的な裏庭を延焼防止帯や避難路として活用することの有効性が分かりました。また、煙流動に関するCFD解析では屋根の不燃化や延焼防止帯の有無など4つのケースで検証し、屋根を不燃化し、かつ裏庭を延焼防止帯として活用した場合が避難路を最も確保できていることが分かりました。避難シミュレーションは、煙流動の影響下で、風速、屋根の不燃化の有無、前面道路拡幅の有無、裏庭の避難路としての活用の有無、前面道路・裏庭を結ぶ通路の有無の組み合わせで6つのケースを設定し検証。裏庭を避難路として活用する有効性が示されました。

通風に配慮した住宅の設計


宝塚市の斜面に実際に建てられた住宅の設計に、CFD逆解析を使って効果的な通風のための窓や間仕切り壁の位置を提案しました。

まずアメダスの気象データで土地周辺の風速・風向を分析。山沿いの地形に吹く特有な風を再現するためにGIS(地理情報システム)などで地形と建物をコンピューター上に再現し、CFD逆解析をしました。その結果、最適な外壁の開口位置と間仕切り壁の位置を決定しました。図の赤い色で示された所が効果的な(感度が高い)所であることを示しています。

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シミュレーションが建物を決定する時代に

従来、建築の形は意匠・構造面から決定されることがほとんどでしたが、シミュレーション技術の発達により設計プロセスの中で物理面を含めた検討が比較的容易に可能となり、環境工学の面からも決定・判断できる範囲は今後広がっていくものと思われます。逆解析には更に先の可能性があり、設計の初期検討案や改善案について、環境工学の根拠に基づくシミュレーションが牽引する、いわば「Simulation-driven」を具現した設計プロセスが現れるかもしれません。現段階では試行段階の部分も多くありますが、近未来における逆解析の発展・普及を期待しています。

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