佐藤 大作 准教授

摂南大学 理工学部 都市環境工学科

河川氾濫が日常の時代 
防護、順応、撤退という適応策の選択の難しさ

FLOW No.90

佐藤 大作
Profile
さとう・だいさく 2004年茨城大学工学部都市システム工学科卒。2006年同大学院理工学研究科都市システム工学専攻博士前期課程修了。2009年同情報・システム科学専攻博士後期課程修了。東京電機大学理工学部理工学科建築・都市環境学系助教を経て、2019年より現職。博士(工学)。千葉県出身。

情報の信頼性に注意し、避難判断のハードルを下げる必要も

新型コロナウイルスのパンデミックの中で、日本列島は今年も大きな豪雨災害に見舞われ、熊本県の球磨川、山形県の最上川などが相次いで氾濫し大きな被害をもたらしました。摂南大都市環境工学科の佐藤大作准教授は、沿岸域やダム貯水池などの水にかかわる領域に生じるさまざまな問題を扱う環境水理学・海岸工学の専門家。南太平洋のツバルなどの島国の海面上昇問題や沿岸域の汚染問題なども研究しています。日本では、以前とはけた違いの降水レベルによる河川氾濫、土砂災害、巨大台風による高潮被害などが日常になり、地球温暖化の影響によるものではないかと危惧されています。その対応策や、こうした新たな日常に我々はどう備える必要があるのかなどについて佐藤准教授に聞きました。

2020年7月4日、球磨川が氾濫し水に浸かった熊本県人吉市=毎日新聞社提供

地球温暖化で極端化、巨大化する降雨や台風

水理学というのは、流体力学の中でも水に特化してその物理的な挙動を理解する学問です。私が研究する環境水理学は、特に自然現象としての水の動きを対象にします。例えば、川の河口近くでは淡水と海水がぶつかりますが、密度が異なるため混ざり合うことなく淡水の下を海水が流れる密度流が生まれます。また、池やダムなどに汚濁物質が広がった場合の広がり方の研究もしています。海岸工学は歴史的には米国で軍が海岸で上陸作戦をするために始まった研究が大きく発展しました。海に囲まれた日本では研究者も多く、港湾整備事業などで活用され、海岸侵食も大きなテーマになっています。地球温暖化の日本への影響評価をする今年度からの環境省の研究プロジェクトのメンバーとして、全国の河川氾濫や海面上昇による損失のシミュレーションや損失を抑えるための適応策の検討にも取り組んでいます。

さて今年も熊本県の球磨川や山形県の最上川などの氾濫がありました。近年こうした河川氾濫が目立ちますが、大雨の回数自体が極端に増えたわけではありません。緩やかに増えてはいますが、むしろ極端な豪雨や強大化した台風が増えた影響が大きいのです。これらは地球温暖化の影響が1つの原因と考えられます。地球温暖化で海水の蒸発が活発になり、雨のもととなる大気中の水蒸気が増えると、豪雨をもたらす雲や台風が発達しやすい大気条件になります。被害のデータも私たちの実感を裏付けています。毎年の水害被害額の推移を見ると、2017年に5000億円台だったのが、2018年には1兆4000億円を超え、2019年には一気に2兆円を超えてしまいました。

ちなみに地球温暖化は海面上昇の原因にもなります。海面上昇は温暖化で海水が熱膨張し体積が増えることが主な原因で、南極大陸の氷や世界各地の陸上の氷が溶けることも原因です( 北極の氷はもともと海に浮かんでいて溶けても海面上昇には関係ありません)。地球温暖化は50年~100年の長期スパンの変化です。それだけに年々緩やかに変化し気付きにくいという問題があり、気付いた時は手遅れになりかねないのです。

河川改修には技術以上の難問も

河川氾濫は豪雨による流入流量が川の許容設計流量を上回り、堤防からの越水や堤防決壊が起こることで発生します。河川堤防は過去の最大降雨や確率的に求めた降雨強度などから設計することが一般的です。分かりやすく言うと、「100年に1度の大雨による洪水に耐える」などの基準で作られます。現在、淀川では「1000年に1度の大雨」に対して洪水氾濫の想定がなされています。当然、地球温暖化で降雨量が変われば、設計基準の見直し、堤防補強や河川改修が必要になります。この他にハード面の対策では、治水ダムの検討や流域家屋のかさ上げなどもあります。

