梅田 弘子 講師

広島国際大学 健康科学部 医療福祉学科

育メン育成に高い壁 男性だけでなく
女性も含めた社会全体に育児協働の価値観を

FLOW No.88

梅田 弘子
Profile
うめだ・ひろこ 2000年愛媛大学医学部看護学科卒。2002年茨城大学大学院教育学研究科養護教育専攻修士課程修了。2020年広島国際大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。川崎医科大学附属病院等で小児科・小児外科病棟看護師、青森中央短期大学看護学科助教、青森県立保健大学健康科学部看護学科講師などを経て、2011年広島国際大学看護学部看護学科講師。2018年同医療福祉学部医療福祉学科講師。2020年から現職。保健師。博士(看護学)。広島県出身。

青年期に育児の協働の意義を学ぶ機会を

小泉進次郎環境大臣の「育休宣言」が話題を呼びました。しかし、日本の男性の育児休業取得率は2018年でも6%に過ぎず、女性の82%とは大きな隔たりがあります。 育休を取得した男性の約2割が職場での嫌がらせなど「パタニティ・ハラスメント」を受けている実態も連合の調査(2019年)で明らかになったように、男性の育児・家事への日本社会の理解は進んでいません。家族看護や小児看護を研究する広島国際大医療福祉学科の梅田弘子講師は、「未来の育メン育成プログラムの構築と拠点形成に関する研究」(2012~14年度科研費)などで、大学生主体の育メン育成プログラムの構築・運営に取り組みました。育メンを増やし男性の育児への社会の理解を進めるための課題を、梅田講師に聞きました。

「育women」という言葉はない

まず「育メン」という言葉ですが、私は個人的には好きではありません。そもそも「育women」という言葉は存在しません。それだけ女性が育児をするのは当たり前という価値観が社会に染みついているのです。ただ、人々の価値観を転換し行動変容を促すために、当面はこの言葉も必要だと認識しています。

私は看護職でかつて岡山の病院で小児病棟に勤務していましたが、子どもの入院に付き添うのは決まって母親でした。母親の負担は想像を絶するものがありました。小児看護師としてその母親の負担や夫婦の協力体制の低さが、それを目の当たりにする子どもの成長発達にも影響するのではないかと漠然と気になっていました。私自身も娘が生後9カ月の時に仕事を再開し、子育てをしながら共働き生活を送り現在に至っています。夫は理想的な育メンですが、それでも子どもの病気や入院、自身の体調不良で子育てと仕事の両立に何度も挫折しそうになった経験があります。そこで2011年に広島国際大に着任後、育メン育成に関する研究をスタートさせました。

分担を夫婦で話し合うことこそ重要

「育メン」について、厚生労働省は「子育てを楽しみ、自分自身も成長する男性のこと」と定義しています。何をどこまでやったら育メンなのか、を決めるのは難しいです。私は、万が一夫婦のどちらかが急に育児ができない状況になったとしても、もう一方が子育てを、責任をもってやっていけるくらい、子どもの衣・食・住・発達の支援ができることが大切だと考えます。これらは、発育・発達の変化がめまぐるしい子どもの特性を考慮すると、簡単なことではありません。もちろん、一人でという意味ではなく、社会資源等のさまざまな助けを得ながら子どもの成長発達を親として支えるという責任を果たしていく覚悟と行動力が育メンには必要なのです。

かつて週刊誌AERA(2016年5月30日号)が特集で、「共働きの家事育児100タスク表」というのを掲載したことがありますが、家事・育児を“見える化” すると、たくさんのタスクがあります。そのことを正しく認識し、夫婦で話し合ってどのようにタスクを分担するかなど協働の方法を共に考えているかが非常に重要です。単純に「おむつ交換ができる」とか「夜泣きの対応ができる」とかで育メン度合いを測ることは適切ではありません。

米国生まれの「コ・ペアレンティング」(共同育児)という概念があります。もともとは離婚した夫婦の子どもの養育の仕方を考えることから生まれたものです。「父親・母親・子どもの三者の関係性において、子育てについて夫婦が情報共有・相談・調整・分担を行い、それに了解をして、相互補完的に互いに思いやりをもって物事を行い全体を共有していくこと」を指します。

