File No.29

野村 佳子教授

摂南大学 経済学部経済学科

「おもてなし」を形にしたW杯
五輪でも日本の評価を左右するボランティアの役割

FLOW No.87

野村 佳子
Profile
のむら・よしこ 1982年関西学院大学文学部英文科卒。同年日本航空入社。大阪支店、パリ支店などを経て、1997年JALホテルズに出向し、ESSEX HOUSE(ホテル・ニッコー・ニューヨーク)ゲストリレーションズマネージャー、ホテル日航東京マーケティング部課長など歴任。2010年摂南大学経済学部経済学科准教授。2015年北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院観光創造専攻博士後期課程単位取得退学。2018年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。2019年から現職。日本観光研究学会、日本労務学会などに所属。博士(経営学)。大阪府出身。

 昨年日本で開催されたラグビーW杯(ワールドカップ)2019は、世界から40万人もの外国人が来日。全国12都市で試合が行われ、チケットの販売も99.3%と大成功に終わりました。成功の大きな要因の1つが日本の行き届いた「おもてなし」にあったと言われています。出場選手や外国人ファンを感激させ、「過去最高の大会運営」との評価も受けました。今年の東京五輪・パラリンピックに向けて絶好の「おもてなし」の予行演習ともなったのですが、五輪では来日外国人数はラグビーW杯の何倍にもなり、日本のおもてなしがどこまで機能するか未知数です。観光学や組織行動論を専門とする摂南大経済学科の野村佳子教授に、ラグビーW杯成功の分析とそこから引き出せる五輪に向けた課題などを聞きました。

感激させた「国歌プロジェクト」

学問的には「おもてなし(ホスピタリティ)」の定義はあるのですか?

野村:おもてなしはホスピタリティと言い換えられますが、学術的な研究があまり進んでいない分野で定義も明確ではありません。主観的な「心の問題」とみなされることが多く、客観的な研究には不向きなのかもしれません。ホスピタリティはサービスとよく対比され、上下関係のあるサービスに対し、ホスピタリティは対等などと言われますが、サービスの提供でホスピタリティが実現することもあり、違いはあやふやです。私は顧客目線でサービスを提供し、満足を与えることがホスピタリティではと考えています。

ラグビーW杯の盛り上がりに寄与した「おもてなし」ですが、どの点が最も海外の人にアピールしたのでしょうか?

野村:ホスピタリティの語源であるラテン語の「ホスペス」は「客人の保護者」という意味です。日本は島国ですから海を越えてわざわざ来てくれた客人への敬意の気持ちがもともとあり、今回はその気持ちを具体的な形にしたことで外国人に通じたのだと思います。試合で出場各国の国歌を多くの日本人が歌ったプロジェクトが典型です。試合の前にも北九州市ではウェールズの練習に多くの市民が詰めかけてウェールズ国歌を合唱し選手らを感激させました。また、千葉県柏市ではニュージーランドのチーム(オールブラックス)を歓迎するために子供たちがハカ(ニュージーランドのマオリ族の民族舞踊)を踊り話題になるなど、インバウンド(訪日外国人旅行者)=*=増加の恩恵がまだ小さい地方都市が、地方の良さをアピールする機会ともとらえて頑張ったことが大きかったと思います。



*【インバウンド】=訪日外国人旅行者。2013年に初めて1000万人を超えて、2015年にアウトバウンド(日本人海外旅行者)と逆転。政府の目標値は2020年4000万人、2030年6000万人。

五輪やW杯のような大規模スポーツイベントに特有の来日外国人対策を教えてください。

野村:スポーツの応援は競技会場全体の一体感が生まれる素晴らしさがありますが、同時に群集心理に陥りやすく、興奮から観客の暴徒化に発展することがあります。国際大会では愛国心が刺激されますから余計に警戒が必要です。予防対策としては、まず競技終了後の観客のスムーズな誘導。次にアルコールの飲酒対策です。公共の場での飲酒禁止を徹底しなくてはいけません。

懸念されるLGBTや障害者への対応

W杯では競技場内は禁煙で敷地内は分煙でしたが、五輪では全面的な禁煙を予定しています。外国人と日本人の文化やルールなどの違いで気になる点はありますか?

