File No.26

山路 博文教授

広島国際大学 総合リハビリテーション学部リハビリテーション学科

トライアスロンには「しんどい」以上の魅力 夏も冬も挑む鉄人

FLOW No.84

山路 博文
Profile
やまじ・ひろふみ  鹿児島県内の高校を卒業後、専門学校で作業療法士の資格を取り、病院勤務を経て、1993年広島市精神保健福祉センターに勤務。働きながら1995年広島大学法学部第二法学科卒。2003年同大学院医学系研究科保健学専攻修士課程修了。2006年同保健学研究科精神機能制御科学専攻博士課程後期修了。2004年近畿福祉大学社会福祉学部助教授。2006年国際医療福祉大学保健医療学部准教授。2011年広島国際大学保健医療学部リハビリテーション学科教授。2013年から現職。作業療法士。健康運動指導士。広島国際大陸上競技部顧問。博士(保健学)。北海道の持久系競技の3大会(サロマ湖100kmウルトラマラソン、ビホロ100kmデュアスロン大会、湧別原野オホーツククロス カントリースキー大会)を1年で完走すると贈られる「道新オホーツクトリプルマスター賞」を今年2月に受賞。鹿児島県出身。

毎春の健康診断で運動不足を指摘されては焦りを募らせる中高年にとって、マラソンとともに「過酷」以外の何物でもないようなトライアスロンの選手は別世界の人間に思えるでしょう。広島国際大リハビリテーション学科の山路博文教授は45歳を過ぎてマラソンを始め、昨年53歳からトライアスロンにも挑戦。これまでにフルマラソン70回、100kmのウルトラマラソン13回、トライアスロン4回、など出場した大会はすべて完走した鉄人そのものです。さらに今年は冬のトライアスロン(ウィンタートライアスロン)で年齢別(50~54歳台)の日本代表として世界大会にも出場を果たしました。4月末にも台湾でのトライアスロン大会で完走した山路教授に夏と冬のトライアスロンのそれぞれの魅力などを聞きました。

45歳からランニングを始めてこれまで8年間でフルマラソン完走70回。走り始めたきっかけは何だったのですか?

山路:高校時代は陸上部員で短距離や跳躍の選手でしたが、長距離は未経験でした。2011年に広島国際大に赴任してまずジョギングから始めたのは、健康のため、やせるためといったよくある理由でした。ずっと運動はしていなかったので最初は100m走っただけで気分が悪くなりました。でも走っている間は走ることに集中する「無心」の状態や、今流行の言葉ですが「マインドフルネス」の状態になり、精神的なストレスが解消されると気付きました。メンタルヘルスの研究者としての興味もあってはまっていきました。最初は10kmマラソンの大会でしたが、ハーフマラソンを経て4カ月でフルマラソンに挑戦していました。その面白さから以来毎年10回ほどフルマラソンを完走。ウルトラマラソン(100km)や海外のマラソン大会に次々に出るようになりました。

昨年からは夏と冬のトライアスロンも始められました。トライアスロン=*注=は「しんどい」という印象しかないのですが、50歳を過ぎてなぜそんな競技を始めたのですか?

山路:色々なマラソン大会に出るうちに新しいことに挑戦することのメンタル面への良い効果も実感したからです。それに以前、国際協力機構(JICA)派遣のリハビリテーション人材養成プロジェクトで中国・北京に滞在中に気功を体験し、心と体の動きが密接に結びついていることを学びました。うつ病予防などメンタルヘルスには体を使った新しいことを始めることが有効だと身を持って体験したかったのです。トライアスロンはランに加えて、スイム(水泳)とバイク(自転車ロードレース)があります。実はトライアスロンをやろうと決めた時には25m程度しか泳げませんでした。本を買ってきてユーチューブを見ながら研究し、TI(トータル・イマージョン)スイムというツービートキックの効率的な泳法を体得し、自分でも驚くことに何kmでも楽に泳げるようになりました。初めてのトライアスロンは地元の広島県内の大会でオリンピックと同じ距離=*表=で、3時間10分ほどの記録でしたが、マラソンと比べてむしろ「短いなあ」という印象でした。私のような50代では短い距離でスピードを競うのはやっぱりしんどくて、もっと長い距離をとその後、台湾での大会でミドルというもっと長い距離に挑戦し、先月は同じ大会でアイアンマンディスタンスの226kmを完走しました。

東京大会注目は男女混合リレー

来年の東京オリンピックで注目されることや選手はいますか?