私の行った乳幼児を育てる共働き夫婦ペア対象の研究結果からでも、生活の実態として、育児行動が圧倒的に妻に偏っており、育児と仕事の両立で妻が身体的にも精神的にも過酷な状況にあることが明らかとなりました。夫は、妻の負担について認識はしているものの、長時間労働で子どもや家族と過ごす時間が少ないことに困っているとの訴えが多く、妻に比べて育児行動が圧倒的に少ないためか、子どもの世話に関する困りごとの報告は少なく=表、夫婦の育児の協働に関する評価は、妻よりも「協働できている」と認識していました。夫婦がフルタイムの共働きで、同じ家庭で子育てに当たっていても、夫と妻では子育てへの関与や育児の協働について認識・行動共にかなり違いがあるということです。特に育児の初期段階における夫の関与がその後の育児参画の質や量に影響することが予想されることから、単に男性の育児休業取得率を向上させるといった数値目標に留まらず、夫婦で共に子育てに取り組む時間と経験の共有という質的な側面への支援が求められると思います。我が国に長らく根づいてきた男女の役割分業意識による「母親が育児」という価値観は、思いのほか共働き夫婦の育児においても根を張っている様子がうかがえ、コ・ペアレンティングという考え方が浸透していないことが分かります。

マターナル・ゲートキーピングという問題

さて、そんな育メンを増やすためには多くの壁が立ちはだかります。第一は職場の壁です。長時間労働▽育休制度が不十分(育休中の経済的な保障も含む)▽給与の低さ▽上司の無理解▽育休取得者への人事差別▽ワーク・ライフ・バランスへの取り組みの低さ、などです。育休を取得できる環境整備の不十分さが目立ちます。第二の壁は日本社会全体の価値観です。男性本人だけでなく女性の意識の問題もあるといえるでしょう。育休を取得しなかった男性が「フレックスタイム制などで対応できたので育休を取らなくても済んだ」と話していることがありますが、育休を取らないでできた育児とは育児と言えるのでしょうか。育児への参画意識が低い男性がまだ多数なのです。更に見落としがちなのが女性の側の固定観念です。私自身にも言えますが、「母親が育児を自分のアイデンティティーとして、父親に明け渡すことに抵抗を感じgateを高くkeepしてしまう」を意味する「マターナル・ゲートキーピング」(母親が育児の門番)という問題です。母親も父親が育児に参画する意義や効果を理解することが大切です。

知って、イメージし、信じる

育MENプロジェクトで開催した「育MEN写真館」
= 2012年8月

2012年に「ひろしま未来の育MENプロジェクト」を学生たちと立ち上げました。 2009年の育児・介護休業法の改正以降、男性が育児休業を取得することは法制度上容易になったものの、依然として育児休業取得率が伸び悩んでいます。乳幼児がいる男性の育児参加を推進するアプローチが重要なことはもちろんでしたが、それ以上に、将来、父親・母親になる可能性をもった青年期、特に大学生の男女に、男女が共に仕事・家事・子育てをすることが当然であるという価値観を醸成することが極めて重要であると考えて始めました。日本は専業主婦がいることを前提とした男性の働き方や社会構造から未だに脱することができておらず、社会に出てからでは、周囲の価値観に影響されてしまうので、その前に新しい価値観を形成することが有効で重要だと考えました。「子育てパパを知ろう」「子育てする僕らをイメージしよう」「女子も男子の力を信じよう」の3つの柱を掲げて、行政や民間団体と協力し大学生対象のさまざまな講座を企画・運営し、育児休業を取得した育メンの家庭を取材したパネル展を実施するなど、学生たちはその活動を通じて、子育てに参画する意義や価値を見出してくれたように実感しています。特に育メンたちの行動が妻の身体的・精神的負担を軽減し、心強い存在となり、夫婦で育児の大変さと楽しさを分かち合う姿は、学生に変化をもたらしました。

子どもの健やかな成長発達のために

昔は欧米でも「家事・育児は女性」という価値観が支配的でした。それが変わったのは、国が家事・育児を対価が発生する労働と認め、補助金などのお金を出すようになったことが大きかったと思います。国や制度の役割が古い価値観を変えるためには重要です。そこで育休の取得率を上げるための法制化も必要と言わざるを得ないです。強制力がなければ、コ・ペアレンティングが浸透することはなかなか難しいのかもしれません。内閣府の資料では、6歳未満の子どもを持つ夫婦の子育てや家事に費やす時間は、妻が1日当たり7時間34分であるのに対して、夫は1時間23分で、先進国中最低の水準です=図。

母性・父性という生物学的な根拠もないわけではないのですが、これだけ社会が発達し、労働力の確保が必要とされている以上、性差を超えて夫婦で育児を協働していくことの意義をできるだけ若い時期に認識する機会(学習)が重要になると考えています。時代は共働きが主流となりました。1人親家庭やLGBTQの家族など多様な家族が存在しています。男か女かということではなく、子どもにとって身体的にも、(愛着形成・人格形成など)精神的にも基盤づくりの時期である乳幼児期は、その時しかない、ということを正しく認識し、日本の未来を創っていってくれる子どもたちの健やかな成長発達の観点から、子育てという営みを大切にしていく必要があると思います。親が安心して親になっていける、そして子育てに注力できる環境を社会全体で創造していくことが求められています。

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