吉田 準史 教授

大阪工業大学 工学部 機械工学科

苦情の王様「騒音」の不思議
物理的特性と人の感覚をつなげて効率の良い音質改善策を探る

FLOW No.87

吉田 準史
Profile
よしだ・じゅんじ 1996年大阪市立大学工学部機械工学科卒。ヤンマーディーゼルを経て1999年本田技術研究所に入社し自動車の振動騒音対策の研究開発に従事。2006年宇都宮大学大学院工学研究科情報制御システム科学専攻博士後期課程修了。2009年大阪工業大学工学部機械工学科講師、2014年同准教授、2019年から現職。博士(工学)。大阪府出身。

電気自動車の登場でも消えない騒音

除夜の鐘は大晦日の風物詩ですが、昨年末に「『騒音だ』との苦情で中止したり、打つ時間を昼間に変更したりする寺が全国で増えている」という驚きの報道がありました。また、生活騒音による近隣トラブルのニュースも絶えず、時には殺人事件のような深刻な事態に発展することもあります。総務省の公害苦情調査(2018年度)でも1万5665件で全体のトップの32 .9%を占めるなど、騒音は誰にとっても関心の高い身近な問題です。しかし、ある人には騒音でも別の人には騒音ではないということも珍しくなく、その“正体” が分かりにくい問題でもあります。騒音の不思議や原因追究の難しさなどについて、自動車や家電製品の騒音研究に取り組んできた大阪工業大機械工学科の吉田準史教授に聞きました。

低周波という騒音

子供の騒ぐ声でも自分の子供なら騒音とは感じません。このように騒音は主観的なものです。心地良い音楽も車や飛行機の騒音と呼ばれるものも、分析すればその正体は空気層の圧力変動(空気の振動)という同じ物理現象です。それを人がどう認識するかの問題なのです。主観に左右されるとは言え、大部分の人が「うるさい」と感じる音が騒音と呼ばれています。音の大きさの評価手法としては、音のエネルギーを対数変換した単位のデシベル(dB)=*=が使われます。人が感じる音の大きさの尺度として、基準値(1000ヘルツの最小可聴音)の何倍かを表しています。

騒音規制法では4つの区域に分けて、昼間、朝・夕、夜間の時間帯ごとの規制値が定められています=表。主に住宅地の第1種・第2種区域と商業地、工業地の第3種・第4種区域では当然規制値は違います。法律ではデシベルという音の大きさを規制するだけで、音の高さ(周波数=ヘルツ)の規制はありません。私が以前テレビ局の取材を受けた騒音トラブルでは、音の大きさではなく低周波が原因の事例がありました。調べるとクリーニング工場の送風機が出す「ボー」という感じの低い音でした。低周波が睡眠障害を起こすこともあります。およそ100ヘルツ以下を低周波と言いますが、低周波ほど遠くに伝わりやすい性質があるのです。そのために人家から離れた場所にある風力発電が出す低周波(約20ヘルツ)も問題となることがあるのです。

私がこれまで主に取り組んできたのは自動車騒音ですが、電気自動車の登場は衝撃でした。これまでは「音を下げろ」と求められて努力してきたのが、「音を出せ」と180度変わったのですから。近づいて来ても気付きにくいので危険だとして、今では高齢者が車を認知しやすいような音を電子デバイスなどで出す研究が行われています。

 自動車の出す音は、①エンジン ②タイヤ ③風切り、の主に3つです。電気自動車はエンジン音がなく、発進時にはタイヤの音も風切り音もほとんどないので、極めて静かです。ただし、電気自動車で騒音問題がゼロになるわけではありません。時速が30~40㌔を超え始めるとガソリン車との音の差はなくなっていきます。高速道路の騒音はタイヤに よるロードノイズや風切り音なので、電気自動車でも変わらないのです。新幹線の500系が先端部分を鳥のカワセミのくちばしに似せた形にして空気抵抗を抑えてトンネル出口の騒音を解消した例がありますが、これも原因は風切り音でした。

日本人とヨーロッパ人で違う感覚

その感じ方が国によって違うことも騒音の不思議なところです。日本人は低周波の低くこもった音を嫌う傾向があ りますが、ヨーロッパ人は高周波の高い音を嫌う傾向があります。その理由は、昔から日本人が暮らしてきた木造建築は遮音が良くないために、外部の高周波が入ってきやすいのに対し、ヨーロッパ人は石造りやレンガ造りの建築で遮断されるため高周波に慣れていない、とも推測されています。これは自動車にも反映されていて、ヨーロッパ車は窓ガラスの厚さが日本車の倍近くあります。高速走行時に高周波の風の音を遮断するためです。騒音問題はこのように歴史や文化もかかわってきます。

