- Profile
- かねとう・けいいち 1971年大阪大学工学部電気工学科卒。 1975年同大学院工学研究科電気工学専攻博士課程を中退し同学科助手。1981年米国ペンシルバニア大学化学科博士研究員。1987年大阪大学工学部助教授。1988年九州工業大学情報工学部教授。フランスのグルノーブル核物理研究所やペンシルバニア大学の客員研究員などを経て、2001年九州工業大学大学院生命体工学研究科教授。2015年から現職。工学博士。 香川県出身。
オフィスから宇宙船まで
昨年8月に東京ビッグサイトで開かれた大学発“知の見本市”である「イノベーション・ジャパン2018」で、大阪工大生命工学科の金藤敬一教授の研究「尿を直接燃料とする高出力電池の開発」が多くの企業の注目を集めました。化石燃料の枯渇や原子力発電所の放射性廃棄物の問題を前に、持続可能なエネルギーの開発は地球全体の喫緊の課題です。人間の身近にあり、汚物として捨てられる尿を燃料に発電できれば、オフィスビル、商業施設、酪農施設などから、災害被災地や山岳地帯などの極限の環境の現場まで、利用範囲は広く、有望なエネルギー源になります。人が排出するものを自ら利用する究極の持続可能エネルギーです。開発した燃料電池の更なる性能向上に取り組む金藤教授に開発の経緯や今後の展望を聞きました。
開発した尿燃料電池で青色LEDを点灯
ひらめきは南アルプスの山小屋で
もともと導電性高分子の研究をしてきた私が、尿を使ったバイオ燃料電池の開発に取り組んだのは60歳を過ぎて始めた登山がきっかけでした。南アルプスを縦走して北岳(3193m)の山小屋に泊まった時でした。夜になると真っ暗でトイレに行くにも懐中電灯が必要です。用を足しながら「この尿を燃料にした電池ができれば」と思いついたのです。下山すると高速道路のサービスエリアのトイレに人が列をなしているのを見て、「貴重なエネルギー資源が捨てられている」と改めて気付きました。
燃料電池は燃料の酸化反応で放出される化学結合エネルギーを継続的に電気エネルギーとして取り出す“発電装置”です。その酸化反応を促進するには+と-の2つの集電極に触媒が不可欠で、燃料電池の性能はその触媒に大きく依存します。水素燃料電池を始め多くの燃料電池には「万能触媒」と言われる白金が使われていますが、尿素に対して白金触媒は効果がありません。米国のNASAや米軍研究機関も尿素に注目してきたのですが、有効な触媒がなかったことがネックとなり、研究が進まなかったのです。
新しい触媒発見がカギに
私の最初の尿燃料電池開発は、その触媒としてCuNi(銅ニッケル)をメッキした市販の織布に導電性高分子のPEDOT*PSS= ※注=を塗ったものが効果を発揮することを発見したことが大きなカギでした。
4年前に大阪工大に着任後、導電性高分子の新たな応用を考えていた時に、40年に及ぶ研究経験から「燃料電池の触媒に使えるのでは」と着想しました。当初はビタミンCやグルコース、アルコールなどのバイオ燃料で研究を始めました。同時に燃料電池の新しい使い方として災害時などに使えるポータブルで軽量な燃料電池の開発も目指しました。現在使われている硬い電極ではなく軟らかくフレキシブルな軽い電極として、スマートフォンなどのシールド材(ノイズ電波を遮断する材料)に使われているCuNiメッキ織布を使ってみると、レモン果汁(ビタミンC)に高い触媒活性を示すことが分かりました。その織布にPEDOT*PSSを塗ると更に高い出力を得られました。「それなら尿素でも試してみたら」となり、尿素にも大きな触媒効果を発揮することを発見したのです。
できた燃料電池は1㍑当たり0.5モルの尿素で、触媒1平方㌢ 当たり最大2.62㍉㍗の出力が得られました。昨年のイノベーショ ン・ジャパンでは、デモンストレーションとして尿燃料電池を4個直列して青色発光ダイオード(LED)を2時間ほど点灯させました。
水素燃料電池は約1000㍉㍗の出力ですからそれと比較するとまだまだですが、100㍉㍗くらいになれば採算が取れる電池になります。山小屋の電灯を点けるためには20~30㍉㍗は必要ですから、せめてそのレベルにまで出力を上げることが当面の目標です。
強みは発電コストの安さ 新たな有力触媒も発見
燃料としての尿の大きな利点は、植物由来のバイオマス(生物 資源)には採取コストが必要なのに対して、もともと廃棄物として集積されるものなので収集コストがかからないことです。尿に約2%含まれる尿素=CO(NH₂)₂=は1㍑当たりのエネルギー密度(単位質量当たりに取り出せるエネルギー)が液体水素の1.6倍と言われています。燃料電池は間接型と直接型に分類できます。間接型は例えば都市ガス(メタンガス)を水素に改質し、水素で発電するといった中間プロセスを経ますが、直接型はプロセスなしにそのまま利用できます。尿は直接型で発電コストが安いのです。
一方、課題は出力を上げることの他に、触媒の耐久性や出力の安定性の確保があります。開発した電池の触媒の耐久性はまだ1日ほどです。それを1年以上に伸ばす必要があります。出力を上げるためには、より効率の高い触媒探しも必要です。その後の研究で市販の使い捨てカイロの鉄粉とPEDOT*PSSを混ぜてカーボン不織布に塗布した触媒を用いることで、これまでの出力の3倍近い最大10㍉㍗以上を達成し目標に少し近付きました。尿素を使っても人間の実際の尿を用いても同レベルの結果が得られることを確認できました。燃料の循環や空気の送風も不要なシンプルな構造で室温で使える燃料電池では世界最高出力です。
100社以上が関心
昨年のイノベーション・ジャパンの会場では、石油、自動車、電気、素材、化学薬品、建設、繊維、農業機械、半導体、食品、宇宙システム、総合商社などあらゆる産業の企業から注目され、名刺を交換したのはあっという間に100社を超えました。それだけ可能性の大きな電池だと再認識できました。現在の小さな出力でもセンサーとしては使えるので、例えばオムツに搭載できれば介護現場や病院で高齢者や患者の排尿を知らせる信号を送るツールになります。出力が上がれば、資源制約の厳しい環境の宇宙船や山小屋などでの利用が期待できます。また自身の尿を使った人工臓器のエネルギー源としても有望です。
私はどんな研究も最初にやり始めた者の責任は、ジェットコースターに例えればその軌道の頂上まで押し上げることだと思います。そこまで行けば、後は放っておいても傾斜を走り始めるように、多くの企業が開発を進めてくれます。尿燃料電池を軌道の頂上まで押し上げることが私の責任と思い試行錯誤を続けています。
※注【PEDOT*PSS】導電性が非常に高い高分子。スマートフォンのコンデンサーや薄膜として成膜するとほぼ透明になるためタッチパネルとしても広く使われている。