中島 正光 教授

広島国際大学 薬学部 薬学科

漢方医学と感染症との闘いは2000年の歴史
その知見を新型コロナに

FLOW No.91

中島 正光
Profile
なかじま・まさみつ 山口県立中央病院(現:山口県立総合医療センター)病理部副部長、川崎医科大学呼吸器内科講師、米国テキサス大学感染症科、広島大学医学分子内科学(旧第2内科)講師などを経て、2005年広島国際大学保健医療学部教授。2017年から現職。博士(医学)。総合内科専門医、漢方専門医・指導医、呼吸器内科専門医・指導医、感染症専門医、アメリカ胸部疾患学会フェロー、元病理専門医、その他アレルギー免疫、腫瘍の研究に従事。兵庫県出身。

スペイン風邪でも有効だった「麻黄+石膏」

新型コロナウイルスは世界で感染の再拡大が深刻で、日本も楽観できない状況が続いています。期待の持てるワクチン接種開始のニュースも伝えられていますが、安全性が確認されて世界中に行き渡るにはまだまだ時間がかかりそうです。こうしたコロナ治療のニュースで取り上げられるのはほぼ現代西洋医学ですが、コロナ感染が最初に広まった中国では、治療に漢方薬を取り入れた例も報告されています。内科医であると同時に漢方医学の専門医・指導医でもある広島国際大薬学科の中島正光教授は6月に学術誌「漢方の臨床」で、「新型コロナウイルス肺炎に対する漢方治療案」の論文を発表。1918年から1920年に起こったパンデミック「スペイン風邪」=*注1=に対して日本で大変有効だったとされる漢方治療をもとにした治療案を提案しています。太古から感染症治療に取り組んできた歴史がある漢方医学が、今回の新型コロナ治療でも有力な選択肢であることについて中島教授に聞きました。

不快なコロナウイルス

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と同じコロナウイルスによる感染症「重症急性呼吸器症候群=SARS」が、2002年から2003年に中国から世界に広がりました。10%近い高い致死率(65歳以上は50%)で、私は呼吸器専門医、感染症専門医で、広島大学病院のSARS対策委員長をしていました。もし広島県で発症した場合には広島大学病院に搬送され、私が治療することになっていました。幸い疑い患者が搬送されたのみで、日本で発症者は出ませんでした。

今回の新型コロナウイルスはSARSほど致死率は高くなく、無症候性の感染者も多いですが、急速で強い肺の炎症を起こし、サイトカインストーム(免疫反応の暴走)、血管炎、血栓症を伴う重症肺炎を発症することがある不快なウイルスです。重症患者の多くは発症から短期間で急速に悪化します。決定的な治療法はいまだになく、肺炎を伴う重症例は致死的で、人工呼吸器やECMO(体外式模型人工肺)による治療が必要です。患者の胸部CT画像の特徴として8~9割にすりガラス陰影(GGO)が見られることが挙げられます。間質性肺炎に多く見られる特徴で、ウイルスにより肺内に免疫反応、炎症反応が起こっていると考えられます。そのため免疫抑制や炎症抑制に効果のあるデキサメタゾンなどのステロイド薬の投与が広く行われています。

漢方医学の可能性

この新型コロナに対してもちろん漢方による治療も試みられ、中国では診療ガイドラインも出されています。漢方医学は中国が起源で2000年近い歴史がありますが、人類を繰り返し襲ったさまざまな感染症の治療がその大きな役割でした。その膨大な知見が積み重ねられ、感染症以外の一般の病気にも治療の幅を広げていったのです。そのため西洋薬で治らない疾患、症状が漢方で治療できる例もたくさんあるのです。実際、私が最近診た皮膚病(難治性の乾癬)の患者は、西洋薬で何十年も効果がなかったのに、処方した漢方薬の効果で2カ月で症状がほぼ消えました。このような漢方の有効例は頻繁に経験します。確かに感染性肺炎になると即効性から西洋薬の抗菌薬や抗生物質が治療の主体になりますが、肺炎になりにくくしたり、免疫力を高めるのに漢方は有効です。現実に日本の医師の9割が漢方を使用しています。また日本では、西洋薬と違って医師だけでなく薬剤師も独自に判断して漢方薬を患者に渡すことができます。私は、薬剤師が医師に漢方を診療指導できるような教育ができることを夢見て、私の研究室の名称を生薬漢方診療学としました。

インフルエンザによる発熱に対する西洋薬と漢方薬の解熱効果を比べたグラフを示します。A型、B型ウイルスに対してオセルタミビル(商品名「タミフル」)、ザナミビル(商品名「リレンザ」)という優れた薬と変わらない解熱効果が漢方薬の麻黄にあることが分かります。漢方薬は自然界にある植物や鉱物などの生薬を、原則として複数組み合わせて作られた薬です。特定の薬物成分を高濃縮して効果を高める西洋薬に対して、漢方薬は濃縮ではなく複数の生薬の組み合わせによる相乗・相加効果を狙って短期間に症状を抑えようとします。漢方薬にも副作用はありますが=*注2=、西洋薬に比べてけた違いに少ないです。

