File No.16

上田 整教授

大阪工業大学 工学部 機械工学科

小さな卓球ボールの材質変更が意外に大きな影響
力学的特性を実証し五輪選手らにもアンケート

FLOW No.72

上田 整
Profile
うえだ・せい 1981年東北大学工学部機械工学第2学科卒。1983年同大学院工学研究科博士前期課程機械工学第2専攻修了。1983年三菱電機入社。1985年静岡大学教育学部講師。1994年東北大学工学部助教授。1999年から現職。専門は材料力学、弾性数理解析。博士(工学)。静岡県出身。

同学科4年 : 荒木 直翔 さん、太田 尚吾 さん

リオデジャネイロ・オリンピックで卓球の日本チームは、男子団体が銀メダル、女子団体、更に男子シングルスの水谷隼選手が銅メダルと大活躍しました。ラリーの応酬や信じられないようなボールの変化などが卓球の醍醐味ですが、その中心にあるボールがセルロイド製からプラスチック製に変わっていたことを知っていますか。大阪工大機械工学科の上田整教授の研究室では、材質の変更でボールの特性がどう変化したのかを研究するとともに、日本の五輪選手らプレーヤーに「打球感の変化」などについてアンケートを実施しました。その結果、小さなボールの変更が、意外に大きな影響を与えていることが分かってきました。卒業研究として取り組んだ同研究室の荒木直翔さん(4年、上写真左)、太田尚吾さん(同、上写真中央)と指導した上田教授に聞きました。

そもそも卓球ボールがプラスチック製に変わったのはなぜですか。

上田:一番大きな理由は、セルロイドが非常に燃えやすいことから安全面に配慮したということです。大量に運ぶ際は危険物と扱われ航空機には載せられません。この他に、セルロイドが天然素材の樟脳を使うため良質なものの供給が不安定ということや、ボールの回転や弾みが抑えられるので観客が喜ぶラリーが増えるという集客効果を狙った要因も指摘されています。国際卓球連盟のルール変更で2015年の国際試合から変わりました。五輪ではリオ大会が初のプラスチックボールの大会でした。

荒木さんは大学の卓球部員で、太田さんも中学では卓球部員、上田先生は卓球部の顧問でプレーヤーとしてもベテランですね。研究テーマが身近にあったのですね。

荒木:そうですね。プラスチックボールを初めて打った時、球の重さ、跳ねにくさを感じました。周りの選手も同じような感想だったのですが、それを裏付ける客観的データがありませんでした。

上田:研究が始まったのは2015年度からで、2年目になります。複数の卓球部員が研究室のメンバーになったことが大きかったですね。

回転をかけにくく、割れやすいメーカーにより球質にばらつき

実証実験と実験で明らかになったことを教えてください。

太田:よく使われる日本の2社(A社、B社)の公式球のセルロイド製とプラスチック製、リオ五輪公式球の中国メーカー・C社のプラスチック製の試験をしました。圧縮試験で軟らかさと硬さなどの打球感、疲労試験で割れやすさ、回転量実験で回転のかけやすさ、ボールを落下させてバウンドを計測する頂点実験で弾み具合、などを調べました。この他にボールの厚みのばらつき、質量、直径も測定しました。

荒木:圧縮試験でA社製はプラスチックになって軟らかくなっていますがB社製は逆に硬くなっています。疲労試験では2社製とも割れる頻度がかなり高くなっていました。回転量実験では3種類の角度で測定しましたが、どの角度でもプラスチック製になって回転量が少なくなりました。頂点実験ではA社のプラスチック製は反発係数が小さくなり弾みにくくなっていますが、B社製は大きくなって弾みやすくなっています。

実験で苦労したことはありましたか。

林:疲労試験では、ボールに繰り返し圧力を加え割れる瞬間を確認します。ボールによっては、なかなか割れずに5時間以上目を離さないで観測し続ける根気のいる試験でした。また、主に金属を調べるための装置を使って実験した際には、他の学生から「何やってるの」と不思議そうな目で見られることもありました。

トップ選手らの実感を裏付け ボール代がかさむ危機感も

選手らのアンケート結果と実験結果を比較したのですね。

太田:今トップ選手としてリオ五輪で活躍した日本女子のナショナルチームのメンバー10人(コーチの男子2人含む)、学生選手として大阪工大、滋賀県立大、常翔学園高の各卓球部員の計69人(男子62人、女子7人)に協力してもらいました。質問項目は、①打球感②ボールの割れる頻度③回転のかかり具合④強打時のスピード⑤ボールの弾み⑥イレギュラーバウンド⑦ラケットの変更⑧スイングやボールの当て方の変更⑨体への影響⑩変更についての不満や満足、の10点です。

荒木:当初は学生だけを予定していましたが、卓球部のつてを頼ってナショナルチームの選手にも答えてもらえました。匿名でしたが、福原愛選手や伊藤美誠選手らも答えてくれたようです。アンケート結果は実証実験とほぼ一致しました。トップ選手ほど実験結果に近い回答だったので、研究に自信が持てました。選手の実感が実験で裏付けられたことになります。ボールの変更で「回転をかけづらい」「打球が失速することが多い」「ボールが遅くなってラリーが続くようになった」などの声が多かったです。また「メーカーによって球質が全然違う」「球質が違うボールを試合ごとにジャンケンで選ぶので(練習でそのボールを使っている選手が有利になり)公平でない」といった戸惑いや、「ボールの値段が高くなった(公式球1個当たり約100円の値上がり)のに割れやすくボール代がかかる」「ボール代が高くなると卓球人口が減る心配がある」といった危機感までありました。

意外に大きな影響が出ているのですね。

上田:この研究結果をもっとオープンにして、卓球選手や指導者らがこのデータを参考により良いプレースタイルを考えてくれたらと思います。東京五輪に向けて日本の卓球を盛り上げることに貢献できたらいいですね。

最後に卓球の魅力を教えてください。

荒木:私自身はスマッシュが決まる快感です。人によってプレースタイルが千差万別で、子どもからお年寄りまで楽しめるのも魅力です。

太田:今は自分ではプレーしなくなりましたが、見ても楽しい競技です。スーパープレーだけでなく、障害を持った選手の素晴らしいプレーもあります。

上田:体が小さくても頭脳で勝負できる部分が大きいことも魅力ですね。




※ 卓球ボール : 直径40㎜。国際オリンピック委員会(IOC)の勧告で、国際卓球連盟(ITTF)がプラスチック製にルール変更。2012年からのテスト期間を経て、2015年の国際大会から使用されるようになった。色は白色とオレンジ色の2種類あるが、現在の公式戦は白色で統一されるようになっている。ユニフォームの色はボールと違った色にするルールがあるため真っ白いユニフォームはない。

東京五輪 x 「Team常翔」