田尾 愛梨さん(右)上田 佳奈さん(左)田地 瑞季さん(左から2人目)

小笠原 敦子さん(右から2人目)

毎日新聞社大阪本社副代表、日本高校野球連盟理事

いつの日か女子球児も甲子園のマウンドに
正確なニュースを届ける新聞の使命は不変

FLOW No.83

常翔学園の設置学校に在籍する学生、生徒、教職員が各界の “一流人” と語り合う「クロストーク」の第2回は、長年毎日新聞社で経済記者として活躍し現在は同社大阪本社副代表と日本高校野球連盟初の女性理事という要職も務める小笠原敦子さんと、毎日新聞大阪本社紙面「キャンパる」で学生記者として活躍する3人の女子学生(大阪工大の田尾愛梨さん、摂南大の上田佳奈さん、田地瑞季さん)です。今月開幕する第91回選抜高等学校野球大会の準備が進む阪神甲子園球場を案内されて興奮気味の3人が、高校野球や甲子園、新聞記者 の仕事、女性リーダーの役割などについて小笠原さんにインタビューしました。

男性だけの高野連に女性の目を

田尾:一昨年から日本高校野球連盟(以下、高野連)の理事を務められていますが、女性理事が誕生したことでどんな変化が期待されているのですか?

小笠原:以前、高校野球の出場チームの甲子園練習で、女子マネジャーがノックのボール渡しをするのが「危険だ」とされ、高野連に女子マネジャーがグラウンドから出されたこともあり、それが大きな批判を受けました。そんなこともあって男性ばかりの組織に女性の視点を入れようということになったのです。私と引っ越し大手のアートコーポレーション社長の寺田千代乃さんが理事として入りましたが、就任会見は驚くほどの大騒ぎでした。当時、選抜高校野球を主催する毎日新聞社の総合事業局長という立場で女性だったことが私が選ばれた理由です。その後、女子マネジャーの甲子園練習参加は一部認められました。女子マネジャーが入れる のはまだ人工芝の上までで土のグラウンドを踏めなかったり、学校指定の体操服着用を求められるなどの制限は今もあります。私はこういう制限は見直すべきだと思っています。ただ、女性理事だから女性としての意見をいつも求められるわけではありません。年4回の理事会(理事33人)は、毎回決めないといけないことが山積みです。女性理事といっても球児が安全に楽しく野球ができるように考えることが第一の仕事というのは男性理事と変わりありません。

試合決行判断のプレッシャー 雪のアルプススタンド

上田:甲子園の高校野球にはこれまでどうかかわってこられたのですか?

小笠原:記者、デスク、支局長、総合事業局長、高野連の理事、としてそれぞれの立場でかかわってきました。記者としてのスタートが神戸支局だったこともあり、その2年間は甲子園で地方大会から何度も取材しました。デスクとしては、記者の原稿をチェックする役割で甲子園に詰めました。支局長の時は地元の代表チームのスタンドからの応援です。総合事業局長は春の選抜高校野球大会の主催者として大会を運営する立場ですので、開幕の前から近くのホテルに泊まり込んで準備に当たりました。天気予報を見ながらその日の試合を決行するかを決めるのは大変なプレッシャーです。

田地:甲子園での印象深い思い出はどんなことですか?

小笠原:新人記者時代の思い出は春の選抜高校野球大会で、雪が降る中を甲子園のアルプススタンドで凍えながら取材したことですね。デスクの時は記者室に朝から夜までこもって、各支局から地元チームに付いてやって来た記者の原稿とひたすら格闘していました。スタンドから試合を観戦する余裕はなく、甲子園にいるのにテレビで試合を見ながら仕事をしていました。ある日、目を通した原稿を数えたら120本あったことも。

田尾:私は小学3年から6年まで少年野球で男の子と一緒に野球をやっていました。女子が甲子園に出場する時代が来ると思いますか?

