小坂 哲也 教授

広島国際大学 健康科学部 医療福祉学科

コロナ時代に見直す音楽の力
高齢者らへの音楽療法が自信や人との絆を取り戻す

FLOW No.97

小坂 哲也
Profile
こさか・てつや 1980年エリザベト音楽大学音楽学部器楽学科卒。1983年ウィーン市立音楽院管楽器科卒(最優秀でディプロマ取得)。1993年ベルギー王立ブリュッセル音楽院古楽器科中退。2009年広島大学大学院教育学研究科生涯活動教育学専攻博士課程前期修了。ルーマニアのブカレスト・フィル(ユネスコ・チャリティコンサート)、トランシルヴァニア・フィルと共演するなど数々の演奏会に出演。1998年広島国際大学医療福祉学部医療福祉学科助教授。2008年同教授。2017年から同学科長兼大学院医療・福祉科学研究科医療福祉学専攻長。2020年から現職。日本音楽療法学会認定音楽療法士。共著に『音楽療法のすすめ』(ミネルヴァ書房)。2011年から東日本大震災チャリティー・リサイタルを計9回開催。CDに『抒情組曲』。広島県出身。

音楽会で抱いた違和感をきっかけに

コロナ禍の巣ごもりでストレスや不安を感じた人は多く、社会的な問題ともなっています。音楽はストレスを癒やす大きな力です。特に精神的な障害を抱えた人や認知症の高齢者など言語的コミュニケーションが難しい人に有効で、音楽療法という分野が生まれました。音楽には人の生理的、心理的、社会的、認知的な状態に作用する力があると言われ、それを使ってクライアントを支援するのが音楽療法士です。プロのフルート奏者で同時に音楽療法士でもある広島国際大医療福祉学科学科長の小坂哲也教授に、音楽の果たす役割、高齢者や障害者に対する音楽療法の効果、東日本大震災被災者へのチャリティー演奏会などについて聞きました。




ウィーン留学時代に住んでいた街の周辺

私は音楽好きの母の影響もあり、幼い頃から音楽に親しんでいました。フルートとの出会いは小学2年の時に母が買ってきてくれたモーツアルトのフルート協奏曲のレコードでした。中学1年の時にお年玉でフルートを買ったものの、中学、高校時代は吉田拓郎やチューリップが好きで、ギターに夢中になり作曲もしていました。音楽の道に進むことを決め、音大受験のために本格的にフルートを習い始めたのは高校3年の夏になってからでした。準備期間は短かったですが幸運にも音大に合格し、大学時代はフルート漬けの生活に。卒業後はウィーンとベルギーに2度合わせて4年半留学もでき、古楽器のB・クイケンなど多くの素晴らしい先生にも恵まれました。

そんな私が音楽療法に出会ったのは、2度目の留学からの帰国後、音大の非常勤講師などをしている時でした。同僚の心理学の先生に教えてもらったのです。クラシックの演奏会の堅苦しさに少し違和感を覚えるようになっていたこともあり、人を救い大きな影響を与える音楽療法に興味を持ち、いろんな本を読みあさりました。広島国際大医療福祉学科に縁あって赴任したことも音楽療法の研究を深める後押しをしました。

第2次世界大戦の帰還兵のメンタル・ケアで注目

音楽が聴く人を癒やしたり鼓舞したりすることは、昔から誰もが知っていたことです。バッハの『ゴールドベルク変奏曲』はある伯爵から不眠症を癒やすために作曲を依頼されたと伝えられていますし、行進曲を聴くと多くの人は自然と足の動きをそのリズムに合わせてしまうものです。その音楽の力を医療的治療に本格的に結びつける音楽療法士は、第2次世界大戦後の米国で最初に誕生しました=注。戦争で心身に傷を負った米軍帰還兵に音楽を聴かせるとメンタル・ケアの効果があることが注目され、1950年には全米音楽療法協会が設立され、公認音楽療法士という資格制度ができたのです。日本では1954年に米国で出版されたポドルスキーの『音楽療法』をきっかけに注目を集めるようになりました。1995年に全日本音楽療法連盟ができ、1997年には連盟認定の音楽療法士100人が誕生しました。私はその2年後に資格を取りました。今では全国に日本音楽療法学会認定音楽療法士が約3000人います。

*注:戦前にもドイツやフランスなどの精神病院で音楽を使った治療は行われていた。また、明治末期にはヨーロッパで学んだ精神科医の呉秀三が当時の東京府巣鴨病院で音楽療法を試みていた記録も残る。

身体・精神・社会性を改善するための音楽「利用法」

日本音楽療法学会の定義では音楽療法とは「音楽の持つ生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障害の回復、機能の維持改善、生活の質の向上、問題となる行動の変容などに向けて、音楽を意図的、計画的に使用すること」とされています。つまり音楽の身体面、精神面、社会性に及ぼす影響を治療に応用する音楽「利用法」とも言えます。

音楽療法を支える基本的原理を別表にまとめました。このうち私の経験を1つお話しします。ある小学校で、先生たちが「運動会を前に落ち着かない生徒たちに静かな音楽を聴かせたのですが、イライラがおさまりません」と話すのです。これは「同質の原理」に反したことだったのです。あまりにも心身の状態から懸け離れた曲より、寄り添うような曲が心地よく、興奮する小学生たちを落ち着かせようと静かな曲を聴かせるのは逆効果なのです。悩んでいる人には「そんなの気にするな」と言うより、「そうですよね」と共感する方が慰める効果があるのと同じです。

計画と評価も重要なチームプレイ

音楽療法の対象者は、乳幼児から高齢者まで幅広く、健常者から重度の障害のある人までとさまざまで、その目的も、認知症の症状緩和、病気・事故後のリハビリ、子どもの発達支援や学習支援、心のケア、介護予防などさまざまです。音楽療法士が実際に仕事をする場は、医療機関のリハビリ施設や高齢者施設、障害児・者施設などです。

音楽療法の一般的なプロセスは、アセスメント→目標設定→プログラム設定→セッション(演奏や歌唱など)→記録・評価→カンファレンスになります。音楽療法士だけで行うことはまれで、作業療法士、言語聴覚士、介護士、看護師などと連携しながらのチームプレイです。

私は20年近く高齢者、認知症患者、言語に障害のある人などに音楽療法を行って来ました。音楽の力を実感する多くの体験をしましたが、いくつかをご紹介します。

このように音楽は、正しく使うことで人と人のつながりや自信を回復する大きなツールになります。コロナ禍の現在、音楽が免疫力を向上させるという研究も注目されています。私にとっても音楽は大きなコミュニケーションツールです。2011年から東日本大震災のチャリティー・リサイタルを計9回開催し、多くの募金にご協力いただきました。演奏する時は、いつも被災者のことを思い浮かべながら演奏しています。音楽を通してそこに集まってくださった方々の思いを届けることができます。音楽は人と人をつなぐことができる大きな力を持っていると実感できるリサイタルで、10回開催が目標です。

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