常翔学園中学・高校 北尾元一校長、池田弘教諭、中学2年2組の生徒たち38人

中島 さち子 さん

数学研究者・ジャズピアニスト

科目の垣根を越えたワクワクした学びで
創造的な人材を育成するSTEAM教育

FLOW No.94

常翔学園の設置学校に在籍する学生、生徒、教職員が各界の“一流人” と語り合う「クロストーク」。第7回は数学研究者でジャズピアニスト、更に現在注目のTEAM教育の第一人者としても知られる中島さち子さんに、常翔学園中高の教員と生徒たちがSTEAM 教育の意義や数学、音楽の面白さを教えてもらいました。理系分野に芸術やリベラルアーツを掛け合わせ、イノベーションや創造のワクワクする喜びを導くSTEAM教育。高校2年生の時に国際数学オリンピックで日本人女性唯一の金メダルを獲得。ジャズピアニストとしても活躍し、数学と音楽を自在に操るまさにSTEAMを体現したような中島さんが、中学2年生たちに数学の魅力を話し、ピアノを弾きながら音楽に潜む数学的面白さも解き明かしました。最後は大きなサプライズが待っていました。

STEAMに命を吹き込むA

北尾:はじめまして。本校は10年前に中学校を作りました。それまでは男子高校や工業のイメージが強かったのですが、新たな コンセプトとして女子も含めた理系教育とキャリア教育に力を入れてきました。近年はその効果で生徒も増え、6年一貫の教育成果もでてきましたが、次のステップに進むために来年度からは、これまでのキャリアプログラムを進化させた「常翔STEAM」として、STEAM教育に力を入れたいと考えています。STEAM教育が生まれ た経緯を教えてください。

中島:STEAMとは、Science(科学)、Technology(テクノロジー)、Engineering(工学)、Arts(芸術・リベラルアーツ)、Mathematics(数学)の頭文字を組み合わせたもので、理数教育に創造的な教育を加えた分野横断的でプロジェクト型の学びのことです。もともと理工系の科目を横断的に学ぶSTEM教育が21世紀の初めに米国で始まりました。当時のオバマ米大統領が国策として打ち出したのです。中国の経済的台頭に危機感を持ったのと移民への教育問題が背景にあったと言われています。STEM教育にA(Art)を加えたSTEAM教育を特に推進したのは、ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン前学長のジョン・マエダさんです。「20世紀の世界経済はサイエンスとテクノロジーが変えたが、21世紀の世界経済はアートとデザインが変える」とAの重要性を説きました。STEAMの根本的な思想に私は2010年代頃から関心を持ち始め、その普及を目指して2017年にその名も「steAm」という会社を立ち上げました。

池田:steAmの社名はAだけが大文字ですね。

中島:STEAMに命を吹き込むのがAだと思うからです。Aは芸術やリベラルアーツのことですが、「世界を見る新しい視点を生み出す」のがアート(A)だと考えます。今の時代は仕事の仕方も生き方もどんどん変わり、それに伴って多くの人々がこれまでの学び方・教え方に違和感を覚えてきています。先生にとって〇×を付けるのは楽ですが、〇×がつけられない、答えが1つではない問題が世界では増えています。サラリーマンも言われたことを言われた通りにやるだけではダメになっています。目の前のことだけでなく、物事をもっと広く俯瞰できなければうまく働けず、行き詰まってしまいます。効率性や性能、低コストなどの追求よりも、「幸せとは何か」といった問いに対応できる人材。つまり生きる力のある人材が求められる時代なのです。だからAが大事なのです。数学などの理系の科目も感覚や感性など遊びの要素が重要だと思っていますが、日本人は真面目で理解されにくいので、あえてAを明示するようにしました。

研究者や科学者のように考えアーティストのように作る

北尾:常翔STEAMもそうですが、この教育では教員は自分の専門科目を越えて行うことになり、負担が大きくなりませんか?

