松村 潔 教授

大阪工業大学 工学部 生命工学科

病原菌増殖抑制と免疫活性化
生体防御という発熱の持つ大きな役割

FLOW No.92

松村 潔
Profile
まつむら・きよし 1978年広島大学工学部電子工学科卒。1981年大阪大学大学院医学研究科医科学専攻修士課程修了。同大医学部助手、講師、大阪バイオサイエンス研究所副部長、京都大学大学院情報学研究科助教授などを経て、2005年大阪工業大学情報科学部情報科学科教授。2011年同工学部生命工学科教授。研究分野は環境生理学。医学博士(大阪大学)。広島県出身。

脳の血管内皮細胞が発熱信号を中継

新型コロナウイルスによるパンデミックでマスク、消毒薬とともに社会の必須アイテムとなったのが体温計です。公共施設や店の入り口に非接触型の体温センサーは珍しくなくなり、ほとんどの人がいつの間にか日常的に自分の体温を気にするようになりました。発熱が新型コロナウイルス感染の大きな特徴の1つだからです。風邪で発熱するとそれを下げようと解熱剤などを服用するのが当たり前のようになっていますが、発熱には生体防御という重要な役目もあるようです。なぜ発熱するのか、どんな仕組みで発熱するのか、などが分かってきたのは意外にも近年のことだと言います。発熱の仕組みを研究してきた大阪工大生命工学科の松村潔教授に聞きました。

体温の設定温度を変更

発熱が「生体にとって有益で病状回復の可能性を示す証拠だ」という知見がギリシャ時代の記述に残されています。また、柳の樹皮の抽出物に解熱・鎮痛の効果があることは紀元前から知られ、19世紀にその成分がアスピリンとして合成されました。しかし、発熱に本格的な科学の光が当てられたのは分子生物学が発展した20世紀後半になってからでした。

発熱には、ウイルスや細菌の感染による発熱、脳出血などの脳血管障害による発熱、心因性発熱が知られています。ちなみに熱中症などでも体温上昇は起きますが、それは受動的なもので発熱には当たりません。発熱は脳の指令に基づく能動的な体温上昇を言います。部屋の室温上昇に例えるなら、発熱は脳にあたるエアコンが暖房運転して室温を上げることで、熱中症はエアコンが冷房運転でも外気温が高過ぎて室温が上がってしまうようなものです。

体温は脳の視床下部でコントロールされ、一定の設定温度に保たれています。「セットポイント」と言う考え方です。脳の視床下部には温度に反応して体温調節のスイッチをオンオフするサーモスタットのような神経細胞があります。何らかの疾病にかかると、脳の指令でそのセットポイントが上がり(設定温度変更)、それによって発熱が起きると考えられています。エアコンの温度変更に似ています。体温上昇期には実際の体温がセットポイントより低いために、悪寒を感じ、震えが起き、汗腺が閉じ、皮膚血管の収縮が起きます。筋肉が震えれば熱が生まれ、血管の収縮などは熱の放散を抑えます。どれも体内の熱量を増加させる反応です。体温がセットポイントに達すると、これらの反応は消えます。逆に病気などの原因がなくなったり、解熱剤を服用したりすると、セットポイントが平常値に戻るため、暑く感じて涼しさを求め、発汗や皮膚血管の拡張で熱放射が増し、体温も平常値まで下がります。

生存率を高めた高温飼育

では、風邪などを引くとなぜセットポイント上がり、発熱が起きるのでしょうか。それは発熱が身体を守る生体防御に有利に働くからです。

トカゲを用いた有名な研究があります(Kluger et al.=1975)。実験ではトカゲに細菌を注射して、5つのグループごとに異なった室温で飼育し生存率を比較しました。その結果、高い室温(42℃)で飼育したグループの生存率が最も高く(7日目で75%)、室温が下がるにつれて生存率が低下。最も低い室温(34℃)で飼育したグループは4日以内に全個体が死亡しました。トカゲは変温動物で体温は室温に依存します。高温で飼育すると体温も高くなります。つまり高体温が生体防御機能を高めたのです。その理由は、
①病原菌の増殖に適した温度より高温にすることで増殖を抑制する
②高体温が白血球など生体の免疫機能を活性化する
の2点が考えられています。疲労感や食欲不振、節々の痛みなどの症状も理にかなったことで、体のエネルギーを免疫系に集中させるためなのです。