山路:男女ともヨーロッパ勢の強さが目立ちます。残念ながらまだ日本は個人戦では世界でメダルを争えるほどのレベルにはなっていません。私個人としては女子の上田藍選手に出て欲しいですね。北京、ロンドン、リオデジャネイロと3大会連続でオリンピックに出場している第一人者ですが、もう35歳で若手の台頭もあって苦戦するかもしれません。ただ中高年としては応援したいです。また、東京大会では新種目として男女2人ずつの混合リレー(1人が 9.7km)が実施されますが、リレーは日本人向きでどんなレースになるのか注目しています。

レースの見どころを教えてください。

山路:オリンピック選手でも選手によってスイムが得意だったり、ランが得意だったりしますから、そのペース配分のバランスや選手同士の駆け引きで順位が入れ替わったりするのが面白いです。また、種目を転換するトランジションでの無駄のないシューズの履き替え、ウェアの着替えも見どころです。

4月の台湾の大会で

冬季五輪の新種目の動きもある冬のトライアスロン

ウィンタートライアスロンは日本ではあまり知られていませんが、どんな競技ですか?

山路:冬の雪山でラン約5km、マウンテンバイク約7km、クロスカントリースキー約7kmで競います。2017年の夏、北海道サロマ湖でのウルトラマラソンに参加した際に、「次は80kmのクロスカントリースキーをやらないか」と勧められ、あまりやったことのなかったスキーを始めました。その冬、北海道のスキー場で3日間の集中トレーニングに参加し、2018年2月にオホーツク海沿岸の湧別町での80kmのクロスカントリースキー大会を10時間かかって完走しました。それがきっかっけでウィンタートライアスロンにも挑戦。今年2月にはイタリア・アジアーゴで開かれた世界大会「ITU 世界ウィンタートライアスロン選手権」にエイジグループ50~54歳の日本代表として出場し、完走しました。初めて日の丸をつけての大会参加で、イタリアの人たちから歓声を受けて誇らしく感じました。また「ウィンタートライアスロンを冬季五輪の新種目に」という動きがあることも現地で知りました。既にそれを見越して選手養成のために若手を送り込んできている国もありました。2022年の北京大会ではオープン競技になることが決まっています。

イタリアのウィンタートライアスロン選手権で

完走すればみんな英雄

全国各地、世界各地でのマラソンやトライアスロンの大会に参加されて競技以外に見えてくるものもありますか?

山路:マラソンでは米国の伝統あるボストン・マラソンの130周年の記念大会に出場できた時は感動しました(参加資格は50~54歳男性で3時間30分以内の記録)。コースの景色の素晴らしさ以外に大会期間中は市民挙げて参加選手を歓迎してくれる雰囲気が最高です。日本では沖縄のNAHAマラソンの“おもてなし”の空気も好きです。地方の大会も多いのですが、人口減少や過疎化を肌で感じます。限界集落や廃村のなかを走ったり、大会運営のスタッフが高齢者ばかりだったりします。

トライアスロンは何歳まで続けますか?

山路:トライアスロンは確かに「しんどい」という印象がありますが、今は記録より完走することを目指すようになって楽しくなりました。しかもトライアスロンは3種目で主に使う筋肉が違います。マラソンを長くやると足を痛めたりしますが、トライアスロンはバランスよく体を使うので、むしろ長く続けられて高齢者向きだとも思います。ハワイ島のコナで昨年開催された「アイアンマン世界選手権大会」で85歳の日本の稲田弘さんが完走しましたが、その良い例ですね。以前の大会で年配でベテランの参加者から「完走したらみんな英雄だよ」と言われた言葉が好きです。それを信条に私もずっと完走し続けたいです。



*注【トライアスロン】 1974年に米国で競技大会が初開催された比較的新しいスポーツで、夏季オリンピックではシドニー大会(2000年)から正式競技に。オリンピックでは、スイム(水泳)1.5km、バイク(自転車ロードレース)40km、ラン(長距離走)10kmの、合計51.5kmで競う。男子のトップ選手は1時間45分ほどでゴールする。来年の東京大会(コースは港区のお台場海浜公園周辺)では男女の各個人戦のほかに新種目として男女混合リレー(男女各2人)が実施される。

学生に作業療法の指導をする山路教授

東京五輪 x 「Team常翔」