18歳選挙権の意義

摂南大学 法学部 法律学科   浮田 徹   准教授

浮田 徹 准教授:摂南大学 法学部 法律学科

PROFILE
神戸大学法学部卒、同大大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。同大大学院法学研究科専任講師を経て2005年、摂南大学法学部専任講師に。2008年から現職。兵庫県出身。

民主主義を健全な方向に進めるが、若者の政治参加に課題

6月18日、改正公職選挙法が成立し、20歳以上から18歳以上へと、選挙権年齢が70年ぶりに引き下げられました。2016年夏の参議院選挙から、大学1、2年生だけでなく高校3年生の一部も投票できることになります。その背景とこれからの課題などについて、ドイツ憲法を中心に研究する摂南大法律学科の浮田徹准教授に聞きました。

国民投票法改正に背中を押され

憲法は「成年者」に選挙での投票を認めているのですが、高校卒業程度の教育を受けていれば、「成年者」として政治に対する公平な判断を行うことは可能です。この引き下げは妥当な流れだと見ています。また、できるだけ幅広い意見をもとに議論し決定するという民主主義の原理からも評価できます。

選挙権年齢が70年も変わらなかったということは、それだけ政治的な争点になりにくかったということでもあります。1945年、選挙権年齢が25歳から20歳に引き下げられました。このとき注目されたのは、初めて女性に選挙権が与えられたことでした。20歳という年齢自体は、その時点では21歳以上が主流だった他国と比べればむしろ早かったとも言えます。ただその後、1970年代以降多くの国が18歳に引き下げたこと、近年では地方選挙において16歳以上に選挙権を認める国も現れ始めたことによって、日本は遅れている国という位置付けになってきました。

「9割近くの国が18歳だから日本も」という議論は確かにあります。ただそもそも「20歳と18歳の違いは何か」と問われて突き詰めた議論はなされていません。国によっては徴兵を課す18歳に対し選挙権も与えたという歴史があったのですが、日本はそういう事情にありません。また本来、権利というものは何かの代わりに与えられるものではなく、与えられるべき時に必然的に与えられるものです。18歳は子どもではなく判断力を備えた大人だと見なされたから選挙権が付与されるのです。

今回の改正は、「選挙権年齢を引き下げるべきだ」という正面からの議論より出てきたものではなく、投票権を18歳以上とした(憲法改正手続に関する)国民投票法改正に背中を押されたものです。憲法改正に必要な国民投票の手続は憲法96条にうたわれています。憲法のいう「国民」には、0歳の赤ちゃんも含まれますが、憲法改正のための判断力は「18歳以上」が持っている、ということになりました。そして、国民投票法はその年齢と選挙権年齢のバランスを取るように明文で求めているのです。

若者の低投票率と「主権者教育」の問題

「高齢化と高齢者の投票率の高さで国の施策が高齢者寄りになるのを回避するため、選挙年齢を下げて若者票を増やせ」という議論もありました。しかし最近の20代の国政選挙の投票率は30%台で60代の半分です。このままでは、選挙権年齢を18歳に下げても若者の票は大して増えず、国の施策にもさほど影響しないかもしれません。若者の声を政治に反映させるためには、若者の低投票率の問題をクリアする必要があります。

投票に行かない若者は、他に興味を持つことが多いというだけでなく、自分たちが投票することにどれだけの意味があるのかについて実感できていないところも大きいです。学生には「投票に行かなければ自分の意見は絶対に通らないよ」と教えますが、若い人を投票に行かせるための方法はかなり難しい。投票を機械化しボタンを押すだけの簡単なものにするなどの方法もありますが、それは投票に行く気のある人を便利にするだけです。国によっては投票しないことに罰金を科すところもありますが、投票は権利であって、義務の要素が強まるのは望ましくありません。

昨年から大阪府内の公立中学校が複数校集まってディベートをする催しに解説者として参加しています。集団的自衛権や憲法改正などをテーマに、賛成派、反対派などに分かれて討論するのですが、多様な意見が出てとても面白い。具体的なテーマで他人の意見を聞き、自分の意見も伝える、更に自分の意見にさまざまなリアクションがある。それを聞いてまた自分の意見について考える。こうした経験が、有権者として選挙で争点を判断することに役に立ってくるはずです。

選挙権年齢の引き下げによって、学校での「主権者教育」が注目されています。教育基本法は教育の政治的中立性を規定しているため、現場の先生たちもさまざまな工夫をする必要があります。このような生徒同士の討論の試みは、「主権者とはこうあるべきだ」とか「投票に行きましょう」と教えるより、ずっと効果は大きいと言えるのではないでしょうか。

民主主義を支える自由な意見の表明と少数者尊重

若者の政治参加を進め、実効的なものにしていくためには、健全な民主主義が維持されることと、それを実行する制度の信頼性が確保されていることが重要です。民主主義は、多数者の意見が全体の意見となるという多数決による決定を行います。ただその決定は、少数者の自由な意見表明の余地を残すものであることが必要です。すべて多数者の思い通りに行って良いわけではありません。それを学ばせるのも教育の役割といえるでしょう。

ドイツでは、2006年の連邦議会選挙でのコンピューター制御の電子投票機の使用が憲法違反とされました。連邦憲法裁判所は「投じられた票と選挙結果が後で検証できず、ソフトウエア操作による不正は多大な影響を生じ得る」と判断したのです。

投票・集計の利便性を考えての導入だったわけですが、この判断はドイツらしい面倒臭さが表れているとも言えます。ただ、民主主義にとっては利便性よりも信頼性が重要です。そもそも民主主義は、目的達成という点ではそれほど合理的なものではありません。民主主義とは、なるべく多くの人の意見をくみ取り、よりよい決定を議論の中で生み出していくプロセスです。そう考えると「18歳選挙権」は民主主義をより健全な方向に進めていくきっかけになるのではないでしょうか。

変わっていく「大人」「成年」の定義

選挙権年齢の引き下げで、当然民法(4条)の成年(20歳)の見直しの議論にも拍車がかかることになるでしょう。それに伴って約300の法律が影響を受けると言われています。特に(20歳未満を保護対象とする)少年法は問題となります。改正公職選挙法は、選挙違反に関し特別の規定を設け、18歳の重大な選挙違反は大人と同じ手続で裁判を受け処罰されることになりました。少年法には少年法の目的があり、単純に連動させて引き下げるべきではありませんが、憲法改正や国会議員を選ぶ判断力があるとされる人が少年法によって保護されているという状態は、今後議論の対象となっていくことでしょう。

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