ところで発熱に生体防御機能を高めるという意義があるならば、なぜ解熱剤がこんなに多く服用されているのでしょうか。多くの動物実験や人の臨床データは、解熱剤が生体防御に不利だと示しています。動物の発熱を解熱剤で抑えても、死亡率が高まったり、回復までの期間が長くなったりするという実験結果があります。風邪ウイルスに感染した成人が解熱剤を服用した場合に、完治までの期間が延長したという研究もあります。少なくとも発熱が軽度なら解熱剤は服用しない方がいいのです。それでも解熱剤が広く使われているのは、高熱の場合は生体に負担にもなるからです。解熱剤には鎮痛効果もあり、悪寒などの不快感も和らげてくれ、患者のQOL(生活の質)を高くすることができます。私は長年、風邪を引いても解熱剤を服用してこなかったのですが、最近服用してみるとやっぱり体が楽になりました。多少風邪の回復が遅れても解熱剤を服用する効果はあるのです。また、言葉を話せない乳児・小児や、感覚が鈍った高齢者の場合は発熱で脱水状態に陥りやすいので、水分補給をするなど注意が必要です。

サイトカイン(免疫系)→PGE₂(神経系)

次に感染が原因で脳が発熱の指令を出すまでの仕組みを見ていきましょう。ウイルスや細菌の感染は、上気道や肺など脳から離れた場所で起きます。その情報がどうやって脳に伝わるのかが長い間分かっていませんでした。分子生物学の発展で今ではその仕組みの多くが解明されてきました。

感染が起こった場所には白血球=*注1=など免疫系の初動部隊である細胞が集まってきます。そして異物が侵入したとの警戒警報的な信号である生理活性物質サイトカインを出します。その信号で白血球は病原菌などへの抗体を作りますが、抗体ができるまでは時間を要するので、それ以前の防御機能として発熱などの諸症状が起きるのです。白血球から出た信号は血液によって体中に伝わります。特に脳に伝わると最終的に視床下部の神経細胞に作用して体温を上げよとの指令を出すのです。すべての臓器はさまざまなメッセージ物質=*注2=をやり取りして生体を維持していますが、サイトカインもメッセージ物質の1つです。それぞれのメッセージ物質にはそれに合った受容体を持つ特定の細胞が存在し、結合すると反応を引き起こすのです。空間にはさまざまな電波が飛び交っていますが、私たちは認識できません。その電波に合った周波数のアンテナを持つ機械だけが反応します。サイトカインと受容体の関係はそんなイメージです。

実はサイトカインは高分子のタンパク質で血液脳関門というゲートを通過して脳内に入ることができません。そのためその信号を脳に伝えるために、サイトカインは第2のメッセージ物質プロスタグランジンE₂(PGE₂)の合成を促進し、PGE₂によって情報が視床下部に伝わるのです。1980年代半ばまでにPGE₂が発熱に必須の脳内の信号物質であることが分かってきました。①サイトカインを動物に投与すると脳内でPGE₂が増加②PGE₂を脳に投与すると発熱が起こる③解熱剤はPGE₂の合成を阻害し解熱作用を発揮する、などが確認されたからでした。私たちは1990年、PGE₂が作用して発熱の指令を出す脳の部位を詳細に解明しました。

PGE₂を検知して発熱の指令を出す脳部位(中央下部の黒い部分)



*注1【白血球】=生体防御にかかわる免疫担当細胞である単球(マクロファージ)、リンパ球、好中球、好塩基球、好酸球の5種類。
*注2【メッセージ物質】=生体の各器官は自律神経系、免疫系、ホルモン系の情報伝達系と呼ばれるネットワークでつながり、信号を送り合っている。

COX-2という酵素に着目

では、サイトカインは脳のどこでPGE₂の合成を促進するのでしょうか。長い間分かっていませんでしたが、サイトカインを受ける受容体が脳の血管の一番内側の内皮細胞にあることが1995年に我々の研究で明らかになりました。PGE₂は細胞内で細胞膜の脂質を原材料にして3段階の酵素反応を経て合成されます。そのうちの第2段階の酵素シクロオキシゲナーゼの1つCOX-2に着目し、発熱時のラットの脳血管内皮細胞に出現することを遺伝子レベルで確認しました=写真。これらのことから脳血管内皮細胞が、免疫系と神経系をサイトカインとPGE₂という2つの信号物質で仲介するインターフェースであると分かったのです。

そのPGE₂は視床下部の視索前野に作用します。視索前野は通常は体温の上昇を抑える信号を出しています。逆に言うと、そこが活性化すると体温が下がります。PGE₂はその信号を抑制するため発熱が起きるのです。脳出血が視索前野で起きると体温が上がることは知られていました。それは脳出血によって視索前野の神経組織が壊れて活動が低下して体温が上がるとともに、PGE₂も作用して発熱が増強します。私は実験モデルを作って、このテーマも研究を進めています。

発熱の仕組みは近年の研究で7割以上は解明されたと言えますが、PGE₂合成の第1段階の仕組みやセットポイント仮説の裏付けなど未解明なことはまだまだあります。

脳の血管に発熱にかかわる遺伝子が現れることを世界で初めて発見した画像。上が平常時で下が発熱時

ニューウェーブ