常翔啓光学園中学・高校 吹奏楽部

指揮者 佐渡 裕さん

マエストロ佐渡の魔法のタクト
部員たちを魅了し演奏が一新

FLOW No.90

常翔啓光学園中学・高校吹奏楽部に世界的指揮者の佐渡裕氏が特別授業

名曲アルメニアン・ダンスに新たな息吹

日本を代表する指揮者の一人でベルリン・フィルハーモニー管弦楽団など世界の一流オーケストラでタクトを振ってきた佐渡裕さんが8月13日、夏休み中の常翔啓光学園中高に来校。吹奏楽部の中学・高校生たちに約2時間に及ぶ特別授業を行いました。自ら指揮棒を手にエネルギッシュに演奏指導をしただけでなく、練習後は部員からの音楽や人生についてのさまざまな質問にユーモアを交えて丁寧に答えていました。世界的なマエストロから直接指導を受け、濃密な時間を過ごせた部員たちは「夢のよう」と大興奮。コロナ禍で練習もままならない期間が続いていましたが、これからの演奏活動だけでなく人生における大きな宝物を手にしたようです。常翔学園の設置学校の学生、生徒らが各界の“一流人” と語り合う「クロストーク」の第5回はいつもより拡大した特別版です。




佐渡さんは毎年12月に大阪城ホールで開催される「サントリー1万人の第九」(毎日放送=MBS=主催)で総監督・指揮を務めています。常翔学園がその練習会場を提供するなど、この年末イベントと強いつながりがあることから特別授業が実現しました。もともと音楽大でフルートを専攻し、現在も日本を代表する吹奏楽団「シエナ・ウインド・オーケストラ」の首席指揮者も務める佐渡さんは「ブラバン愛」にあふれた指揮者としても知られています。当日は毎日放送の撮影スタッフらがカメラを構える中で、同放送アナウンサー野嶋紗己子さんの司会で練習が始まりました。会場はいつも同部が練習しているミューズギャラリー2階のホールで、42人がソーシャル・ディスタンスを配慮し、通常より横長な楽器配置になりました。司会が佐渡さんのプロフィールを紹介し、佐渡さんが登場すると、練習場の空気が一気にピーンと張り詰めました。

練習曲は米国の作曲家アルフレッド・リードの「アルメニアン・ダンス パート1」(演奏時間約11分)。変化に富んだ5つのアルメニア民謡で構成され、吹奏楽の名曲として知られます。日本でもプロ楽団からアマチュア団体まで演奏会のプログラムに取り上げることも多い人気曲です。まず、部顧問の上林遊教諭(音楽)の指揮で最初から最後まで通して演奏を披露。楽譜をもらってから2カ月ほどという部員たちでしたが、マエストロの鋭い視線を感じながら力いっぱいの演奏でした。演奏を聴いた佐渡さんはニコニコしながらまず「吹奏楽の最高峰の曲で技術的にも難しいのによくさらっています。ソーシャル・ディスタンスを取りながらも、みんながよくまとまった演奏です。素晴らしかった」と講評。続いて「でも今日は更に一歩上を目指しましょう」と部員たちに呼び掛けると、熱心な佐渡ファンも多い部員たちは目を輝かせ、レッスンへの期待が高まっていきました。

換気休憩の後は、いよいよ佐渡さん自ら指揮棒を持ってのレッスンです。指揮台の目の前は左から右へとフルート、クラリネット、サックスの木管パートが並び、左後方はティンパニやビブラフォンなど パーカッションのパート、右後方はチューバ、ユーフォニウム、ファゴット、バスクラリネット、コントラバスなどの低音パート、正面後方には左から右にトランペットとトロンボーンが横一列に並んでいます。

最初に佐渡さんは「ソロも良かったですが、特に感心したのはバスクラリネット、サックス、チューバなどの低音楽器が安定していてメロディーでないのに音楽的に歌っていたこと。メロディーでなくても音に命を込めることはとても大事です」と再度演奏を評価しました。続いて楽譜を見ながら個別の楽器やパートごとに具体的な指導に入っていきました。

「冒頭の3連符はティンパニだけなので、メゾフォルテの指定があってももっと音を出していい」

「拍を意識しながら大空に飛び立つようにのびのびと」

「同じメロディーを繰り返す時は2回目の方をより大事に」

「わらべ歌のようなシンプルなメロディーが各楽器で現れる箇所では、遊びのように新しい変化を見つけていくように」

「2拍子と3拍子が混ざった変拍子は不思議で怪しい雰囲気の景色を出そう」

「音楽は2拍子と3拍子に分けられるが、方向性は全く違う。一方向に進む2拍子に対して、3拍子はくるくる回る」

「打楽器だけでも歌を作ろう」

「体の細胞を全部使って音楽を」

「クライマックスはサーカスの綱渡りのよう。『綱から落ちるかもしれない』くらいのギリギリの速さで、テンポをもっと上げます」

大柄な佐渡さんの時に両手を広げたダイナミックな身振りとそのタクトに部員たちは魔法がかかったように引き込まれていきました。マウスシールドを付けながらですが、部員たちの目を真っすぐに見ながら的確な指示が飛びます。その言葉の一言も聞き漏らすまいと部員たちは更に集中。佐渡さんが指摘するたびに、その部分の演奏がどんどん生き生きとした音楽に変わっていきます。最後に佐渡さんは「音楽は1回限りのものです。目の前の空気が振動するのはたった1回。ミスして悔しかったり、うまくいってうれしかったり、それら全部を含めて1回きりのものだから、音楽はいとおしくて魅力があるのです」と部員たち一人一人に言い聞かせるように話しました。

