樫原 茂 准教授

大阪工業大学 情報科学部 ネットワークデザイン学科

生成AIと、どう向き合う?

FLOW No.105

樫原 茂
Profile
かしはら・しげる 奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科博士後期課程修了。同大学院先端科学技術研究科助教、カリフォルニア大学ロサンゼルス校客員研究員などを経て、2020年から現職。博士(工学)。

ChatGPTの登場により生成AI(人工知能)への関心が世界的に高まっています。未来社会を大きく変える存在として期待される一方、誤った使い方への警鐘も相次いでいます。そんな中、大阪工大ネットワークデザイン学科は7月5日、生成AIの活用について学生と教員で考えるワークショップを開催して、活用の実態や懸念などを明るみにした上で、これからの使い方を探りました。このワークショップを企画したのが同学科の樫原茂准教授です。開催の狙いや気づき、教育現場が生成AIとどのように向き合っていけばよいのかを語ってもらいました。なお、生成AIは日々新たな進展があり、社会も変化しています。今回の内容はインタビューをした2023年9月時点の意見で、それ以降の状況によってはその意見は変わることが前提となっています。


私の研究室では、サイバー空間(インターネット)と現実世界が高度に融合していく中で、情報科学技術がどのように人間中心の社会(Society5.0)や持続可能な開発目標(SDGs)に貢献できるかを研究しています。新しい技術の開発だけでなく、その効果的な使い方などにも焦点を当てています。
一例を挙げると、消防防災活動にドローンを使って上空から取得したスマートフォンの電波情報や撮影した画像を分析する捜索活動の効率化へ向けた研究、消防局におけるドローン操縦者の育成、IoTやAIを活用した高級食材のワタリガニの養殖、エディブルフラワー(食用の花)の栽培支援などに取り組んでいます。

コロナの経験踏まえ学生と教員で共創を

新たな情報科学技術には強い関心を持っていますので、2022年11月にChatGPTが公開されるとすぐに試してみました。テキストで質問してみると、あたかも対話しているかのようにテキストの答えが返ってきました。「あぁ、世界はより大きく速く変わっていく」と衝撃を受けました。

教育現場に大きな変革をもたらすことが容易に推測でき、学生の成長にいかに生かすかを早急に考える場が必要だと感じました。さまざまな大学で生成AIの扱いについて議論が盛んになり始めた7月上旬、ネットワークデザイン学科が主催して「学生と教員で共創する生成AI活用ワークショップ」を開きました。

「学生と教員」を対象にした理由は、新型コロナウイルス感染症での経験が影響しています。コロナ拡大時、授業が対面からオンラインへと急速に移行しました。その時、学生と教員は共に不安や不満を抱えながら、多くの試行錯誤を重ねました。私は、学生が何を求めているのかを明確に理解して行動に移したいと考え、毎授業においてMicrosoft Forms を通じて学生からフィードバックを収集し、次の授業でその意見に回答し、できることは改善していきました。丁寧なコミュニケーションを重ねることで、互いの不安や不満が解消でき、更に良いことは学生の成長につながることを実感しました。そこで、生成AIの活用についても、教員主導で決めるのではなく、教員がどのように教育に役立てようとしているのか、また、学生はどんな期待や不安を持っているのかなどを共に明らかにして、より効果的な教育方法を見いだすことがまずは大事であると考えました。

AIと生成AIの違いと用途

ここで簡単に、AIと生成AIの違いについて、イメージのしやすさを優先して説明しましょう。

AIという用語は、アメリカのスタンフォード大のジョン・マッカーシー名誉教授によって1956年に作られた造語で、「The science and engineering of making intelligent machines,especially intelligent computer programs(知的な機械、特に、知的なコンピュータープログラムを作る科学と技術)」と定義されました。AIは大量のデータをあらかじめ与えて特徴や傾向を学習させ、入力データに対して認識、識別、予測、分類などを行うことが主な用途です。文字認識や画像認識、需要予測などに使われています。

一方、生成AIは、入力されたテキストを解析して、学習している大量のテキストや画像データを基に新しいテキストや画像を生成します。テキストを生成するChatGPTや画像を生成するStable Diffusion をはじめ、プログラミングや音楽作成、事務処理など多岐にわたる生成AI が登場しています。

