西アフリカのセネガルから来日し大阪工大で建築を学ぶシッス・シガさん。3歳で小学校入学を許された秀才の国費留学生です。流暢な日本語で「建築で人を幸せにしたい」と話すシッスさんに、建築への思いや母国・セネガルの魅力について聞きました。
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シッス・シガ(Siga Ciss)さん
1996年セネガルの首都ダカール生まれ。2000年3歳で小学校入学。2012年国立の中高一貫校を卒業。2014年国費留学で来日、大阪市内の日本語学校で1年、建築専門学校で2年学び、2017年大阪工業大学建築学科3年に編入。
留学先に日本を選んだ理由と大阪工大に進んだ理由を教えてください。
セネガルでは国立の中高一貫校に在籍し、同級生の留学先はフランスが圧倒的に多かったのですが、他の人と同じことはしたくなかったのです。他の留学先を調べた時に、第二次世界大戦を乗り越えて経済的、技術的に爆発的に発展を遂げた日本に興味が湧きました。最初は大阪の建築専門学校で学び、大阪工大の3年に編入学しました。大阪工大を選んだのは、パソコン上の設計ではなく、建築のスケール感を肌で感じるために手書き製図にこだわる“手を動かして考える教育”に力を入れていることを知ったからです。私も建築の本質は手だと思います。手書きで製図をしているとアイデアが自然に湧いてきます。
今は建築学科でどんな研究をしているのですか?
都市の環境と都市空間、市街地などを計画設計する都市設計(アーバン・デザイン)の研究をしています。個々の建築の設計だけでなく、もっと広い視野に立った都市計画にも興味があります。卒業研究のテーマは「母国・セネガルにふさわしい建築」です。日本に来て京都のお寺などの伝統建築や、大阪の安藤忠雄の現代的な建築スタイルを見て、日本独自の建築様式があることに影響を受けました。セネガルはフランスの植民地時代が長く、建築としてはヨーロッパに似たものが多く、国独自の様式がありません。そこで私は、①セネガルの気候(雨季と乾季)に対応し②セネガル人のライフスタイルに合って住みやすく③セネガルのアイデンティティーを感じられる、という3つの観点から新しい母国の建築を提案したいと考えています。
日本語がぺらぺらですが、どうやって勉強しましたか?
来日して大阪の日本語学校で初めて日本語の勉強を始めました。学校が催すイベントに積極的に参加して日本人とできるだけ直接会話するようにしました。専門学校では建築の専門用語や法律用語が漢字ばかりで覚えるのには苦労しました。USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)のインフォメーション・センターで週2回アルバイトをしてお客さんの案内などをして日本語を磨きました。来日2年で日本語能力試験N2(2級)を取りました。
休日は勉強以外にどんなことをしていますか?
留学生友好会のメンバーとして地元の幼稚園でのボランティア活動や大阪万博の誘致活動にも進んで参加しました。
将来の夢を教えてください。
そもそも建築に興味を持ったきっかけは、9歳のころに米国版「大改造!!劇的ビフォーアフター」のようなテレビ番組を見て、建築で多くの人を幸せにする建築家にあこがれたことでした。大阪工大卒業後は日本の設計事務所に就職して実務経験を積み、まず一級建築士の資格を目指します。その後は帰国して自分の設計事務所を開きたいです。そして将来的には政府(自治住宅省)の職員になって、セネガルの建築のあり方や考え方を根本から見直し、都市計画や地区計画に携わりたいと思っています。日本では当たり前の道路の排水やごみ処理などの都市整備がセネガルでは整っていません。公共交通機関も少なく、交通渋滞がひどいです。その一方で貧しい家庭が多い地域のすぐそばに現代的な空港の建物が作られるなど、本当に国民のためになっているのか分からない都市政策も進んでいます。夜にみんなが音楽やダンスに興じるのも道路の上です。そうした文化を大事にして安全に楽しめる広場を確保するなどセネガルらしい街づくりを手掛けたいです。