そして仕上げは佐渡さんの指揮での通し演奏です。指摘されたことを忠実に、一音一音に命を込めます。部員たちの思いは一つになり、アルメニアン・ダンスに新たな息吹が吹き込まれたような演奏でした。特にクライマックスのアレグロの部分は、部員たちがそれまでの練習で挑戦したことのなかったまさに「綱渡り」のような速さになりましたが、全員が佐渡さんの指揮に必死に付いていき、破綻も見せない見事な演奏になりました。そして仕上げは佐渡さんの指揮での通し演奏です。指摘されたことを忠実に、一音一音に命を込めます。部員たちの思いは一つになり、アルメニアン・ダンスに新たな息吹が吹き込まれたような演奏でした。特にクライマックスのアレグロの部分は、部員たちがそれまでの練習で挑戦したことのなかったまさに「綱渡り」のような速さになりましたが、全員が佐渡さんの指揮に必死に付いてい き、破綻も見せない見事な演奏になりました。

演奏の興奮から冷めない部員たちに佐渡さんが「最後はよく付いてきてくれました。すごく良い演奏で、思い出に残る演奏になりました」と全員をねぎらうと、緊張から解放された部員たちには達成感の満ちた笑顔があふれました。

練習を終えて部長の馬場茉夕子さん(高校3年・クラリネット)は、「佐渡さんが振り始めた時から迫力がすごくて、どんどん引っ張られていきました」と話し、上林教諭は「クライマックスの速さにみんなが付いていったのは驚きでした。佐渡さんの指導ですごい集中力が生まれていました」と振り返りました。







小学校の卒業文集に「ベルリン・フィルの指揮者に」

馬場茉夕子=3年・クラリネット:佐渡さんは幼いころからフルートをされて大学でも専攻していたのに、どうして指揮者になろうと思ったのですか?

佐渡小学生の時に縦笛が得意で、フルートを吹いていた音楽の先生にあこがれて始めました。でも小学生の卒業文集に「大人になったらベルリン・フィルの指揮者になる」と書いたくらい指揮者になるのも夢でした。小学校での合唱の指揮の先生らにあこがれたこともきっかけです。大学を出てやっぱりより好きなことを仕事にしたくて指揮者になりました。最初は学校のブラスバンドやママさんコーラスの指揮からでしたが、それでもとても幸福でした。

市丸蒼人=2年・コントラバス:佐渡さんでも本番は緊張するのですか?

佐渡毎日のように緊張します。でも指揮者は自分では音を出さないので、音を出す演奏者の緊張をほぐすことこそが仕事でもあります。それに緊張するのはそれほど悪いことではありません。野球の大谷選手だって緊張するはずです。それでも指が震えて演奏できないのも困りますから、そんな時は息を吸ってから指の先から抜けるようにイメージして息を吐くといいですよ。

バラバラな人間が一つのものを創造するのがオーケストラの魅力



三澤龍也=3年・トロンボーン:音楽から逃げたいと思った ことはありますか?そんな時、どうやって立て直しますか?

佐渡僕のプロフィールには成功したことばかりが書かれていますが、その何倍も失敗しました。練習に行きたくなかったり本番が怖いこともあり、強い人間ではありません。でも最後は音楽の神々しさ、人間臭いオーケストラの人たちとのつながりで乗り越えていけます。オーケストラは社会の縮図でいろんな人がいて、苦手な人もいてうまくいかないことも当然あります。育った場所や国 も違うし、考えていることも違う。もともとはみんながバラバラなのは当たり前です。むしろバラバラな人たちが一つのものを創造することがオーケストラの魅力だと考えています。

佐渡さんとのトーク。左は司会の野嶋アナウンサー

ティーンエージャーは最強


井上夏希=3年・クラリネット:無観客でも演奏会を楽しくするにはどうしたらいいですか?

