岡田 舞 さん(中央)、葛野 葵生 さん(左)

大阪工業大学 情報メディア学科2年

東川 篤哉 さん(右)

ミステリー作家

ユーモアあふれる本格ミステリー
緻密な謎の解明はよどみない文体で

FLOW No.107

常翔学園の設置学校に在籍する学生、生徒、教職員が各界の一流人と語り合う「クロストーク」。第10回のゲストは、本格ミステリーをユーモアあふれるタッチでつづる作家の東川篤哉さんです。淀川に臨む大阪工大の図書館大宮本館を会場に、図書の選書や書架整理などに携わる学生ボランティア「ライブラリーサポーター」を務める岡田舞さんと葛野葵生さんが、ミステリーを執筆する過程や作品に込める思いを聞きました。


岡田:大阪工大には3つのキャンパスがあり、それぞれ図書館があります。ここは昨年7月、新たに完成した大宮本館です。

東川:窓が大きくて眺めの良いすてきな図書館ですね。

岡田:今日は東川先生にたっぷりお話を聞きたいと、たくさん質問を考えてきました。まずは、ミステリー作品と出会ったのはいつですか?

東川:小学4年の時、同級生に「図書館に面白い本がある」と教えてもらいました。最初に読んだのがエラリー・クイーンの『靴に棲む老婆』で、子供向けに書き直した作品です。

岡田:子供の頃から自分でも小説を書いてみたいと思いましたか?

東川:高校生くらいで書きたい気持ちが芽生えました。大学生になって原稿用紙に向かったのですが、字がうまくないので傑作と感じられず、挫折しました。

映画に夢中になった学生時代

岡田:どんな大学生でしたか?

東川:岡山大学法学部に進学しました。当時は勉強より映画に夢中で、ジャンルを問わずに映画館やテレビで片っ端から見ていました。この頃の経験がホームシアターをトリックに使ったデビュー作『密室の鍵貸します』(光文社)につながっています。

岡田:デビューまでの過程は?

東川:大学卒業後は会社員として4年働きました。その後、昼はアルバイト、夜はアマチュア作家としてミステリーを執筆する生活が8年続きました。雑誌に投稿すると、入選したり、落選したり。「本当にプロとしてデビューできるだろうか」と不安でつらい時期でした。

葛野:これまでの人生は作品に影響していますか?

東川:住んできた土地を舞台にするなど、いろいろな影響があります。父が海上保安部に勤めていたので、子供時代は転勤の連続でした。広島の尾道で生まれ、佐賀の呼子、長崎の佐世保、山口の下関を経て、高校は鹿児島で過ごしました。

葛野:執筆はどのように進めますか?

東川:まず、中心になるトリックを考えます。そのアイデアを生かすため、どのような登場人物や舞台設定がいるのか、探偵役はどうするか、どこから語り始めるかなどを考えます。いつもノートを持ち歩き、アイデアをメモしています。

岡田:トリックをボツにすることはありますか?

東川:新たな作品を書くたびに、過去に思いついたトリックを見返して、どんな展開ができるかを再考します。作品に取り込むまで10年かかることもあるので、ボツにするというよりもストックしておくという感じです。

葛野:作品を書き上げるには、どれくらいの時間が掛かりますか?

東川:原稿用紙70~80枚の短編で2週間前後です。ただし、書く前に構想を練る時間が必要です。3、4日で固まることもありますが、1カ月たってもまとまらないこともあります。

葛野:どこで執筆していますか?

東川:喫茶店で構想を考えたり、ノートに下書きしたりして、自宅のパソコンで清書しています。

岡田:『放課後はミステリーとともに』(実業之日本社)の主人公「霧ヶ峰涼」など、登場人物の名前が特徴的です。どのように思いつきますか?

東川:エアコンのポスターを見ていて、「『霧ヶ峰』ってかっこいい名前だな」と感じて使いました。(架空の)烏賊川市を舞台にしたシリーズに登場する私立探偵の鵜飼杜夫と助手の戸村流平は、競馬新聞に載っていた調教助手の名前をヒントにしました。

実写化は照れくさい

葛野:『謎解きはディナーのあとで』(小学館)など、テレビや映画で実写化されたものはどんな気持ちで見ていますか?

東川:実は、ほとんど見ていません。自分の考えた登場人物が体を持ち、声を発するのを見るのは照れくさいからです。唯一、ちゃんと見たのが完成試写会に招待された『謎解き』の劇場版です。原作にはないストーリーだったので、別の作品として受け止めました。

葛野:ミステリーのネタは今どのくらいありますか?

東川:(笑いながら)ないです。デビュー直後はアマ時代の落選作を改稿することでストックのように使えましたが、『謎解き』がヒットして、仕事の依頼が増えた時に使い切りました。ミステリーのパターンは無限にあるわけではないので、どうしようって思っています(笑)。

葛野:作品を書く上で大事にしていることは?

東川:分かりやすい文章を書くことです。謎は難解になるように考えますが、込み入ったシチュエーションを分かりやすく書きたいと思っています。必要な情報を的確なタイミングで示して、1 つのストーリーとしてつながりのある会話や説明になるように書いているつもりです。

葛野:書いていて、くじけそうになることはありますか?

東川:トリックに矛盾が見つかり、筆が止まることはあります。その時は、新たな登場人物を出したり、違う手掛かりを考えたりします。

岡田:あきらめたりしないのですね?

東川:一応最後まで書きます。雑誌に掲載したものの、気に入らないため書籍化しなかった作品は3つくらいあります。

葛野:自作で最も好きな作品を教えてください。

東川:うーん……、『もう誘拐なんてしない』(文藝春秋)かな。2008年の出版ですが、今年1月に新装版を出すにあたり読み返したら、「面白いな」と感じました。子供の頃に住んでいた下関を舞台にした作品です。本格ミステリーというよりサスペンス。トリックも盛り込んでいて、喜劇の要素もあります。

『謎解き』超えるヒット作を

岡田:今後の夢や目標について聞かせてください。

東川:デビューした時の目標がヒット作を出すことでした。『謎解き』でかなえることはできましたが、そろそろ「『謎解き』でおなじみの」と紹介されることから脱却したいなと思っています。新たなヒット作を出したいですね。

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東川さん(中央)を挟んで岡田さん(右)と葛野さん= 写真はいずれも大阪工大図書館大宮本館
Profile
東川 篤哉(ひがしがわ ・とくや) 1968年、広島県尾道市生まれ。2002年、『密室の鍵貸します』がカッパ・ノベルズの新人発掘プロジェクト「KAPPA-ONE」第1期に選ばれ、プロデビュー。11年『謎解きはディナーのあとで』で本屋大賞受賞、同年ベストセラー第1位。その他の作品に、『館島』(東京創元社)『博士はオカルトを信じない』(ポプラ社)など多数。

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