野村:公共の場での禁煙に関しては、海外の方が進んでいるのであまり問題ないと思います。むしろ五輪をきっかけに日本でも禁煙が更に進むかもしれません。

たばこの問題より気になるのはLGBT(性的少数者)や障害者への対応です。多様性(ダイバーシティ)に対しても海外は非常に敏感です。例えばニューヨークでは人物のイラストが白人ばかりのポスターに、自分たちの社会を正しく反映していないというクレームが出たことがありました。最近少し見かけるようになったLGBT対応の「どなた様もご自由にご利用下さい」と表示された男女別ではない公衆トイレはもっと必要です。東京から外国人が流れていく地方の観光地の対応は東京より更に遅れています。また、街で見かけた障害者やベビーカーを押す母親を進んで手助けする文化も日本はまだまだです。手助けを限られたボランティアばかりに任せるのではなく、一般の市民がその場その場でいわば“にわかボランティア” になることも大きなおもてなしです。

摂南大キャンパスの「どなた様も…」の表示があるトイレ

ラグビーW杯では全国に会場が分散していましたが、五輪ではほぼ東京に集中します。来日外国人がW杯の何倍にもなることを考えると相当の混乱も予想されますね。

野村:懸念されるのはやはり交通機関です。競技の開始・終了時間とラッシュアワーが重なれば大混雑は必至です。大手企業などでは五輪期間中のテレワークや在宅勤務を推奨しているところもありますが、どれだけ広がるかは不透明です。他の対策としては、競技会場からの観客誘導の「時差対策」です。競技が終了してもさまざまなイベントを企画して、会場に留まる人を増やすことも必要でしょう。

ボランティアに先入観は禁物

ラグビーW杯では1万5000人のボランティアの活躍が大会運営を支えました。東京五輪・パラリンピックで更に多くのボランティアが登録されています。外国人と接するボランティアにとって注意すべきことを教えてください。

野村:東京五輪・パラリンピック関連のボランティアは12万人と言われています。外国人と触れ合うボランティアに一番大事なのは、「この国の人はこうだ」といった先入観を持たないことです。そのうえで各国の文化や宗教を尊重しなければいけません。戒律で許された食材しか食べられないイスラム教徒やユダヤ教徒もいます。ニューヨークのホテル勤務時代に経験したのですが、厳格なユダヤ教徒は安息日には労働ができず、電灯やエレベーターのスイッチすら押せないので、手助けが必要です。と言っても食事のことをあまり気にしないイスラム教徒やユダヤ教徒もいますから、個人ごとに対応が異なるということです。また、ボランティアはできないことは「できません」とはっきり伝えることも大事です。五輪でも人との触れ合いが外国人の日本の印象に影響するので、おもてなしの最前線のボランティアは大きな役割を担うことになります。

急務のオーバーツーリズム対策 世界ブランド活用で分散化も

五輪観戦が目的でも多くの外国人は京都・奈良・大阪に足を延ばします。既に京都ではオーバーツーリズム(観光公害)が指摘されていますが、その対策を教えてください。

野村:大きく分けると総量規制と分散化の2つです。京都市は世界の旅行市場に影響力を持つ米国の旅行雑誌「トラベル・アンド・レジャー」で8年連続ベスト10入りするなど世界ブランドで、すでに外国人観光客があふれ、市民の日常生活に支障をきたすことも起きています。2018年の外国人宿泊者は約450万人で前年から約28%も増えています。総量規制としては、観光バスの乗り入れ規制、一部地域への立ち入り禁止、神社仏閣の拝観料値上げ、などが考えられます。しかし、京都市は駅利用が便利で観光バスを規制してもどこまで有効か疑問ですし、公共の場所への立ち入り禁止は困難です。そうなると分散化が必要です。京都府が進めている観光プロモーション「もうひとつの京都、行こう。」の取り組みが参考になります。京都市以外の京都府内の外国人宿泊者数は約9万1000人(2018年)で京都市との落差が明白です。そこで京都市以外の地域を「お茶の京都」(府南部)、「森の京都」(府中部)、「海の京都」(府北部)と名付けて京都ブランドを前面に出して観光客を呼び込もうという狙いです。これは結果的に分散化対策としても使えます。認知されたブランドの活用は、同じようにオーバーツーリズムに悩むオランダのアムステルダム市も使う対策です。30kmも離れたビーチを「アムステルダム・ビーチ」と改名し市内パスを使えるようにして、観光客を誘導しています。

中世の街並みを残すスペインのある町は、観光バスの駐車場を市街地から徒歩15分もかかるところに移動させ、観光客の総量規制に乗り出しています。その代わり重点をサイクリスト(自転車愛好者)誘致に切り替えました。サイクリストは地域に長期滞在し、1つの場所に滞留もしません。経済効果と住民負担のバランスが大切です。日本のインバウンド対策も数ばかりを追うのをやめて、量から質への転換を進める時期に来ています。

外国人で混雑する清水寺周辺

東京五輪 x 「Team常翔」