学園広報誌「FLOW」:東京五輪 x 「Team常翔」

「あきらめない心」「やり抜く力」を育てる

3月21日、大阪・淀川河川公園特設コースにおいて、有森裕子ハート・オブ・ゴールド支援レース「第5回淀川国際ハーフマラソン」が開催されました。学園は、大会コースである淀川流域に大阪工大、摂南大、常翔学園中高が隣接していることから、2011年の第1回大会から特別協賛しています。当日は晴天に恵まれ、約6700人のランナーが集結。常翔学園高、常翔啓光学園高からも約190人の生徒がボランティアとして大会運営に参加しました。
オリンピック女子マラソン2大会メダリストの有森裕子さんに、大会開催の意義や「あきらめない心」について、久禮哲郎理事長が話を伺いました。

PROFILE
認定NPO法人「ハート・オブ・ゴールド」代表理事  有森 裕子  さん

日本体育大学を卒業後、リクルート入社。1992年バルセロナ五輪女子マラソンで銀メダル、1996年アトランタ五輪で銅メダルを獲得し、2007年の東京マラソンでプロマラソンランナーを引退。アトランタ五輪のレース直後に話した「自分で自分を褒めたい」の言葉は感動を呼び、その年の流行語大賞に選ばれた。
1996年にカンボジアで開催された第1回アンコールワット国際ハーフマラソンに参加し、1998年ハート・オブ・ゴールドを設立、代表理事に就任。その他、スペシャルオリンピックス日本理事長、日本プロサッカーリーグ理事などを務める。岡山県出身。

聞き手 : 学校法人常翔学園 理事長 久禮 哲郎

子ども自身が決めたことを応援し、多方向からの視点を示す

久禮
今年で5回目の開催を迎えた「淀川国際ハーフマラソン」は、有森さんが代表を務めるNPO法人ハート・オブ・ゴールドを支援するチャリティーレースです。
大会へはどのような思いをお持ちですか。

有森

「淀川国際ハーフマラソン」は、2011年3月11日の東日本大震災発生後、恐らく国内で最初にスポーツを通して復興支援を掲げた大会です。もともとは3月20日に第1回「カンボジア復興支援」のチャリティーレースの開催を予定していましたが、急きょテーマを「3.11子どもanimoプロジェクト―学校を助けよう!」に変えて開催に踏み切りました。「こんな時に走ってもいいのか」という気持ちとの葛藤の中、「やらないで被災地に良いことがあるのなら開催しないけれど、やって力になれることがあるのなら開催した方がいい」と、運営陣の意見が一致しました。その結果、5000人を超えるランナーが賛同してくださり、自分たちにできる身近な支援として、参加者に配布する記念Tシャツにメッセージを寄せて被災地に届けることもできました。「できる人が できることを できるだけ 続けよう」、これは私のモットーです。一人ひとりできることは違うけれど、毎年この大会を開催し、震災を決して忘れないでいよう。この日が来る度にその思いを再確認しています。

今年も学園から多くの高校生がボランティアスタッフとして参加してくださいました。学ぶという姿勢が私たちの活動の起点。

ボランティアを通して多くの人たちと出会い、「自分にもできることがある」などさまざまな事に気付いて、自分を磨いてほしいと思います。

久禮
近年、「嫌だから辞める」とすぐに物事をあきらめる子どもが増えていると言われています。
有森さんは粘り強い走りでも有名なランナー。どのようにして「あきらめない心」を養われたのでしょうか。
有森

「嫌だったら辞めればいい」という子ども。それは恐らく、大人があきらめているからではないでしょうか。善し悪しは別として、子どもの最初の手本となるのは親。最初にかかわる社会は家庭です。親が「そこそこできればいい」と考えていては、何かにチャレンジし、それを続けることの大切さを示す際の説得力に欠けます。また、大人は子どもが何かを始める際に「好き、嫌い」について言及しがちです。でも、好きだから続く、好きだからできるとは限りません。

最初こうだったから結果はこうなると予測できないのが人間。好きでなくても、やらなければならない理由から始めたことで「あれっ」という気付きがあり、思わぬ結果をもたらすこともあるでしょう。人は物事に取り組む過程でさまざまな経験をし、いくらでも変わることができます。入口の段階で「できる、できない」の可能性を読むほど無駄なことはないのです。

私も最初から走るのが好きだったわけではありません。中学校の運動会でたまたま800m走に空きがあったのでチャレンジしたら1位になれた。人より秀でたものが何もないと思っていた私にとって「頑張ったらできるかもしれない」という発見でした。それで3年間800m走に出場してみたところ、3年とも優勝できた。それまではバスケットボール部に所属していたのですが、「もしかしたら走るという個人競技の方が向いているかもしれない」と思って、高校で陸上競技部に入ることを決めたのです。

そんな時、私の両親はどのような反応をしたか。「自分でそう決めたのならそうしなさい」としか言いませんでした。私が学力上位の高校を受験したいと言った時も同じです。結局、志望校は不合格でしたが、私は落ち込みませんでした。自分でやると決めて、やれるだけのことをやったからです。プロのマラソンランナーになると決めた際も、両親は「自分で決めたことは最後まで頑張りなさい。ただ、どうしても大変になったらここに帰ってきていい。それまでは踏ん張れ」と背中を押してくれました。「信じてくれている」と感じましたね。こうして私は、とことんやって納得することの大切さを、両親からごく自然に教えられてきたように思います。

久禮
自分でやると決めたことを納得するまでやり抜くことが子どもの成長につながり、それを見守ることが親や周囲の大人の役割なのかもしれませんね。
では、子どもがあきらめかけた際にはどのようなサポートをすれば良いとお考えですか。

3月20日に常翔啓光学園中高の保護者などを対象に開かれた講演会

有森

子どもがあきらめてしまうのは、ゴールを勝手に決めているからです。思い通りにならないと感じた瞬間に辞めてしまう。けれど、物事に対して一方向からだけチャレンジし、それが通用しなくて壁にぶつかっているという場合もあります。大人がすべきことは、あきらめる前にいろいろな方向から試してみたか、経験したかを問い、一緒に考え、次はこうしてみたらどうかと、子どもがより興味が持てるよう異なる考え方や方法を提示してあげることです。反対に、してはいけないことは、子どもが失敗しそうだと察して、それは止めてこっちはどうかと、できそうな別のことを差し出すこと。安易にチャレンジする対象物を変えられると、子どもは「自分には何ができて何ができないのか」が分からなくなってしまいます。最終的に望む形にならなくても、それに近いものにするにはどうしたらいいのか。それを身に付けさせることが大切であり、工夫や思考する能力も伸びるはずです。

子どもの「できる、できない」という結果自体は、さほど重要なことではないと思うんです。大人が考えている以上に子どもは自分のことを理解しようとする力が備わっており、最終的なジャッジは本人がします。今、子どもがどうしたいのか、どう考えているのか。子どものスピードに合わせて寄り添い、応援できる立場にいることが大切なのではないでしょうか。難しいことではありますが、一緒に考えてあげられる大人でありたいですね。

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