File No.28

梶井 里恵客員講師

広島国際大学 医療栄養学部 医療栄養学科

アスリートを食で支え結果を求められる スポーツ栄養士の仕事

FLOW No.86

梶井 里恵
Profile
かじい・りえ 2007年川崎医療福祉大学医療技術学部臨床栄養学科卒。2009年同大学院医療技術学研究科臨床栄養学専攻修士課程修了。2009年~2014年同大助教。2015 年「ごはんと運動ラボ」を立ち上げてスポーツ栄養学の啓発活動に従事。2019年8月から現職。川崎医療短期大学非常勤講師。川崎医療福祉大学非常勤講師。岡山県倉敷市のジュニア指定選手スポーツ医・科学支援事業の栄養部門担当スタッフ。 公認スポーツ栄養士。岡山県出身。

昔から大事な試合の前の「カツ丼」など食事でゲンを担ぐことはあらゆるスポーツでありました。しかし、近年選手らが何を食べるかは、栄養学という科学の目で見られるようになっています。オリンピック代表選手らトップアスリートが普段何を食べているのかということにも関心が高まっています。「アスリート飯」「勝ち飯」という言葉も定着し、インスタグラムでメニューが紹介されたりします。トレーニングとともに栄養管理も選手らのパフォーマンスに大きな影響を与えるからです。それとともに管理栄養士・栄養士の役割が大いに注目され、2008年からは日本栄養士会と日本スポーツ協会の共同認定による「公認スポーツ栄養士」の資格制度がスタートしました。スポーツ栄養士としてさまざまなアスリートの栄養サポートに従事し、9月からは広島国際大医療栄養学科でスポーツ栄養学の授業を担当している梶井里恵客員講師に、スポーツ栄養士の仕事の面白さや難しさについて聞きました。

国立スポーツ科学センターの効果

なぜ「アスリート飯」が近年注目されるようになったのですか?

梶井:2001年に発足した国立スポーツ科学センター(JISS)の影響が大きいです。日本のスポーツの国際競技力向上を目指してできた機関で、オリンピック選手の栄養サポートも担います。そのサポートで結果を出せた多くのトップ選手らが、ブログやインスタグラムなどさまざまなところでその効果を発信するようになって、それをメディアも取り上げ一気に注目されるようになりました。そのおかげでスポーツ栄養士の存在も一般に知られるようになりました。子供がスポーツをしている多くのお母さんたちは、どうやったら子供たちが大きく、強くなれるか情報源を求めています。サッカーや野球のトップ選手のアスリート飯を参考にするようになっています。

管理栄養士とスポーツ栄養士の仕事の大きな違いを教えてください。

梶井:スポーツ栄養士は管理栄養士の資格がないとなれませんから、プラスアルファの資格です。もちろん仕事の中身は重なる部分も多いですが、大まかに言うと、管理栄養士の仕事は病気の予防や病気からの回復に重点がありますが、スポーツ栄養士の仕事は、スポーツ選手だけでなく人々をより健康に、元気にする仕事だと言えます。

図1=食事の役割

栄養のバランスの良さが大事

スポーツのパフォーマンスと栄養の関係の具体例を教えてください。

梶井:どんなスポーツ競技でも共通して大切なことは、栄養のバランスが良い食事をすることです=図1。主食(エネルギー源)、主菜(体をつくる)、副菜(体の調子を整える)など、それぞれ体の中に入ってからの働きが違います。一般の人と違い、アスリートなら果物や乳製品も毎食摂った方がいいです。体を動かすエネルギー源は糖質で主食から得られますが、糖質をエネルギーに変えるのに他のビタミンなどの栄養素がかかわっています。つまり栄養素もチームプレイなのでバランスが大事なのです。

そのうえで競技ごとや選手ごとに重視される栄養素が異なるのはもちろんです。私は大学の陸上部の栄養指導をしていますが、長距離選手と短距離選手では求められる体格が違います。マラソンなどでは長時間の体重移動が激しく、体重は軽い方が有利です。エネルギー消費量が多いため、糖質を供給するごはんなどの主食が大事です。一方、短距離選手はしっかりした筋肉が求められますから、筋肉をつくるたんぱく質が摂れる肉や魚、卵、大豆などの主菜が大事です。

図2=たんぱく質の必要量

朝食を摂っていなかった選手

アスリートをサポートする際に具体的にどんなことから始めるのですか?