佐渡3月9日までヨーロッパで演奏会をしていましたが、その後はコロナ禍で何十本も仕事がキャンセルになりました。今、さまざまなオーケストラがユーチューブなどのSNSで演奏を配信し始めています。僕が芸術監督を務める兵庫芸術文化センター管弦楽団(PACオーケストラ)では、『すみれの花咲く頃』をメンバーが自宅から僕の指揮に合わせてリモートで合奏し配信。それに合わせた演奏や歌の投稿をと呼びかけたところ、400人もが動画を投稿し、50万人が視聴しました。50万人は1年にオーケストラの演奏会に来るお客さんの数です。こうした音楽の発信の可能性が大きなことが分かった一方で、やはり生の音楽の感動、1回限りの空気の振動の価値観も再認識しました。無観客は残念ですが、みんなもネットならではのアイデアを出して、トークを挟んだり、動きを入れたり、何らかのメッセージを届ける工夫ができるはずです。僕はティーンエージャーが肉体的にもピュアな精神力でも人生で最強の年代だと思います。いろんな奇跡を起こせるはずで、無観客を楽しくする発想を期待します。

緊張しながらも質問する女子生徒

森川輝=3年・クラリネット:つまずいたり落ち込んだ時に、どのようにして立ち直ってきましたか? 大切にしてきたモットーを教えてください。

佐渡スーパーキッズ・オーケストラのみんなにもよく言うのが「奇跡を起こす方程式」です。才能、努力、運の3つを足し算し、その全体に掛け算するのが感謝力です。どんな状況でも感謝できる人は、才能や努力や運を1.5倍にもできる。逆に自分の状況を恨んで、感謝できない人はせっかくの才能や運を生かせず0.8倍くらいにしてしまうのです。言葉の力も不思議で、落ち込んだ時に自分自身に「ありがとう」と言うと元気を与えられます。うまくいかなかったり、落ち込んだ時にこそ感謝が足りないのではと反省し乗り越えてきました。

山口紗=2年・チューバ:佐渡さんのお母様が作る料理が豪快だと有名ですが、その中で一番好きな料理は何ですか?

佐渡母は93歳ですが、昔はオーケストラのメンバー全員に手作りのマドレーヌを配るくらいでした。母の料理では春菊の天ぷらが一番好きです。これをご飯の上にのせて卵をかける天丼が我が家の朝ごはんの定番でした。

時間をかけられることこそが大事

川原愛理=1年・フルート:私は特技がなく、何をするにも他の人より習得するのに時間がかかり焦りがちです。これからの人生で自分だけの特技がある方がいいですか?

佐渡僕はゴルフがすごく好きですが、その才能はありません。でもいつもゴルフのことを考えています。時間をかけられることは大事なことです。何でもできる人に苦労は分かりません。僕は30歳近くまで指揮の仕事がほとんどありませんでした。小澤征爾さんやバーンスタインに認めてもらえるまで自信もなかったです。それでも自分の中では「好きな指揮で飯を食うぞ」という思いだけは変わらなかった。一つのことをやり続ける決心が大切です。だから時間がかかるのはとてもいいことなのです。30歳になって夢中になれることに出会うことだってあるので悲観する必要はありません。

音楽は一生の友

玄凛太郎=1年・パーカッション:将来、音楽と関係ない仕事に就いても、音楽を習っていて良いことはあるのでしょうか?

佐渡僕にとって音楽は天職だと思っています。みんなも自分にとっての天職を見つけてほしい。音楽と仕事とは別です。でも音楽は一生の友です。僕は自粛期間中にベートーヴェンやマーラーの交響曲の勉強もしていましたが、車の中ではジャズやロックを聴いていました。家ではウイスキーを飲みながら今井美樹さんの『PRIDE』という歌を聴きます。さまざまな音楽が身近にあると人生が豊かになります。ブラームスの曲で、若いころは難しいと思っていたのに40歳になって突然その素晴らしさに気付くこともありました。




常翔啓光学園中高吹奏楽部
創部4年。部員は高校生48人、中学生15人の計63人。夏の吹奏楽コンクールやアンサンブルコンテスト、ソロコンテストなどコンクールにも積極的に参加。昨年は初の定期演奏会を開催。また昨年の大阪府吹奏楽コンクール北地区大会で銀賞。大阪府アンサンブルコンテストのクラリネット7重奏で銀賞。今年も管打楽器ソロコンテスト地区大会で金賞9人、銀賞7人。同大阪大会で金賞5人、銀賞2人、など実力を上げている。

Profile
佐渡 裕(さど・ゆたか) 京都市生まれ。1984年京都市立芸術大学卒業。故レナード・バーンスタイン、小澤征爾らに師事。1989年ブザンソン国際指揮者コンクール優勝。1995年第1 回レナード・バーンスタイン・エルサレム国際指揮者コンクール優勝。パリ管弦楽団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ロンドン交響楽団など、欧州の一流オーケストラに毎年多数客演を重ねている。2015年9月から、オーストリアを代表するトーンキュンストラー管弦楽団音楽監督に就任。オペラ公演でも海外での実績を重ねている。国内では兵庫県立芸術文化センター芸術監督、シエナ・ウインド・オーケストラの首席指揮者を務める。毎年12月に大阪で開かれる「サントリー1万人の第九」(毎日放送主催)の総監督・指揮を1999年から務める。著書に「僕はいかにして指揮者になったのか」(新潮文庫)、「僕が大人になったら」(PHP文庫)、「棒を振る人生~指揮者は時間を彫刻する~」(PHP新書)など。

クロストーク