岸田 未来 准教授

摂南大学 経済学部 経済学科

日本の家電業界の苦境を読み解く

FLOW No.70

岸田 未来
Profile
きしだ・みき 1995年同志社大学社会学部社会学科卒。2005年京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。2006年から1年間スウェーデンのリンシェーピング大学客員研究員。鹿児島県立短期大学商経学科准教授などを経て、2010年から現職。経済学博士。大阪府出身。

世界市場や消費者の変化を見誤った

100年の歴史を持つ家電大手のシャープが外資の台湾企業の鴻海精密工業(ホンハイ)に身売り、というニュースはメディアで大きく報じられました。これだけでなく東芝が白物家電の子会社を中国企業の美的集団(ミデア・グループ)に、パナソニックも旧三洋電機の冷蔵庫部門を中国のハイアールに売却するなど、日本の家電業界が苦境から抜け出せず、中国・台湾マネーに救いを求める動きが続いています。かつては「メイド・イン・ジャパン」の先頭を走っていた業界に何が起きたのか。スウェーデン企業について詳しく、企業経営の国際比較を研究する摂南大経済学科の岸田未来准教授に聞きました。

足を引っ張ったテレビ事業

シャープ、ソニー、東芝、パナソニック、日立製作所、三菱電機など電機大手の経営悪化が表面化したのは2011年から13年にかけてでした。各社が次々に過去最悪の赤字を記録しました。

その中で、家電の比重が大きいシャープ、ソニー、パナソニックの3社のダメージが特に大きかったのです。シャープは今年4月、ホンハイが3888億円で買収することが決まりました。パナソニックは大規模なリストラ後、ようやく回復基調というところですし、ソニーも今後の方向性がはっきりしません。これとは別に東芝は不正会計という別の大問題も起きて経営再建中です。

こうした現状を生み出した主因はテレビ事業の赤字でした。テレビへの依存度の大きかった家電メーカー3社と、家電だけでない総合電機メーカーとで、ダメージに大きな格差が出ました。総合電機メーカーはテレビを見切ってもうかる別の事業にシフトできたのです。かつては自動車と並んで世界的シェアを誇ったテレビの赤字が、日本の家電メーカーの凋落をもたらし、韓国や中国のメーカーに遅れをとる決定的なポイントでした。

国内のテレビ需要のピークは2010年で、その後数年で需要は半減しました。要因としては、▽2008年のリーマンショックの影響▽2011年の東日本大震災による買い控え▽エコポイント制度の終了▽アナログ放送からデジタル放送への切り替えに伴う需要の先食いの消滅などで、一気に市場が縮小したのです。

一方、世界市場ではその前から日本製品は売れなくなっていました。韓国製品やアメリカのプライベートブランドなど安い製品に押され、既に競争力を失っていたのです。国内市場では高品質の製品が売れたので、「世界でもいいものは売れる」という経営判断から、シャープの亀山工場や堺工場に象徴される液晶パネルへの大規模投資を続けました。世界のトレンドとは異質だったのに「ブランド力で大丈夫」と錯覚したのです。リーマンショック後は、市場では40型薄型テレビが3年くらいで価格が3分の1になり、在庫を増やしたくないことから投げ売りし、それが更なる低価格競争を生み出しました。こうして膨らんだテレビ事業の赤字が経営全体の悪化を招いたのです。

部品の汎用品化が生んだ低価格競争

低価格競争の背景にあるのが製造技術の変化です。デジタル化で電子部品のコモディティ(汎用品)化とモジュール(部品集約)化が進み、世界のどこでも簡単に低コストでテレビを組み立てられるようになりました。工程が標準化されて高度なアナログ技術がいらなくなったのです。この変化を受けて、韓国のサムスンなどは部品を大量に生産し、自社だけでなく他の企業にも安く供給しました。対照的に日本企業は自社だけですべてを賄う「垂直統合方式」という昔からの自前主義にこだわりました。世界各地で安く大量に部品を作り、それを集めて組み立てる「水平分業」という世界の主流に乗り遅れたのです。ホンハイなどEMS(受託生産)専門の会社も力を付けていきました。コスト競争で太刀打ちできるわけがありませんでした。

昔の成功体験を捨てられなかった日本企業は、世界の消費者の変化も見誤りました。世界で中間層人口が拡大していますが、まだ日本の中間層ほどの所得レベルではありません。特にアジアの中間層は手ごろな値段で買える製品を求めています。高品質を好む日本の消費者と違って「ある程度使えれば安い方がいい」というのが世界の消費者です。日本企業はテレビを薄型にするのにミリ単位でこだわったり、究極の高画質を追求したりしたのですが、世界の消費者の圧倒的多数は「テレビにそこまで必要ない」とついてこなかったのです。アメリカでは今やテレビは雑貨のような扱いで、大きな買い物ではなくなっています。かつては持っていた「安く大量に」というノウハウを日本企業はいつのまにかなくしていったのです。家電自体もスマート化、インテリジェント化で変化しています。新興国市場が何を求めているか、徹底的にマーケティングしフレキシブルに商品企画したのが韓国のサムスンなどです。日本の家電業界はこうした経済のグローバル化に対応できなかったということです。

下請けを直撃 集積が崩れ技術の歯抜けも

2013年から14年ころ東大阪市と大阪市の家電下請けの中小企業から聞き取り調査をしたことがありますが、家電大手の経営悪化の影響をストレートに受けていました。

東大阪の東芝の元2次下請けは、冷蔵庫などに使われる部品を作る金属プレス加工の会社ですが、2007年がピークだった売り上げが7割まで減っている状態でした。かつては「東芝の専属で」と言われていたのに「仕事はどこからでも取ってください」と言われるまでに変わっていました。大阪市内でパナソニックのテレビのチューナー生産をメーンにしていた会社は、家電の仕事がなくなったため、現在では自動車部品の加工に移らざるを得なくなっています。こうした企業はまだ仕事を見つけて頑張っていますが、例えばシャープの下請けは1次、2次を含め2014年時点で全国に約11000社ありましたが、2年前と比べて約800社も減っています。業績も半分近くの会社が減収と答えています。

個々の中小企業の苦境の問題だけでなく、中小企業の集積がここ20年ほどで縮小しているという問題があります。大企業の生産の海外移転や後継者難などで廃業する中小企業が増えています。地域の中小企業全体で何でもそろっていた技術力が、そうした廃業で「歯抜け」状態となる可能性が高まっています。そうなると集積のメリットが小さくなってしまいます。日本の競争力の基礎とも言われたものづくりの基盤が侵食されているのです。

最初から海外志向のスウェーデン企業

私の研究テーマのスウェーデン企業の場合、もともとグローバルな競争に敏感です。人口960万人と国内市場が小さいため、始めから海外市場を視野に入れているからです。経営者が競争分野を見極めることにも柔軟で、駄目だと判断したら比較的早く見切ります。そのような事業再編が容易にできるのは、労働組合の組織率が高いためにリストラの交渉が行いやすく、同時に失業対策を含む社会福祉制度が充実しているという背景があります。派遣労働者は登録派遣でなく常用派遣しか認められていないので、仕事のない間でも給料の約8割は補償されています。またボルボなど有名企業が海外に身売りしたりすることにもそれほど国民的な抵抗がありません。あのIKEAは戦後に雑貨の店が家具販売に特化し、東欧などの人件費の安い国で製造する製造小売り(SPA)として成長しました。スウェーデンのイメージが強いですが、今は本社がオランダですし、工場はスウェーデンにはほとんどありません。最初から国際企業なのです。

学生たちとフィールドワークで訪問したIKEA鶴浜で

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