騒音改善に必要な3つの技術

私の研究室では自動車だけでなく家電製品などの騒音改善に取り組んでいます。そのためには大きく、①騒音の評価技術 ②騒音発生のメカニズムの分析・診断技術 ③騒音を低減する対策技術、の3つ技術が必要です。

1番目の音の評価技術で難しいのは、人の感覚の複雑さにあります。音の大きさを表すデシベルは、人の感じ方に近い指標とされていますが、音の高さ(周波数)の違いが大きく影響します。音のエネルギーが同じでも2㌔ヘルツあたりの音は聴こえやすく、20ヘルツの超低音や逆に20㌔ヘルツの超高音はほとんど聴こえません。聴覚特性と呼ばれます。そこで、騒音を抑えるためには人が聴いている音で実際にうるさく感じている周波数がどこかを評価・分析する必要があります。そのための手段として、人の頭の人形の耳にマイクを埋め込んだ機器を使い、人の鼓膜に到達するのと近い音を収録します。そのうえでどの周波数帯の音を下げればいいかを判断します。また、同じ大きさでも低周波と高周波のバランスで不快や静粛さなどの感じ方が変わります。そのためには防音室を使って人に音を聴いてもらい、聞き取りする主観評価実験をします。最終的には統計分析などを行い、音の物理的特性と人の感覚特性をつなげてモデル化します。それによってどの周波数帯を抑えればいいかなど製品の効率の良い音質改善の提案ができます。

2番目の分析・診断技術は、「対象周波数帯の音あるいは振動がどのようなメカニズムや経路で伝搬しているのか」ということを把握し、騒音の原因を突き止める技術です。色々な音源の中でどれが一番影響しているのかを探ります。自動車ならエンジンや排気口などにセンサーやマイクを設置し計測。統計的処理でどの部分の振動伝達を抑えればコストを抑えて騒音を効率よく改善できるか診断する技術を開発してきました。いずれはソフトウエアにして、広くメーカーに使ってもらえるようにしたいです。

騒音原因の周波数や音源が判明し、そのメカニズムが分かれば、3番目の低減対策技術の出番です。シミュレーション技術を用いてどんなハードウエアの改善が必要かを提案します。部品の追加や構造の変更などです。研究室が取り組んだ例では、脱水時の洗濯機の振動を半減させたことがあります。揺れている部位と同じ周波数で揺れるおもりとバネを付け、共振させることで洗濯機自体の揺れを抑えたのです。

ドライビング・シミュレーターを使った音・振動環境研究で学生を指導

「音を作る」研究も

ロボット掃除機や洗濯機、冷蔵庫などの家電製品でも研究を進めていますが、製品の本来の性能と騒音対策は相反することがほとんどです。音のことだけを考えるなら、自動車は走らせなければいいし、洗濯機も動かさなければいいということになります。本来の性能を維持したうえで騒音や振動を抑えるのは、ある面で妥協点を探す難問です。深刻な場合は、本来の性能を下げても騒音を抑える必要もあります。製品開発では騒音対策担当者は嫌われ役です。

今後新たに取り組もうとしているのは、1つが電気自動車の運転者に人工的に音や振動を与える技術です。電気自動車はエンジン音がないことで直感的なスピード判断ができず、運転者がスピードを出し過ぎる問題があります。音が情報でもあるのです。ドライビング・シミュレーターでどんな音・振動環境がいいのかを研究しています。もう1つはドローンを使ったビルや橋などの設備診断技術です。ドローンから玉などを発射してその音を拾って壁面などの劣化を診断できないか考えています。どちらもこれまでの「音を消す」技術を「音を作る」技術に生かそうというものです。



*注:【デシベル】=音の大きさは音の強さ(エネルギー)に由来するが、音の強さが10倍、100倍、1000倍…というように等比的に増加していっても、音の大きさとしては人は同じ割合で等差的に増加したと感じてしまう(フェヒナーの法則)。そこで音の強さを対数(ベル=B)に変換すると人が感じる音の大きさに近い指標となる。ベルを10倍したのがデシベル。

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