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議席配分の難問を数学で解く

大阪工業大学 情報科学部 情報システム学科   一森 哲男   教授

一森 哲男 教授:大阪工業大学 情報科学部 情報システム学科

PROFILE
1982年大阪大学大学院工学研究科応用物理学専攻博士後期課程修了。1985年大阪工業大学工学部講師に。1996年から現職。議席配分方式の研究で2013年日本応用数理学会論文賞受賞、2015年情報処理学会論文誌特選論文に選定。故越山康弁護士が始めた「1票の格差」訴訟の原告団とも交流、助言もしてきた。工学博士。大阪府出身。

アダムズ方式にも偏りがある

衆議院選挙制度改革で「1票の格差」是正に向けて国の有識者調査会が提言した新たな議席配分方式「アダムズ方式」が導入される方向になってきました。メディアでにわかに注目され始めた「アダムズ方式」ですが、それ以外にも多くの議席配分方式が知られています。「各選挙区に人口比をできるだけ正確に反映した議員定数をいかに配分するか」はアメリカ合衆国建国以来200年以上の論争史がある難問です。日本でも国政選挙のたびに「1票の格差」訴訟が起きています。大阪工大情報システム学科の一森哲男教授は、この難問に数学から解答を与えようと研究し、その成果が学会の論文賞も受けています。政治と数学という一見かけ離れたテーマをつなぐ研究の面白さを一森教授に聞きました。

大統領の拒否権第1号も議席配分問題で

1787年に制定されたアメリカ合衆国憲法第1条は「下院議員と直接税は各州の人口に比例して配分する」と規定しています。そのために1790年から10年ごとの国勢調査も始まりました。実は初代ワシントン大統領による大統領拒否権第1号は議会が出した議席配分方式の法案に対してでした。以来200年以上、人口比に合った議席配分方式の問題を巡って論争が続けられ、現在でも完全には解決していないのです。日本の国政選挙については、参院の比例代表部分のドント方式以外は法律に配分方式の規定がなく、各選挙区の議席数しか記載されていません。それもあって国政選挙のたびに「1票の格差」訴訟が起き、裁判所が「違憲」や「違憲状態」の判決を出すことが繰り返されてきました。

アラバマ・パラドックスの発見と除数方式

これまで日本の衆院選で使われてきた議席配分の最大剰余方式(ハミルトン方式)※1 は、人口に比例したごく自然な考え方で日本以外の多くの国でも使われています。ただ深刻なパラドックス(矛盾)を引き起こすことが知られています。19世紀末にアメリカで発見された「アラバマ・パラドックス」です。人口の変化をさせずに議員総定数を増加させると、議席数が減少する州が見つかったのです。具体的には総定数を299から300に増やしたのに、アラバマ州の議席数が8から7に減ってしまって議会がパニックに陥りました。逆の現象もあります。総定数を減らしたのに議席数が増える州ができる場合があるのです。これ以外にも、人口成長率の高い州(日本の場合は都道府県)の議席が減少し、成長率の低い州の議席が増える「人口パラドックス」も知られています。

こうした歪んだ議席配分を生む最大剰余方式に代わるのが除数方式※2 です。アラバマ・パラドックスのような問題が起きないことが数学的に証明されている方式ですが、基準人口で割った商の端数(小数部分)の扱い方の違いで5つの有名な方式があります。議席数が人口の少ない州や都道府県に有利な順に「アダムズ」「ディーン」「ヒル」「ウェブスター」「ドント(ジェファーソン)」の5方式です。

情報理論を使ってウェブスター方式に軍配

5方式の中でアダムズ方式は端数の小数部分を切り上げるので、人口の少ない都道府県に最も有利で、端数を切り捨てるドント方式は逆に人口の多い都道府県に有利です。どちらも議席配分に偏りが大きいのです。この偏りを最も小さくする方式が、ヒル方式(小数部分を切り上げた整数a と切り捨てた整数b=a-1 の積ab の平方根√─を求め、商がそれ以上なら切り上げ、未満なら切り捨てる幾何平均方式)とウェブスター方式(小数部分を四捨五入する)のどちらなのかで、アメリカでは20世紀になって両方式を巡って数学者のハンティントンとウィルコックスの大論争が起きました。困り果てた下院議長が全米科学アカデミーに優劣の判定を求め、1929年と1948年の2度にわたってハンティントンの主張するヒル方式に軍配が上がりました。更に1992年には連邦最高裁がそれを追認する形でヒル方式の合憲性を認める判決を出したのです。実際にアメリカの下院の各州への議席配分に使われています。

しかし、私の研究ではウェブスター方式に軍配が上がりました。情報理論で使われるダイバージェンス(2つの分布の近似度合を計る尺度)という考え方を応用し、都道府県の人口の割合と議席数の割合を2つの分布と見なし、そのダイバージェンスを最小化するのがどの配分方式かを求めたのです。コンピューターを使って人口と議席数の組み合わせのさまざまなシミュレーションをした結果、ウェブスター方式の優位性が明らかになりました。それまでになかった問題の解決法が学会で評価されました。

現在進んでいる衆院選改革で数学的にはウェブスター方式やヒル方式より偏りの大きいアダムズ方式が採用されそうです。これは恐らく反対が起きにくい選択をするのが政治だからでしょう。あまりに問題の多かった「1人別枠」(あらかじめ各都道府県に1議席与える)をやめる代わりに、これまでと同じように人口の少ない地方に少しでも有利なアダムズ方式を選んだのです。さらにアダムズ方式は「1票の格差」を小さくしやすいという数学的特徴があり、それも選ばれた大きな理由でしょう。実は「1票の格差」と「議席配分の偏り」は厳密には別の問題なのです。判決から最高裁は「1票の格差が2倍内ならいい」と判断しているようですが、その根拠ははっきりしません。

「数理政治学」を立ち上げ

私は応用数学の最適化問題を専門にしています。例えば電力会社には性能の違う多数の火力発電機があるので、電力需要に合わせてどの順番で発電機を起動、停止すればコストが一番安いか、などを研究してきました。数式だけを相手にする純粋数学と違って、応用数学は数学を使ってさまざまな現実の問題に取り組みますが、最も数学が利用されてこなかった分野が政治です。それで研究仲間と応用数理学会の中に「数理政治学」という部会を10年以上前に立ち上げました。議席配分だけでなく投票行動や選挙制度と政党数の関係などもテーマです。我々が関心を持つべき最も重要な課題の一つである政治現象を数学で解き明かします。数学とはいえ実証的なデータを根気よく分析する泥臭く、人間的な学問なのです。


※1 最大剰余方式=①総人口を総議席数で割り議員1人当たり平均人口を求める②各都道府県の人口を議員1人当たりの平均人口で割る③その結果(理想値)の整数部分の議席を各都道府県に配分④残った議席があれば、理想値の小数点以下の数値(剰余)が大きい都道府県から順に1議席配分する

※2 除数方式=①ある基準人口を設定②各都道府県の人口を基準人口で割った商を出し、その数値で各都道府県の定数を決める③②で決定した定数の総和が議席総数と一致しない場合、基準人口を増減して②を繰り返し定数の総和が議席総数と一致したら終了

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