File No.25

村川 一雄教授

大阪工業大学 専門職大学院 知的財産研究科

「通信速度100倍」の5G 五輪の観戦、
セキュリティーにも革命 規格標準化巡り熾烈な覇権争い

FLOW No.83

村川 一雄
Profile
むらかわ・かずお 1984年熊本大学工学部電子工学科卒。1986年同大学院工学研究科電子工学専攻修士課程修了。同年NTTに入社。同社環境エネルギー研究所通信EMC研究グループ主任研究員、知的財産センタ企画部担当部長、国際室北京事務所担当部長、東日本技術協力センタEMC技術担当部長などを歴任。2014年大阪工業大学専門職大学院知的財産研究科特任教授。2017年から現職。技術士(電気電子部門)。博士(工学)。熊本県出身。

あらゆる「モノ」がインターネットでつながるIoT時代の基盤となる5G(第5世代移動通信システム)について、日本の通信各社は来年の東京オリンピック・パラリンピックが始まる直前の2020年春の商用化を目指していて、今夏にはプレサービスを始めます。現在の通信方式4Gと比べ通信速度が100倍になることなどから、社会のコミュニケーションのあり方を劇的に変え、新たに巨大ビジネスを生み出す技術のため、その規格標準化の覇権を巡る知財戦争が世界で繰り広げられています。五輪観戦やそのセキュリティー対策も過去の大会とは大きく変わると言われています。5Gの仕組みやそれによって世界がどのように変わるのか、覇権争いの実態などを、元NTTの研究者で通信技術にも詳しい大阪工大専門職大学院知的財産研究科の村川一雄教授に聞きました。

「高速大容量化」「低遅延」「大量同時接続」の3特徴

通信速度が現在の4Gの100倍になると言われる5Gの仕組みを教えてください。

村川:5Gでは、1つのセル(基地局)内において無線通信容量は10Gbps(ギガビット/秒)のサービス提供が想定されています。現在の4GのLTEやLTE-Advancedなどでは100Mbps(メガビット/秒)ですので、まさに100倍です。無線通信速度の高速化では、①現在利用されていない高周波を利用(4G:3GHz→5G:30GHz)②より広い周波数幅の確保(4G:数10MHz→5G:数100MHz)③基地局数を10倍に増加(4G:1基地局のカバー範囲半径数km→5G:数100m)、の3つがポイントになります。各ポイントで4Gの10倍を目指しており、実現すれば100倍どころか1000倍の高速化になります。それを支えるのが、無線信号の変調・復調方式(改良型OFDM方式)やアンテナ(Massive- MIMOアンテナ)などのイノベーションです。

5Gには他にどんな特徴があって、それによってどんなサービスが生まれそうですか?

村川:5Gには3つの特徴があります。高速大容量化の他は、低遅延と大量同時接続です。人間の反応速度はおおむね0.2秒程度であり、トップアスリートでも0.1秒程度です。4Gでは往復の遅延時間が0.01秒でしたが、5Gでは0.001秒となる予定です。したがって、ほぼリアルタイムな操作が可能となり、少しのタイムラグでも命取りになる自動運転や遠隔手術などが可能になってきます。また大量同時接続はあらゆる機器がインターネットでつながるIoT時代には不可欠で、5Gでは1㎢当たり100万台以上の機器と同時に接続可能となります。各家庭内で数十個単位の電子機器やセンサーを同時にインターネットにつなげられるのです。これらの特徴から、さまざまなサービスやビジネスの出現が期待されます。無人タクシーや無人バスなどのスマート移動サービス、倉庫の無人管理や無人物流サービス、スマート農業、遠隔医療、遠隔監視や遠隔認証、スマート金融などあらゆる産業に及びます。

数万人の観客に同時に映像配信 テロ容疑者の特定にも威力

来年の東京オリンピック・パラリンピックも5Gでこれまでの大会から大きく変わりますね。

村川:確実に映像配信や会場監視で活用されるでしょう。競技場での4Kや8Kの超高精細映像配信が可能となり、数万人の観客のそれぞれの端末に同時に何種類もの映像を送ることができます。数百台のカメラやドローンをつなげてあらゆる方向からの映像が送れるので、得点やゴールの決定的シーンを多角的に見られるし、マラソンなどではGPS(全地球測位システム)と組み合わせるなど、関連情報を付加して配信することもできます。競技やゲームの楽しみ方が大きく変わるはずです。