小笠原:高野連の高校野球は男子だけですが、女子高校野球もできています。高野連とは別の競技団体ですが、個人的には女子高校野球も甲子園でやってもらったらいいなとは思いますね。女子選手も甲子園のグラウンドに立たせてあげたいし、それを見たいです。甲子園での高校野球やプロ野球の始球式では既に女性や女の子が投げていますし、これからはどんどん変わっていってほしいと思います。

書くための最良の教科書は新聞

田尾:女性記者としても長年活躍されてきましたが、昔は男社会だった新聞社で苦労したことと、逆に良かったなと思うことを教えてください。

小笠原:まだ女性記者が少なく、目立ったので取材先に早く覚えてもらえたというのは良かったですね。でもセクハラを受けることもありましたし、経済部の記者として企業のトップの取材をした際には、「女に話はできない」と露骨に言われたこともありました。そんな古い考えのトップがいる会社は今はもうないですが、各国の男女格差の解消度を数値化した世界経済フォーラムの「ジェンダー・ギャップ指数(2018年版)」=*注=によると、日本は世界149カ国中110位です。もちろんG7の中では最低。理由は経済と政治の分野のスコアが著しく低いからです。女性議員と企業の女性トップの数が圧倒的に少ないのです。このように日本の実態はまだまだですが、男女雇用機会均等法もできて女性が働く環境は着実に前進しています。決して後退はしていません。

田尾:これまでで思い出深い取材や記事を教えてください。

小笠原:日本の女性で初めてオリンピックに出場して陸上800mで銀メダルを取った人見絹枝さん(1907~31年)という女性アスリートがいました。これまで日本がオリンピックの陸上競技のトラック種目で取ったメダルはその銀メダルが最高です。男子の400mリレーでも銀メダルを取りましたが、1人で取ったのはいまだに人見さんだけです。私が岡山支局に赴任した時、ちょうど岡山出身の人見さんの生誕100年で連載記事を書いたのです。とても楽しい取材で、自分でも忘れられない記事です。実は人見さんは大阪毎日新聞社の記者でもあり、オリンピックに出ながら自らアムステルダムから記事も書いていました。私の大先輩です。経済記者として取材した経済人で印象深いのは関西電力の元社長・会長の芦原義重さん(1901~2003年)と京セラを創業した稲盛和夫さん(1932年~)です。お二人とも眼光が鋭く、昔は若手記者には怖かったですね。

田地:取材でいつも心掛けていたことはありますか?

小笠原:相手の言うことを正しく伝える、ということです。ただし、ある意図を持って発言する人もいますから、それを見抜くためには事前に勉強をしておくことが必要です。また、新聞は一方的な主張だけを書くことはせず、必ず別の見方の人のコメントも取ります。裁判では訴えた側も訴えられた側も取材します。要するに偏らないということです。

上田:「キャンパる」面の記事を書くと、添削される部分がまだまだ多いです。興味のない人にも記事を読ませる勉強法や工夫を教えてください。

小笠原:記事を書くための最良の教科書は新聞です。大学生が新聞を読まなくなっていますが、たくさん読んでください。私も新人記者の時は先輩の記事をスクラップして「こう書けば読者に伝わるんだ」と勉強しました。読者を引きつける書き方の一つが一番面白い部分、つまり見出しどころを前文にして、頭の部分で示すことです。

上田:最近、気になったニュースは何ですか?

小笠原:学校に虐待のSOSを出したのに亡くなってしまった栗原心愛(みあ)さんの事件のニュースです。この種の事件が最近多いことに心が痛みます。私自身がこれまで最もつらかった取材は1995年の阪神・淡路大震災の取材でした。東日本大震災の発生時は大阪経済部長で、その後すぐに京都支局長になりましたが、若い記者たちに現場を見てほしくて進んで東北に応援に行かせました。つらい現場でも自分の足で行き、自分の目で見ることが記者には一番大事だからです。

上の立場だからこそ面白い仕事も

田地:女性リーダーとしてキャリアを積む中で、どんなことに注意してこられましたか?

小笠原:記者からデスクになったのが最初のリーダー的な仕事でした。複数の記者を必ず公平に見ることを心掛けました。それとその記者の良いところを伸ばすように心掛けました。私が書いた方が早いと思ってもあえて失敗させながら自分で書かせたこともありました。記者という仕事は面白く達成感も大きいのですが、上の立場になる方が仕事が面白いということもあります。上からだから見えることもあり、別々の仕事をつないで新しい仕事をつくり出すこともできます。一方で、下の人が働きやすくするのが上に立つ人間の大事な仕事だとも思っています。

田地:これまで仕事で心が折れるようなことはありましたか?その時はどう乗り越えたのですか?