中島:総合的な探究の中では、専門知は今まで以上に重要になるので、先生方のこれまでの経験はとても大切な礎になると思いま す。ただ、当面は大変なこともあるかもしれません。多くの場合「正しい答えを教えないといけない」と先生方は考えがちで、答えを知っているべきという規範にとらわれがちだからです。答えが1つではないことが多い世界で、これからの学びは必ずしも「答え」を教えなくてもいいのではないでしょうか。先生は調べ方や正しい情報源に当たる姿勢を示し、生徒と一緒に考えればいいのです。ファシリテーターや伴走者の役割です。課題探究型のプロジェクト型の授業が理想で、例えば「数学× 美術」や「歴史× 科学」などのコラボ授業もいいですね。横断的な学びでは科目ごとの分断や科目の「聖域」を解消する必要があります。研究者の共同研究のイメージです。科目や分野の垣根を越えてワクワク試行錯誤し、何かを創造する過程こそが本来の学びです。とにかく生徒たちにはワクワク、ドキドキする体験が大切です。

池田:そうした課題探究型授業では成果物があった方がいいですか?

中島:子供たちにとって、作ることは楽しいことです。日本での学びの成果はポスター発表やパワーポイントのプレゼンテーションが多く、ものづくりが少ないです。アイデアが形になれば説得力があります。学習記録のeポートフォリオにも載せられます。

池田:本校では高校で「ガリレオ・プラン」と言って8つのゼミに分かれて科学探究活動を行っていて、ポスターセッションや発表会、論文作成もします。ドローン研究やロボット作り、プロジェクションマッピングなどのテーマで取り組んでいます。教員がそれをサポートするのですが、やはり教員が自分とは違う異分野に関わるのは難しいですね。

中島:そうした体験が学びにつながればいいですね。研究者や音楽家はできる人というより、できなくても好きで自分なりのやり方を見つけられる人です。苦労しても根底に創造する喜びがあるので強いのです。だからSTEAMでは科学や技術を学ぶことより、「研究者や科学者のように考え、アーティストやエンジニアのようにものを作る」ことを重視します。子供にとって与えられたものは面白くなく、遊びの中からでもワクワクする気づきや発見がある体験が本当の学びにつながります。知識を受け取るのではなく、知を自ら創り出す喜びを体験することがSTEAMです。プレイフルに学べる環境作りを進めていきたいです。


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大阪万博では「いのちを高める」場を

北尾:中島さんは大阪・関西万博のプロデューサーとしても活躍が期待されていますね。

中島:私が担当するパビリオンのテーマは「いのちを高める」。具体的な計画はこれからですが、遊びや学び、スポーツや芸術を通して生きる喜びや楽しさを感じ、いのちを高めていく共創の場を創出することを目指しています。まさにSTEAMの延長です。学校や大学も含めて多くの人を巻き込んでいきたいと思っています。ご協力をお願いします。

数学×音楽の“特別授業”サプライズの即興演奏に感動

中学校2年2組の38人はこの日、中島さんから数学と音楽についての“特別授業” を受けました。国際数学オリンピック金メダリストと聞いていた生徒たちは、始めは少し緊張気味でしたが、中島さんの話に次第に打ち解けていきました。ピアノを前に数学の隠れている音楽の魅力を教えられ、最後の即興演奏はまさにワクワク体験となりました。




数学の魅力は自由さ

前半は2年2組の教室で数学について生徒が質問。「実は私は計算が苦手」と言う中島さんが丁寧に答えてくれました。



山下明日香:なぜ国際数学オリンピックに出ようと思ったのですか?

中島:「高校への数学」という数学雑誌で、ピーター・フランクル=注=さんが受験とは全く関係ない数学の問題を毎号1問出していて、それを1カ月かけて考え続けて解く楽しさを味わいました。証明問題が多かったですが、やり方の違う解答が3つぐらい紹介されて、「こんなのもあるんだ」と数学の面白さを知りました。まるでアート作品のようでした。そうした雑誌で知った同世代の高校生が数学オリンピックに出ていたので、私もと思ったのです。

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溝川敬也:数学の面白さは何ですか?