観戦とともに会場でのセキュリティー確保にも大きな効果が期待されます。近年の国際的なスポーツイベントではテロの脅威がどんどん高まっています。5Gは顔認証や危険物検出などで大きな力を発揮します。例えばテロ容疑者や危険人物のデータを世界中の捜査機関と瞬時に連携でき、怪しい人物が空港に降り立った時から監視カメラで会場まで追尾し続けることもできます。スタジアムの何万人もの観客から顔認証でテロ容疑者を見つけ出すことも不可能ではないでしょう。監視社会の到来という別の問題はありますが、東京オリンピック・パラリンピックが5Gの最大のデモンストレーションの舞台になるのは間違いありません。

存在感を増す中国企業

大きなビジネス利益を生むのが間違いないだけに、5G開発を巡る世界的な競争が激しいです。

村川:技術開発競争でしのぎを削っている中心は欧米と中国、韓国、日本です。無線技術に関して、特許出願数からみると中国のファーウェイやZTE、韓国のサムスン、米国のクアルコムなどが多い状況です。日本からは、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクなどが頑張っています。自社の特許(標準必須特許:SEP)をいかに技術標準に含ませるかが、勝負の分水嶺になります。現在進行中の米中摩擦は、米政府の要請でカナダの捜査当局がファーウェイの副会長兼最高財務責任者を逮捕したことに端を発しますが、実際は5Gを巡る米中の覇権争いと言われています。それだけ中国の通信機器メーカーの世界での存在感が増しているのです。日本企業は自身の強い箇所では技術開発をリードしており、周辺と協調しつつ、コアコンピタンス(核となる能力)を更に強化することで、自社ビジネスを追及し、売上増や収益増につなげることが不可欠です。

5Gの標準化はどこまで進んでいるのですか?

村川:国際標準化機関である国際電気通信連合無線通信部門ITU-R、国際的なフォーラム標準化機関である3GPPにおいて、5G標準規格が制定されつつあります。具体的には、5G標準規格の最新版であるリリース16(R16)が昨年6月に出され、大枠が固まりつつあります。ファーウェイやZTEが標準化機関に提案した技術文書(寄書)の累積数は膨大です。1位がファーウェイの11421件、 2位がエリクソンの10350件、3位がHisilicon(中国半導体企業) の7248件で、ZTEも3738件で7位です。中国政府や中国企業が標準化で国際的に市場を支配しようとしている戦略が見て取れます。ちなみに日本のNTTドコモは11位(2135件)、NECは13位 (1346件)です。

自社の強みを認識し新たな付加価値を

標準規格の大枠はほぼ固まってきたということですが、今後の日本企業が取る5Gの知財戦略はどうあるべきですか?

村川:米国が5G標準化から中国を排除しようとしても、大枠ができてきた標準規格には中国企業の多くの技術や特許などが含まれており、その排除はほぼ不可能と考えなければなりません。標準規格に基づいた製品・サービスによって莫大な利益が生まれることから、その市場覇権を巡って熾烈な争いが展開されています。これからは5Gのインフラやプラットホームというビジネスの土俵にいかに、自社の製品・サービスを乗せるかがポイントになります。5Gの活用で、これまで想定ができなかった新たなサービスや付加価値、新たなコンセプト、ライフスタイルをスマートに提供できるビジネスチャンスが来ているのです。

日本企業の知財戦略について一般的に言えることは、他社との違いを明確にし、自社の強みを最大限に発揮することがポイントとなります。その際、自社の知的資産(無形資産である知的財産、人や設備、資金、ネットワークなどの有形資産)を踏まえ、それを戦略的に保護・活用し、最終的に売上げや収益を高めることがポ イントです。なお、開発費の高騰や開発スピードが速まっている昨今、自社のみで製品・サービスを完結するのが困難になっており、第三者の技術導入(ライセンスイン)や自社技術の使用許諾(ライセンスアウト)、また、国内・国際的な標準化活動に参画することで自社技術の標準規格への反映、更には企業買収(M&A)することも知財戦略の一つです。併せて、競合他社の戦略や周辺環境(市場ニーズや法規制、標準化動向など)の変化を捉えることで、自社が取るべき知財戦略は見えてきます。この知財戦略の立案と実施には多岐にわたる事項が関係することから、弁理士やコンサルタント、銀行などの知財専門家に相談することをお勧めします。本学にも地域産業支援プラットフォーム(OIT-P)があり、知財実務や知財戦略に長けた知財専門教員が大阪のものづくり企業の知財戦略立案のお手伝いをする体制も整っており、その活用をご検討いただければ幸いです。

東京五輪 x 「Team常翔」