学生は慎重に向き合い効果的に活用

今回のワークショップでは、最初に教員4人がそれぞれ担当する共通科目、文書作成科目、専門科目、プログラミング科目における生成AIの活用法や向き合い方について発表しました。例えば、文書作成の授業においては、最初のテーマ選択や調査に時間がかかるため、その部分を生成AIにサポートしてもらうことで、授業の目的でもある「文書作成」に集中する時間をより多く確保できるようになるかもしれません。プログラミングでは、課題の作例を生成AIで作成して、初学者や初心者がヒントを得られる使い方もできます。生成AIを効果的に活用することで、授業の本質部分に重点的に時間をかけられるようになると考えられます。



次に、学生たちの発表では、テスト勉強に向けての問題作成に使用したり、自分で作成した英文の構文チェックに活用したり、ハッカソン(ソフトウエア開発に携わる人が集まって、短期間に集中して開発するイベント)や個人開発におけるアイデア出しの相談相手として利用するなど、多様な用途で興味深い活用をしていました。一般には、授業における生成AIの利用方法として、レポートなどを生成AIに任せてしまい成長につながらないのではといった否定的なイメージで捉えられることが少なくありません。しかし、学生たちは、生成AIに慎重に向き合い、自己成長を促すような効果的な使い方をしていることが分かりました。

使うことを前提に新たな課題の用意を

発表後のディスカッションでは、生成AIを使うことで深く勉強するためのヒントが得られるなど、自主学習に大きな支援になるという意見が出ました。その一方で、人とのコミュニケーションを減少させるのではないかという懸念も上がりました。また、学生たちは「生成AIをどの程度まで使っていいのか」についても不安を感じており、ルール作りやリテラシー教育の必要性を感じました。

ワークショップを開催して、いくつかの重要な気づきがありました。学生と教員の発表から、科目ごとに生成AIの活用方法が異なることが明らかになりました。各科目をより良い授業に構築するためには、生成AIの使い方をそれぞれの科目で考えていくことが必要であることが分かりました。生成AIを使うことを前提にした新たな課題も考えていかねばなりません。

グループに分かれてディスカッションする教員と学生

コンテンツは個人利用に限った使用を

学生たちは生成AIの活用を積極的に考えるようになりました。生成AIを利用したアプリを作成するなど、さまざまなチャレンジをしています。私の研究室では生成AIの使用を禁止しておらず、危険性や注意点を十分に理解し守った上で、積極的に使ってほしいと思っています。ただし、課題等に使用した時には、自分の考えなのか生成AIに頼ったのかを明らかにしてほしいと伝えています。本人の学習レベルを正しく把握して、的確な指導に生かしたいからです。

注意すべき点としては、入力した内容は、生成AIの学習に使われることがあるので、プライバシーに関わる情報を入力すれば漏えいして、悪用される可能性もあります。使う上で、法律や規則、道徳などを守っているかどうかを意識しておくことも必要です。また、生成AIを用いて作成したテキスト、画像、音声などのコンテンツは、著作権の問題がまだ完全に整理されていません。個人利用に限定することが賢明です。SNSでの公開はもちろん、友達にのみ配布することでも、そのコンテンツがどのように使用されるかを配布者が完全にコントロールすることはできなくなるので気をつけてほしいです。

ワークショップで趣旨説明をする樫原准教授



生成AIは新たな技術で扱い方にはさまざまな考え方がありますが、私は人間の能力を大きく伸ばすきっかけづくりになるツールだと思っています。生成AIの答えだけで満足する人と、生成AIを使いこなして自らの力を伸ばすことで質の高い制作につなげられる人と、今後は二極化されていくのではないでしょうか。自らの成長に生かすためには、生成AIに質問する時の言葉選びや、答えとして示されたテキストの内容について正しさを見極める読解力などの基礎学力をしっかりと伸ばしていくことが必須と考えています。また、学生たちが安心して生成AIを使うことができるよう、安全に使うことができる環境作りにも取り組みたいと思っています。



【ChatGPT】アメリカのベンチャー企業「オープンAI」が開発した対話形式の生成AIで、2022年11月に公開された。ユーザー数は公開から2カ月で1億人を突破。質問への回答、物語やエッセーといった文章作成、言語の翻訳、企画書の作成、プログラミング、表作成、ディスカッションや議論などができる。更に開発が進み、多くのことができるようになってきている。

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