漢方は中国から5~6世紀に日本に伝わりましたが、その後は日本独自に発展を遂げました。同じ漢方医学でも中国、台湾、韓国、日本それぞれの風土や気候に合わせて進化した伝統があり、違った薬も使われています。中国で使われている漢方薬は現在の日本では健康保険が適用されていないものもたくさんあります。「漢方」という呼称も日本独自で、江戸期に入ってきた「蘭方=オランダ医学」に対して付けられたものです。ちなみに中国では「伝統中国医学」と呼ばれています。

森道伯のスペイン風邪治療

森道伯(温知堂矢数医院所蔵)

重症の肺炎が深刻な新型コロナウイルスの治療では、同じようにインフルエンザウイルスによる重症な肺炎が広まった100年以上も前の「スペイン風邪」で効果を示した漢方治療が応用できると私は考えます。漢方の一貫堂医学を創設した森道伯(1867~1931年)の治療です。森はこの時の優れた治療効果によって名声を得ました。私の祖父である中島随象もその一貫堂医学を受け継いだ漢方医でした。

森はスペイン風邪を、①胃腸型②肺炎型③脳症型の3つのタイプに分けて、それぞれに漢方薬を処方しました。そのうちの肺炎型の治療に使われた漢方薬に着目します。森は「半夏、甘草、桂枝、五味子、細辛、芍薬、麻黄、乾姜」という生薬を組み合わせた「小青竜湯(しょうせいりゅうとう)」という薬に杏仁と石膏を加えたものを使いました。戦後を代表する漢方医の一人の山本巌(1924~2001年)も、抗菌薬出現前には重症肺炎には「麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)」に、更に石膏を加えたものが非常に効果的だったと報告しています。麻杏甘石湯(麻黄、甘草、杏仁、石膏)に桂枝、芍薬、五味子、細辛、半夏、乾姜を加えれば小青竜湯に杏仁と石膏を加えたものと全く同じものです。この内の主な生薬の効果を示します。

麻黄と石膏:消炎効果。下肢静脈炎、炎症性浮腫に効果。麻黄は免疫調整作用やその主成分のエフェドリンによる気管支拡張作用がある。石膏は、麻黄や他の生薬の効能や腸での吸収を高め、それ自身が炎症を抑える作用もある。
杏仁:利水作用があり、気道の炎症による浮腫を取り去る。
半夏と五味子:咳を鎮めて痰を除く。
細辛:発汗を促し、咳を鎮めて痰を除く。
甘草:消炎作用、肺の乾燥を改善。

抗菌薬の効果が不十分だった時代には、肺全体が侵される大葉性肺炎に麻黄と石膏を組み合わせて炎症を治療することも重視されていますし、それを裏付ける科学的研究結果も報告されています。これらのことから私は新型コロナウイルスによる肺炎の強い肺内の炎症を抑え免疫の暴走を調整するために、麻黄と石膏の組み合わせによる相乗・相加効果が重要と考えています。新型コロナウイルス肺炎の有効な西洋薬治療として使われているデキサメタゾン(ステロイド薬)が抗炎症作用を発揮して効果を示すのと同様に、麻黄と石膏などにより肺内の炎症やサイトカインストームを抑制する可能性を考えています。ちなみに中国で新型コロナウイルス治療に効いたと報告された薬を調べても麻黄と石膏が入っています。

オンラインでノースカロライナ大薬学部学生に講義も

私は現在、米国ノースカロライナ大薬学部の学生にオンラインによる漢方医薬学の講義を行っています。米国では漢方の授業はありません。受講している学生は漢方薬の効果に驚きます。今後、新型コロナウイルスが季節性インフルエンザのようにしぶとく生き残っていくことも考えられます。上気道炎(いわゆる風邪症状)に葛根湯などの漢方薬が広く使われるようになったように、新型コロナウイルスに対しても漢方による治療が大きな可能性を持っているのです。



*注1【スペイン風邪】=1918年から1920年にかけ猛威を振るった全世界的に大流行したH1N1亜型インフルエンザ。第1次世界大戦でヨーロッパに渡った米軍兵士から世界に急速に流行しパンデミックには3回の感染拡大があり、第2波の被害が最も大きかった。全世界の3人に1人感染し、死者は5000万人(日本では39万人)とも推定される。

*注2【漢方薬と副作用】=中島教授は漢方による薬剤性肺炎の発症を世界で初めて突き止めた論文を発表している。

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