File No.27

福島 徹 教授

摂南大学 理工学部 都市環境工学科

近代化の経済優先で立ち遅れた日本の無電柱化
東京五輪は推進加速の好機

FLOW No.85

福島 徹
Profile
ふくしま・とおる  1975年神戸大学工学部土木工学科卒。1977年同大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了。同大助手、講師などを経て1991年同大総合情報処理センター助教授。1998年姫路工業大学(2004年から兵庫県立大学)環境人間学部教授。2017年から現職。2018年から摂南大学図書館長も兼務。姫路市都市計画審議会会長(2002年~18年)。尼崎市都市計画審議会会長(2008年~15年)。神戸市建設事業外部評価委員会会長(2013年~)。芦屋市無電柱化推進計画策定委員会委員長(2017年~18年)。学術博士神戸大学。岡山県出身。

2016年に成立した無電柱化推進法に基づき国土交通省は昨年4月、全国約1400kmの道路の「無電柱化推進計画」(2018~ 20年度)を発表し、優先的に取り組む道路として東京オリンピック・パラリンピック会場周辺などを挙げました。日本では街中の電柱は当たり前の風景でしたが、世界の都市ではむしろ「電線は地中」が当たり前です。都市景観の向上だけでなく、災害時の障害除去とい う意味でも我が国の大きな課題です。無電柱化の先進自治体である兵庫県芦屋市の無電柱化推進計画策定委員会の委員長を務めた摂南大都市環境工学科の福島徹教授は都市計画や街づくりの専門家です。福島教授に無電柱化の意義や課題などを聞きました。

日本で無電柱化の動きはいつごろから始まったのですか?

福島:明治維新以来、近代化を急いだ日本は時間とコストのかかる電線の地中化より電柱と架線の方式を優先、無電柱化は広がりませんでした。その結果、電柱が並び、架線が空を覆う風景が日本人には見慣れたものになってしまい、違和感を覚えなくなったのです。電柱は現在、全国に約3600万本あります。ようやく無電柱化推進に動き始めたのは、1986年に国が無電柱化の第1期計画を策定したころからでした。

海外の都市では電柱と架線という風景は珍しいのですか?

福島:世界主要都市の比較=グラフ=では、日本が極端に遅れていることが分かります。これには歴史的な経緯があります。ヨーロッパの例えば英国では、産業革命後に都市化が進む中、街灯を整備し始めましたが、当初、電灯とガス灯が併存し競っていました。ガスは当然地中を通るので、同じ競争環境で電線も地中化したのです。そのため初めから「電線は地中に」だったのです。さらに、欧米には公共空間のアメニティー(快適性)を重視する価値観があったことも背景にあります。これに対し日本では、「西欧列強に追いつけ」の時代で、経済の効率性を重視し、少しでも早く安く電気の需要に応えようとしたため、電線が張り巡らされることになりました。

電柱方式はそんなに安くて早いのですか?

福島:コストでは電柱方式の方が地中化より10分の1から20分の1とされています。スピードも比べ物にならないほど早いです。

それでは無電柱化のメリットを教えてください。

福島:①良好な景観形成、②安全と快適性、③防災、の3点です。景観形成については、明治期から戦後の高度成長期までは経済優先で、都市の景観に目を向ける余裕はありませんでしたが、1980年代になり豊かになるにつれて、地方から「歴史的街並みをはじめ景観を大切にする」という価値観が評価されるようになり、京都市、金沢市、神戸市などが景観条例を制定しました。国による無電柱化は架線設備輻輳化の解消を主目的に始まりますが、こうした流れも受けて第1期から第2期へと計画が進められました。2つ目は歩道の通行の障害を取り除き、子供や車いすの高齢者、障害者が歩きやすくするということです。3つ目の防災は、台風や地震、竜巻、豪雪など災害時の電柱倒壊による道路の寸断や停電をなくし、速やかな復旧作業ができるようになります。

弱者に優しい街づくりをアピール

昨年の国土交通省「無電柱化推進計画」では、東京オリンピック・パラリンピック周辺を無電柱化の優先道路と指定しています。

福島:無電柱化推進計画では「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会が開催され、わが国の風景や街並みの映像が世界に発信される機会が増加することが見込まれることから、センター・コア・エリア内の道路の無電柱化を推進する」とあり、選手村や競技会場周辺の幹線道路の無電柱化率を100%にする目標を掲げました。電柱と架線に遮られない東京スカイツリーや富士山などの景色を世界に見せるという狙いです。無電柱化すれば景観ががらりと改善するということです。

さらに近年ますます注目度の高まっているパラリンピックにも合わせて、障害者ら弱者に優しい街づくりをアピールすることにもなります。バリアフリーやユニバーサルデザインといった考え方は、1964年の前回の東京オリンピックの時代にはなかったものです。

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無電柱化のイベントで話す福島教授(中央)

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無電柱化で開発された芦屋市高浜町の街並み=いずれも芦屋市提供

コスト、地上機器などの課題

無電柱化を推進するうえでの課題は何ですか?

福島:電力線と通信線を地中化するのですが、その手法としては、歩道幅の広いところでは地下のコンクリート製ボックスにまとめて収納するキャブシステム、歩道幅が狭くなるにつれてコンパクト化して電力管と通信管の中にケーブルを敷設する電線共同溝方式、海外では古くから実施されているケーブルを直接埋設する方式、があります。課題の一番はやはり建設コストです。そのためコンパクト化を促進したり、より浅い所に埋めるなどの低コスト化の技術開発が進められています。さらに工事の長期化、地上機器であるトランス(変圧器)の設置スペースの確保、なども課題です。トランスの設置には地元の協力も不可欠で、民有地に設置する必要もでてきます。伝統的な街並みでは、看板や植栽などで目隠しをしてトランスを目立たなくする工夫で景観を守らなくてはいけません。

日本初の無電柱化は六麓荘

先生が無電柱化推進計画策定委員会の委員長を務めた芦屋市は、日本の無電柱化のトップランナーですね。

福島:先頭を走っていますが、それでも無電柱化率は14~15%です。実は日本で最初に無電柱化を実現したのは1928年に開発された芦屋市の高級邸宅街・六麓荘でした。それが良質な住空間という市のイメージにつながった歴史もあり、無電柱化という街並みづくりに力を入れてきたのです。「住みたい街」としての魅力を高めて、人を集める市の生き残り戦略として景観形成基本計画(1996年)が作られ、屋外広告を厳しく規制する条例も実現し(2015年)、その仕上げと言えるのが無電柱化です。「広い空ひろがる未来へ」というキャッチフレーズで市民の啓蒙も進めています。

オリンピックとパラリンピックは、無電柱化を含め新たな街づくりには大きなチャンスですね。

福島:高速道路や新幹線など都市インフラの整備が最優先だった前回大会から半世紀以上を経て、日本の街づくりや都市計画のコンセプト自体が大きく変わっています。バリアフリーなどの人への優しさや良好な景観が「街の仕掛け」として見直され、都市計画の重要な要素になっています。新たなインフラ整備より、既存のものをいかにうまく利用するかということも求められていますが、背景には現在の都市計画で一番の問題の人口減少があります。高度成長期には人口が増えることを前提とした計画ばかりでした。しかし、それでできた都市インフラを維持管理することがだんだん難しくなっています。いずれにしてもオリンピックなどの国際的ビッグイベントは、都市空間のアメニティーを高め、都市整備の次のステップへの実験的アプローチの大きなきっかけになるのです。

東京五輪 x 「Team常翔」