堤防を高く、強くしたり、河川を浚渫したりすることで許容設計流量を増やす土木技術自体に問題はありません。技術以上に問題なのは、すべての河川の改修を実施することが時間的にも予算的にも不可能な中で、いつ、どこで次の氾濫が起きるかを予測することが難しいことです。更に地域住民の合意形成という壁もあります。「いつ起きるか分からない河川氾濫のための堤防改修より市民ホールを作って」といった声が出ることは珍しくありません。

どこまで守るか

国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が5、6年ごとに出す報告書で、海面上昇の適応策を、①防護、②順応、③撤退に3分類していますが、河川氾濫の適応策にも当てはまります。①の防護とは、堤防改修や河川の浚渫などで被害を防ぎ、何があっても人命と資産を守ることです。インド洋のモリディブのマレ島が日本のODAによりコンクリートの防波堤で島を囲み、20万人以上もの犠牲者を出した2004年のインド洋大津波でも死者が1人も出なかった例が挙げられます。②の順応とは、ある程度の被害は許容するが人命は守ること。具体的には建物を高くし、避難タワーを作ることなどです。東南アジアの高床式住居などもこれに当たります。③の撤退は、その土地をあきらめて移住することです。私が研究する南太平洋上のツバルでも一部の住民が既にニュージーランドに移住しました。東日本大震災後の復興でも他地域や高台へ移住する選択をした地域があります。

これらの適応策のどれを選択するかも大きな難問です。基本的にどこに住むかは人の自由ですし、将来予測の不確実性もあって悩ましい選択なのです。

氾濫に備えるために

国や自治体の対策とは別に、河川氾濫に備えて一般市民が心掛けることで大事なことは、正しい情報を得られる手段を確保し、信頼できるメディアやウェブサイトなどを知っておくことです。ツイッターやラインで広まる情報をそのまま鵜呑みにしないで、自分でその情報の裏を取ることが必要です。避難の判断材料を間違えたら重大な結果につながります。更に自戒を込めてですが、避難判断のハードルを下げる必要もあります。ほんの短い時間の躊躇が後悔に変わる可能性があることを肝に銘じましょう。


■「 沈む危機」ツバルのリアル ■
海面上昇より深刻な環境汚染

温暖化による海面上昇で「沈みゆく島国」と注目を集める南太平洋のツバルは私の主要な研究フィールドで、フィールドワークで毎年のように訪れてきました。 1万人弱の国民が環礁やサンゴ礁の9つの島に暮らします。確かに地球の海面が50年で80㎝以上上昇すると予想されていますが、現地の人で危機感を口にする人はあまりいません。外交戦略として危機をアピールして国際的援助を取り込もうという側面も少なからず見え隠れします。現実には人口密集による環境汚染と持続的な淡水資源の確保といったローカルな問題も危機的なのです。2007年に初めて訪れた時には豊かなサンゴ礁で海の中を歩くのにも苦労したのに、最近では汚染の影響かサンゴが消えています。ごみ処理施設や下水処理施設がなく、海の汚染が進んでいるのです。生活用水は比重の差によって地下にたまる淡水層「ウォーターレンズ」を使っていましたが、海面上昇の影響で塩水が混ざり使えなくなっています。今はタンクに雨水を貯めるしかないのです。

実はサンゴでできた島ですから、海面上昇してもそれに呼応してサンゴが成長していけばそれほど大きな影響がでないことも考えられます。ただし環境汚染でサンゴの成長が海面上昇のスピードに追い付けなければ危機的状況に陥ります。今、島がどのような状態であるのか情報を蓄積する必要がありますが、私は現在、ドローンによる航空写真と機械学習を用いた海岸の効率的なモニタリング手法の開発にも取り組んでいます。

ツバルで海面上昇の測量をする佐藤准教授(手前)

ニューウェーブ