中島:自由さです。学校では数学は〇×式で考えがちですが、本当は自由で柔らかな考え方が大事な学問です。数学者は「こう考えたらこうなる」とか、世界の見方の前提や仮定を自由に変えて考えます。数とは何かを考えたり、紐の結び方の研究をしたりしている数学者もいます。

森田心彩:数学を好きになる勉強法を教えてください。

中島:スポーツや音楽など自分の好きなことにつなげて数学を勉強するのも1つの方法です。例えば音楽なら、バッハやモーツアルトの音楽には数学的遊びが隠れていますし、現代ならボーカロイド(音声合成)の技術には、三角関数などの数学が欠かせません。好きなことに数学が使えることに気づけば、数学も好きになるかもしれません。

グランドピアノの形は指数関数

場所を音楽室に移した授業の後半は、まずピアノを前に中島さんが、音楽に隠れた数学の話から始めました。

グランドピアノの蓋を開けて、中に張り巡らされた金属弦を示しながら中島さんは、「この弦の並びが作る曲線は指数関数のグラフと同じ形です」と説明しました。続けて鍵盤のドの音を弾き、音の高さと振動数の比の話に。「音は空気の振動ですが、その波の1秒間の振動数が2倍になると音の高さは1オクターブ上がります。2オクターブなら4倍、3オクターブなら8倍と、2倍、2倍、2倍(2の累乗)で増えていきます。一方で、弦の長さは2分の1、2分の1と反比例で短くなります」と説明。気持ちよく聴こえる和音の振動数の比が整数比になっていることを、鍵盤を弾きながら示すと、生徒たちは音楽と数学の関係の深さに納得した様子でした。

そして最後に生徒たちへのサプライズが待っていました。予定になかったピアノの即興演奏を中島さんが披露してくれることになったのです。しかも、生徒たちから演奏に使う6つの音と3つのテーマをその場で募りました。音はド、ミ♭、ファ、ソ♯、ラ、シ♭の6音。テーマは「森」「雲」「社会的不適合者」。鍵盤を眺めながら数秒考えただけで、中島さんが弾き始めました。

6つの音を使った即興の音楽が目の前で生まれていきました。鍵盤を駆け巡る中島さんの指が、森や雲、社会的不適合者をイメージさせる新鮮なメロディーや独特なリズムを編み出す魔法に生徒たちは引き込まれていきました。4分弱の演奏が終わると、大きな拍手とため息が音楽室を包みました。


*注【ピーター・フランクル】ハンガリー出身で日本在住の数学者、大道芸人、タレント。国際数学オリンピック金メダリスト。算数オリンピック委員会専務理事、国際数学オリンピック・日本チームコーチ、東京大学非常勤講師、フランス国立科学研究センター教授。日本ジャグリング協会名誉理事。元早稲田大学理工学部客員教授。


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北尾校長(奥左)と池田教諭(同右)
Profile
中島 さち子(なかじま・さちこ) 1979年生まれ。2002年東京大学理学部数学科卒。幼少時からピアノや作曲に親しみ、高校2年で出場した国際数学オリンピックで日本人女性初の金メダルを獲得。大学時代にジャズに出会って本格的に音楽活動を開始、フリージャズビッグバンド「渋さ知らズ」に参加しながらソロ活動も。2017年に株式会社steAmを設立し、同社代表取締役社長。大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー。内閣府STEM GirlsAmbassador(理工系女子応援大使)。著書に「人生を変える「数学」そして「音楽」」、「音楽から聴こえる数学」(講談社)、絵本「タイショウ星人のふしぎな絵」(文研出版、絵:くすはら順子)他、音楽CDは「REJOICE」、「希望の花」、「妙心寺退蔵院から聴こえる音」他。ニューヨーク大学芸術学部ITP (Interactive Telecommunications Program) 修士。大阪府出身。

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