ロードレースは人生そのもの
自転車競技日本代表としてシドニー五輪へ出場
選手生活から仲間との絆を知る

数10㎞から100㎞単位の公道を走り続ける自転車ロードレースはヨーロッパで人気のスポーツです。阿部良之さんは大阪工大在学中からレースに参戦し、2000年のシドニーオリンピックに出場。
「自然との戦い、自分との戦い、そして仲間との助け合いがロードレースのだいご味」と話す現在も、スポーツ用自転車専門店を経営しながら自転車の魅力を伝えるため、精力的に普及活動を行っています。

PROFILE
元 自転車プロロードレース選手  阿部 良之  さん

1992年大阪工大経営工学科卒。在学中から実業団レースに参戦し始め、卒業後にシマノへ入社。プロデビューを果たす。1997年に全日本選手権と日本人初のジャパンカップ優勝。
2000年シドニーオリンピック日本代表。2010年からビチコルサ・アヴェルのスポーツ用自転車専門店を大阪市内で2店舗経営する。大阪府出身。

独学で始めた自転車競技を極め、日本代表に

高校まではバスケットボール部に所属し、トレーニングの一環として自転車競技を始められたそうですね。

1999年、ツアー・オブ・ジャパン(大阪大会)で力走を見せる阿部氏

阿部

高校2年の時に独学で始めたのですが、競い合うことが好きで、練習や大会は民間クラブの人たちと一緒に走っていました。自転車レースにはタイムと着順を競う「タイムトライアル」と、着順で勝敗が決まる「ロードレース」があり、私がやっていたのは後者です。大阪工大入学後は自転車一本に絞ろうと民間クラブに所属し、実業団レースに参戦するようになりました。大会で遠征する時は大学研究室のメンバーも競技生活を応援してくれたので、自転車に熱中することができましたね。

卒業後は実業団チームを持つシマノに入社し、プロデビュー。シマノはチームタイムトライアルに力を入れており、1993年の全日本選手権で団体優勝を果たしました。日本一になったのだから次は本場のヨーロッパで勝負しようということになり、翌年からフランスのレースに参加。集団で走る自転車競技では競争相手を見極める能力が必要なので、本場で経験値を増やそうと考えたわけです。

その後は1995年のアジア選手権、1997年のジャパンカップで優勝されるなど目覚ましい活躍をされ、2000年のシドニーオリンピックにも出場されました。

阿部

シドニーオリンピックに出られたのは良かったのですが、途中棄権という結果に終わってしまい、苦い思い出です。オリンピック直前のレースで落車し、けがにより調整がうまくいきませんでした。

ロードレースでは1位以外は負けているに等しい競技で、マラソンのように個人が記録更新を目指すスポーツとは異なり、メイン集団からこぼれ落ちた時点で途中棄権というのが一般的なのです。

正直なところシドニー大会のころは選手生活のピークではありませんでした。過程を考えてもその前のアトランタ大会を目指していた1994年、1995年の方が印象に残っています。1カ国から4人まで出られるので、良い成績を残して4人の出場枠を取ろうと他のクラブの選手と集まり、海外のレースに参加したりしていました。しかし、1996年の世界選手権で上位に入れず、4人枠は取れずじまい。ですから、シドニー大会で自分だけ代表に選ばれた時も複雑な気持ちで、一緒に戦った選手たちと出場したかったというのが本音です。

長い競技生活を振り返ると、仲間と頑張った経験というのは本当に思い出に残るものだなと思います。集団で走るロードレースは人生そのもので、1人では世の中を生き抜くには心細いけれど、チームならどんな時でも心強い。1人ではどうしようもないことでも、メンバーが力を持ち寄ることで成し遂げられることもあります。1人と1人を足すと、3人分、4人分のパワーが生まれるのです。そんなことを教えてくれた自転車競技にどっぷりはまってしまい、第一線を退いた今も楽しみながらレースに参戦しています。

安全に自転車を楽しむため、人々の意識を高めたい

自転車競技の魅力とはどのようなところにあるのでしょうか。

2000年、全日本選手権大会の表彰式(中央が阿部氏)

阿部

競技用自転車は路面との摩擦を減らすため、タイヤ幅がわずか23㎜しかありません。下り坂だとスピードが時速100㎞くらいに達し、自分の体だけでは出せない速さを出せることが面白かったですね。雨や雪でもレースは開催されるので、環境など戦う要素も多くあります。数10㎞から300㎞ほどの公道を走るロードレースでは、スタート地点とゴール地点で天候が違う場合もあり、服装のチョイスもポイントです。私は駆け引きが重要な雨のレースが好きでした。

もう1つ面白いのは、自転車競技には人間性が表れることですね。風をよけながら走らなくてはならないので、集団の中で風を受ける役目を順番に担うことになるのですが、その姿をレースの中で意外と見られている。風をよけてばかりの利己的な人は、たとえ勝者になっても、同じレースで戦った人たちに評価してもらえないのです。「レースの走りで人となりが分かる」というのが私の持論です。

経営工学科を卒業されましたが、学んだことで生かされていることは?
また、スポーツ用自転車専門店「アヴェル」を経営されている現在、新たな目標などあればお聞かせください。

阿部

経営工学は電子工学や数学的な部分などいろいろなことが見える学問です。何をどのように組み立てたら良くなるかという物事の最適化を追究するので、さまざまなことに応用できます。競技生活を送っていたころは、練習効率を上げるためにやるべきことを取捨選択する能力が培われましたし、ショップの経営でも同じです。

商品知識やサービス、労務管理、資金面、お客様とのコミュニケーションなど、限られた条件の中でいろいろな要素を組み合わせて、お客様に喜ばれ、かつ自分も満足できる店づくりを目指しています。

経営者になったのは2010年10月からです。ショップ経営で自転車に乗る人たちとつながりを持ちたいと考えていたところ、学生時代にアルバイトしていたショップの社長が応援してくださり、店舗を引き継ぐことになりました。レースをしたいというお客様の要望に応えるために、チーム「アヴェル」も運営しています。

自転車は幼児から高齢者まで誰でも乗れる交通機関。手と足とお尻で体重を分散できるので、足にかかる負担が少なく、健康増進やメタボ防止に使えますし、子どもの玩具にもなります。競技にとどまらず、いろいろな意味で自転車に乗る人たちを育てていきたいと考えています。自転車を楽しむには乗る人のマナーや安全運転が問われますからね。現状では残念ながら事故が多発しており、2013年12月の道路交通法改正で路側帯走行は左側に限定され、違反は罰せられるようになりました。

子どもに自転車の乗り方を教える市民団体の手助けなど、安全意識が地域に根付くようなサポートもしていきたいですね。長い間自転車と付き合い、自転車の魅力を知り尽くしている自分だからこそ役立てることがある。今はそんな思いでいっぱいです。

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