File No.15

高山 成准教授

大阪工業大学 工学部 環境工学科

真夏の大会の熱中症を防げ
アスリートの熱ストレスを正確に測る新指標を研究

FLOW No.71

高山 成
Profile
たかやま・なる 1996年山口大学農学部生物資源科学科卒。2002年鳥取大学大学院連合農学研究科博士課程修了。同大学乾燥地研究センターCOE研究員などを経て2007年山口大学農学部学術研究員。2011年大阪工業大学工学部専任講師、2015年から現職。博士(農学)。福岡県出身。

2020年の東京五輪は7月24日開幕の真夏の大会です。1964年の前回東京大会が10月開催だったことと比べると、暑さが選手に与える過酷さは想像に難くありません。大阪工大環境工学科で都市域の気象環境などを研究する高山成准教授は、熱中症予防などに広く使われている環境省の「暑さ指数」に比べて個々の人間の熱ストレスをより正確に把握できる新しい「暑熱指標」を開発する研究に取り組んでいます。アスリートだけでなく観客、スタッフなどの熱中症の危険度管理は東京五輪の大きな課題です。

真夏の大会となる東京五輪は参加選手には過酷な大会になりそうですね。

高山:都市域の気温上昇要因には、地球温暖化とヒートアイランド現象があります。大会期間となる8月は平均気温が100年間に+1.0℃上昇していますが、東京(大手町)に限ると+1.9℃です。つまり温暖化とヒートアイランド現象で合計約2℃上昇したことになります。ただ気温を支配する要因には、都市内の気温偏差(水辺など条件の違いによる差)とその時の気象条件が加わります。私が福岡市で調査した結果では、8月の昼間最高気温について0 .4~1.4℃程度の地点間の気温差がありました。つまり都市域の中でも緑地のようなクールスポットと市街化区域では大きな気温差を生じることがあり、それはヒートアイランド現象に起因する都市中心部と郊外との気温差(ヒートアイランド強度)と同程度になり得るということです。

4年後の東京の気温が上昇するかは不確定要素が多く、現時点ではなんとも言えません。しかし、水と緑のネットワークをつくるといったヒートアイランド対策は、都市の換気を促し都市を覆う“高温ドーム” を分断する効果が期待できます。都市内にクールスポットを創出できるのです。

地表や選手の体自身からの熱も負荷に

暑さが影響するのはマラソンや競歩だけですか。

高山:選手の体に出入りする熱(人体熱収支)の観点からは、やはり屋外競技で競技時間が長いサッカー、テニス、ホッケー、ゴルフ、馬術、射撃、アーチェリー、陸上競技などが熱中症リスクも高いと言えます。また、競技場の地面の温度が高くなると地表面からの熱放射(赤外放射)によって、選手が受ける熱負荷も大きくなります。意外ですが、芝生はトラックや土のグラウンドより表面付近が高温となることがあり要注意です。

一方、人の体温は36.5~37℃程度に保たれていています(体温の恒常性)。激しい運動をすると体を動かすために使われるエネルギーの残りが大量の熱となり、体温を一定に保つためにこれを体外へ放熱する必要が出てきます。つまり、運動をするアスリート自身がつくり出す熱が大きな熱負荷になるのです。

また、この他に体が受ける熱には、日光(太陽放射)から受ける熱、周辺の建物から受ける輻射熱などがあります。熱中症の危険度を管理するには、こうした人が受ける熱ストレスを評価する“ものさし”が重要になってきます。

運動時にはさまざまな熱負荷を受ける

現在一般的な“ものさし” である環境省の「暑さ指数」の長所と短所を教えてください。

高山:「暑さ指数」は湿球黒球温度(WBGT=Wet-Bulb Globe Temperature)のことで、もともとは熱帯での軍事訓練で熱中症の危機度を管理するために、アメリカで1950年代に提案された判定指標です。今では日本でも高温な労働環境や運動時の熱中症予防などに広く活用されています。WBGTを算出する式は比較的単純で、気温、湿球温度(下記参照)、黒球温度(同)という3種類の温度に、屋外用と屋内用の別に設定されている係数を掛け、合計するだけです。3種類の温度を携帯型の測定器で容易に測定可能ですので簡便で実用性に優れている点が最大の長所です。

他方、この指標には人体熱収支の解析や伝熱工学的な解析の裏付けが薄く、熱ストレスを測りたい対象とするヒトが、どのような強度・時間の運動を行っており、また着衣量や体格かどうかなどは考慮されていません。個々の人に対してではなく、「スポーツ時はWBGTが28℃を超えたら熱中症が厳重警戒レベル」と一般的な注意を促すような使い方しかできないのが難点です。

※湿球温度=湿球温度計が示す温度。蒸留水で湿球部の周囲を常時湿らせ計測する温度で、空気が乾燥していると水が蒸発し気化熱で乾球温度より低い値を示す。黒球温度=グローブ温度とも呼ばれる。薄い銅製で表面に黒体塗装された仮想黒体の球(グローブ温度計)を用いて測る温度。黒体の球で周囲からの熱輻射による影響を観測する。

温湿度、黒球温度、風速、心拍数で簡単に測定

開発・提案されようとしている新しい温熱指標について教えてください。

高山:暑熱ストレス度(HSD=Heat Stress Degree)と呼んでいます。①携帯機器で簡単に測定できる気象要素と心拍数などの人体情報から算出が可能で、実用面でWBGTと変わらない②人体熱収支モデルに基づいて、対象とするヒトの運動強度・時間、着衣量、体格も考慮されており、評価値の物理的根拠が明確③収集データに基づいた設定変更が可能で、個人の状況に合わせて評価値が改善される機能を持つ、の3点をクリアしようとしています。

新指標開発のため現在、研究室の4年生が卒業研究として屋外での熱負荷実験を行っています。自ら被験者となり心拍数の計測器を付けて縄跳び、自転車、ダンス、歩行などの運動を屋外で行い、同時に気象観測もします。観測した気象要素と心拍数からHSDを算出します。更に実験前後の体重と衣服の重量変化を精密に測定し、実際に発汗した量と蒸発量を出して熱ストレスの程度も測ります。

20分間の無給水運動でWBGTとHSDを比較すると、被験者の熱ストレスをHSDがより的確に表していました=上記グラフ。必要な測定項目を温湿度、黒球温度、風速、心拍数に単純化することで実用面でもWBGTと大差がなくなりました。

HSD(下)の方が熱ストレス(汗の蒸発量)との相関が高い

コースを透水性舗装で冷却 街路樹や水辺の整備が効果的

東京五輪の熱中症対策にはどんなことが考えられていますか。

高山:今議論になっているのはマラソンコースなどの道路の透水性舗装です。道路に保水させ、水の蒸発に伴う気化熱で道路表面を冷却する狙いです。この他、街路樹の整備や水辺創出などがあります。ヒートアイランドの状態を分断し、海陸風や山野風による大気の局地循環で都市の換気を促すのです。実際に韓国のソウルでは河川の大規模復元で「風の道」ができ、暑さが改善されました。

これからますます気象環境の変化が地球の大きなテーマですね。

高山:実はこのHSDの研究の端緒は、暑さによる乳牛の乳生産量減少への対策に関する研究でした。気候変動によって世界の食糧生産に大きな問題が生じると考えられています。主食の穀物を生産する国は限られます。主要生産国が同時に異常気象に見舞われることも考えられるのです。また都市への人口集積で都市型豪雨やヒートアイランド現象により生じる生態系の変化など、都市の防災・防疫も重要なテーマとして研究を続けています。

学生と縄跳びでのデータを測定する高山准教授(中央)

東京五輪 x 「Team常翔」