小笠原:「辞めたいな」と思ったことはあります。でも辞めなかったのは新聞が好きだったからだと思います。人間の心はそんなに簡単には折れない。一晩寝たり、おいしいものを食べたり、人とおしゃべりしたりして気分転換をうまくやることです。自分で自分を追い詰めないことが大切だと思います。

新しい世界に出会える新聞の良さ

上田:副代表のお立場で、新聞や紙媒体の未来をどうお考えですか?

小笠原:新聞社には大変に厳しい時代です。新聞を読まない若者が増えているからです。スマートフォンは確かに便利でどんな情報もすぐに検索して得られるのですが、そこにはうそや誰かの一方的な考えも多いのです。新聞の良さは必ず人に会って話を聞いて記事を書いているということで、フェイクニュースがありません。だからウェブのニュースやテレビの情報番組の元はほとんどが新聞記事なのです。新聞では読みたいニュースをページを繰って探さないといけない手間が必要ですが、その過程で思いも寄らない記事との出会いもあります。全く知らなかった世界を知ることができるのです。今日の毎日新聞朝刊は米国のトランプ大統領の一般教書演説をほぼ1ページ使って載せています。米国大統領の議会での方針表明です。「日本人に関係ないのに何でそんなに紙面を割くのか」と思うかもしれません。それは米国の動きが世界に大きく影響するからです。日本のことだけ考えていては駄目な時代で、大きく世界を見ないとこれからのことは見えません。そのために新聞は大いに役立ちます。確かに新聞を全部読むのは面倒くさいかもしれません。そのために見出しが付いていたり、識者のコメントも付いています。将来、紙媒体がなくなることはないでしょうが、新聞社もウェブ媒体へのニュース配信にどんどんシフトしています。しかし、正確なニュースを届けるという新聞社の使命そのものは変わりません。

女性ももっと欲張りに生きよう

田尾:最後に女性のキャリア形成で何かアドバイスをいただけませんか?

小笠原:世界的に女性を排除できなくなっていて、男性だけでは社会の物事は進みません。だから女性のフィールドを皆さんでどんどん広げていってください。今はいろんな情報を容易に得られる時代であることを生かして、狭く考えないで広い視野を持ってください。毎日新聞の女性社員たちにも、「自分でよく考えて選べば結婚しても子供を産んでも働き続けられる時代になったのだから、自分の人生は自分で決めるべきだ」と話しています。女性がもっと欲張りに生きていい時代です。


*注【ジェンダー・ギャップ指数】世界経済フォーラムが2006年より「世界男女格差レポート」で公表する世界の各国の男女間の不均衡を示す指標。経済・教育・政治・健康の4分野の14の変数を総合してつけられるスコアをランキングの形で示す。



田尾 愛梨さん
大阪工大 知的財産学科3年

野球経験者なので甲子園では思わずマウンドに上がりたくなりました。女子の甲子園大会があればきっと目指していたと思います。小笠原さんの「人間の心は簡単には折れない」という言葉が印象的で励まされました。

上田 佳奈さん
摂南大 経済学科3年

小笠原さんはさっぱりした印象の方で、お話がとても分かりやすかったです。私は高校時代には陸上選手(幅跳びと短距離)でしたが、同級生の野球部員たちが目指していた聖地の凄さを実感できたことも良かったです。

田地 瑞季さん
摂南大 経済学科3年

野球場に入ること自体が初めてで新鮮な体験でした。すごく広くて案内されて歩いているだけで疲れました。私は優柔不断なところがあって、就職の志望もまだ迷っていますが、小笠原さんに言われたように自分で自分の人生を選べるようになりたいです。

Profile
小笠原 敦子(おがさわら・あつこ) 1983年京都大学文学部史 学科卒。同年毎日新聞社入社。神戸支局を経て経済部で長く経済記者を務めた後、大阪本社で岡山支局長、経済部長、京都支局長、編集局次長、総合事業局長、営業総本部大阪事業本部長などを歴任し2018年から副代表。2017年から日本高校野球連盟理事。兵庫県出身。
撮影場所 infomation
阪神甲子園球場(兵庫県西宮市甲子園町1-82)
通称「甲子園」。1924年に全国中等学校優勝野球大会の開催を主目的に建設。日本初の大規模野球場で、収容人数は国内最多の4万7508人。プロ野球セントラル・リー グの阪神タイガースの本拠地で、選抜高等学校野球大会及び全国高等学校野球選手権大会という2大高校野球全国大会の開催球場。「野球の聖地」と称されている。高校生の各種全国大会でも「~甲子園」の名称が使われることが多い。

クロストーク