梶井:まずその選手や指導者から練習内容を聞き、実際にそれを見に行きます。それによってエネルギーの消費量を把握します。体重や筋肉量の測定、更に食事調査で摂取している量を把握します。また、選手の目標をどこに置くのかも明確にしなければいけません。例えば、柔道の同じ階級でも体重を増やしたい選手もいれば、減らしたい選手もいます。当然指導内容は変わります。同じ減量するにしても、食事量自体を減らす必要がある場合もあるし、量は減らす必要はないが脂肪の量を減らすだけでいい場合もあります。そのため選手と のコミュニケーションがとても大事です。

サポートされた経験の中で、「こんなに効果があるのか」と驚いた例を教えてください。

梶井:高校生の競泳選手をサポートしたことがあるのですが、指導者が「大会の数日間でいつも体重が3、4キロ落ちて、決勝のころにいい結果が出る」と話していました。トップ選手は、大会期間中にいかに体重を落とさず、体力を維持して決勝に進むかを工夫し、頻繁に補食も取ります。それと比べて何か変だなと思い、本人によく聞くと朝食を食べていないことが分かりました。朝食を取るように指導したら、素直に実行してくれて、次の大会では大会期間中に体重を落とさず自己ベストを出すまでになりました。指導者はよく体重を落とすように選手に指導しますが、単純に減量できただけではダメな場合も多く、スポーツ栄養士がサポートする必要があるのです。

選手とのコミュニケーションで気を付けていることはどんなことですか。

梶井:やる気を引き出す工夫ですね。「絶対にこれをやりなさい」という指導ではなく、選手が自分で決められるように選択肢をできるだけたくさん提示します。自分で決めたことなら選手も取り組みやすくなります。もちろんその選手の性格や個性を見て、対応を工夫する必要もあります。きつく言ってもいい選手もいれば、メンタルが弱い選手もいますから、指導者らとの情報交換や連携も大事です。

女子選手の減量という難問

アスリートから受けた相談で一番多いものや難しかったものを教えてください。

梶井:女子選手から減量したいという相談が多いですが、エネルギー不足という大きな問題があります。運動によるエネルギー消費量が食事によるエネルギー摂取量を上回った状態がエネルギー不足の状態ですが、それが続くと無月経や骨粗しょう症などの問題も起きます。貧血や疲労骨折にもつながります。痩せようとして食べる量を減らしてエネルギー不足になる過程で、逆に痩せにくい体質になる女子選手がほとんどなのです。体が欲しているのにそれが入ってこないので、体は脂肪をため込もうとし痩せにくくなるのです。そうなると少し食べても体重が増えます。指導者は「一刻も早く痩せろ」と言うのですが、十分なエネルギーを摂り、痩せにくい体質を改善するまでは危険なのです。

サポートした女子レスリングの選手ですが、大学から競技を始めてなかなか勝てませんでした。レスリングは体重階級制なので年に何度も減量するうちにエネルギー不足になっていると判断し、食べる量を増やしました。その結果、「スタミナ切れがなくなり、4年生で初めて1勝できました」と報告を受けた時は本当にうれしかったです。

また、逆に「体重を増量させたい」と指導者からの要望があったのですが、トレーニングのメニューは変えないというのです。もし筋肉で選手を増量させたいなら、筋トレも増やさないと食事だけでは増えません。刺激がないと筋肉が増えることはないからです。筋トレを増やさないと体脂肪が増えるだけの増量になります。指導者の理解を得ることもスポーツ栄養士の大事な仕事です。

選手らに栄養指導する梶井講師

将来スポーツ栄養士を目指す学生も増えています。そんな学生たちにアドバイスをお願いします。

梶井:結果が明確に出るシビアな仕事です。選手に提案する選択肢を増やすために、知識やスキルを増やすことを心掛けることが大事です。また、自分自身の食事を改善し、食習慣を良くすることも考 えてください。自分でスポーツを経験することも役に立つと思います。

東京五輪 x 「Team常翔」