宇都宮 定さん

象印マホービン 第一事業部長

科学の目でおいしいごはん追求 炊飯ジャー開発一筋に31年

Graduate Voice 活躍する卒業生

FLOW No.108

Profile
うつのみや・さだむ  1993年大阪工業大学工学部電子工学科(現:電子情報システム工学科)卒。同年象印マホービンに技術職として入社し、電子チームやフローチームを歴任したが担当は炊飯ジャー開発一筋。2018年第一事業部副部長。2022年から現職。大阪府出身。

炊飯ジャーで国内トップシェアの象印マホービン(大阪市北区)で、その看板商品の開発を担う第一事業部を束ねる宇都宮定さんは大阪工大の卒業生です。同社入社以来31年間、「おいしいごはん」を追求して炊飯ジャーの開発一筋に歩んできました。








化学を一から勉強し直し研鑽



宇都宮さんは、昼は建築設計会社で働きながら大阪工大の第Ⅱ部(夜間部、2000 年に廃止)で電子工学を学びました。「働いた後に夜でも淀川周辺をランニングした体育の授業が印象深いです。電磁気学などの勉強は大変でしたが、4年になって研究室でのソフトのプログラムに関する研究は楽しかったですね」と振り返ります。

テレビでなじみのあった象印に「マイコン炊飯ジャーの開発をしたい」と志望し、すぐに内定を得ました。当時はマイコン炊飯ジャー全盛時代で、現在主流のIH炊飯ジャーが出たばかりでした=*注
大阪工大で学んだプログラム技術で「さまざまなごはんが炊ける炊飯ジャーの開発を」と意気込んでいた宇都宮さんでしたが、<はじめちょろちょろ中ぱっぱ…>という昔ながらの歌も知らずに先輩から教えられるほどで、そもそも「おいしいごはん」が何かも考えたことがなかったことに気づきました。「何よりおいしいごはんの追求には電子工学にも増して苦手だった化学の知識が不可欠だと思い知らされました」。でんぷんのアルファ化など化学現象を理解するために化学を一から勉強し直しました。
*注=マイコンタイプはヒーターで内釜を加熱するが、IHタイプはコイルによる電磁誘導で内釜自体が電気抵抗により発熱する。





食味の定量化で科学的開発の足場



宇都宮さんが開発担当として最初に取り組んだ課題は、「おいしいごはん」の決め手となる食味の定量化でした。それまでの開発は熟練した開発者の経験や勘に頼っていて、「おいしさ」の客観的データの蓄積がなかったのです。ごはんの味は「物理的な味(硬さや軟らかさ)が7割、化学的な味(でんぷんや糖)が2割、外観・においが1割」と分析されています。宇都宮さんはごはんのおいしさに関する研究の第一人者だった東京農業大の高野克己教授(後に学長、現在は名誉教授)の教えを請うために東京の研究室に通い、学会の論文も読みあさりました。データを取るための測定器も工夫し、4年ほどでようやく定量化を実現し、科学的な開発の足場を築いたのです。





仕事観を変えたプロジェクト



高級IH炊飯ジャー開発は宇都宮さんの仕事観を変えた大きなプロジェクトでした。2006年に他社が10万円台の高級IH炊飯ジャーを売り出し、ヒット。時代のニーズが量より質に変化していたのです。すぐに象印が対抗して出した製品は売れませんでした。そこで2009年に全社的なプロジェクトが立ち上がり、宇都宮さんも手を挙げました。「技術者だけではない部署横断型チームで、それまでの考え方を白紙にしてゼロからシンプルに〝おいしいごはん〞を追求しました」

メンバー14人は各地の「ごはんがおいしい」と評判の店を食べ歩きました。そして40歳だった宇都宮さんがたどり着いたのが大阪・堺の定食屋「銀シャリ屋 げこ亭」でした。「飯炊き仙人」と呼ばれて一見気難しそうな店主の故・村嶋孟さんと「ごはん談義」で意気投合した宇都宮さんは、炊飯中の釜の温度計測などを許されたのです。そのデータ解析から生まれたのが、ごはんの炊きムラを改善するために内釜をげこ亭の釜のように広く浅い形にし、昔の羽釜のように釜の周りにつばを付けるなどのアイデア。試行錯誤を重ねて2010年9月に発売された「極め羽釜」シリーズはおいしさが評判となり7年間にわたりヒットしました。「村嶋さんから『うまい!』のお墨付きをもらったのが何よりうれしかったです」と振り返ります。



おいしいごはんの追求これからも



現在人気の「炎舞炊き」シリーズは宇都宮さんの開発人生における1つの到達点です。浅い内釜では1升(1.8ℓ)炊きのサイズは本体が大きくなりすぎるため発売することができませんでしたが、その課題解決にチャレンジしたのです。ここでもそれまでの考え方を一新。かまど炊きの炎の揺らぎを再現することを目指し、業界初構造の本体底部に1200ワットのIHコイルを3つ(現在は6つ)搭載。3つのコイルを順にオン・オフすることで高火力と、上下ムラをなくす対流を実現しました。「それだけでなく、釜に熱効率の良い鉄を組み込み、高火力につきものの吹きこぼれ対策も施した特許満載の製品です」。おいしいごはんを追い求め、たどりついた自信作です。

究極の炊飯ジャーへの宇都宮さんの追求は、これからも続きます。そんな宇都宮さんだからこそ後輩たちには「継続は力なり」という言葉を贈ります。「私が継続できたのは、興味や好奇心を持ち続けたからです。また仕事は1人ではできないので仲間への感謝を忘れないでください」。31年間の実感がこもります。

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