ヘルスケアを通じて自助力を高め、
災害に強いコミュニティーづくり

広島国際大学 保健医療学部医療技術学科   諌山 憲司   准教授

諌山 憲司 准教授:広島国際大学 保健医療学部医療技術学科

PROFILE
1994年から19年間、京田辺市消防本部に消防官として勤務。2010年関西医科大大学院医学研究科博士課程単位取得満期退学。京都大大学院地球環境学堂研究生を経て、2013年から現職。博士(医学)。京都府出身。

東日本大震災から4年が経過し、南海トラフ大地震や首都直下地震などの発生が予測される日本。さらに超高齢化など社会構造の変化に伴い、現行の医療制度も問題化しています。消防官として19年間の実務経験を持つ広島国際大医療技術学科の諌山憲司准教授は、災害対策としてチーム医療の基盤とヘルスケアコミュニティーネットワークの構築を提唱。「自分の身は自分で守る、という意識でさまざまな危機に備えよう」と訴えます。

大規模災害発生時は公助が行き届かず、自助の精神が重要

災害対策に関する著書

災害対策に関する著書

19年間、消防官として火災現場や救急救助事案の最前線で実務にあたり、そのうち8年間は救急隊員(救急救命士)として活動しました。その経験を通して、地域医療や災害対策を考える際、現行の医療制度では限界があると感じています。道路交通法の改正や車両構造の改善に伴い交通事故による死傷者数は減少しているように感じます。しかし、軽症であっても救急車を呼んでしまうことがありますが、今で言う地域包括ケアシステムの中で救急車を呼ばずに対応可能なケースもあると思います。そうしたケースを振り返ると、地域医療、救急・災害医療、高齢者介護などは個別に対応できるものではなく包括的なケアが重要であるはずなのに、そのことが社会で十分に認識されていないとも感じています。

また、日本の消防技術をカンボジアなど発展途上国へ伝授するNPO団体で活動しているほか、アジアにおける災害国際協力の必要性やアメリカ、イスラエルなどの調査から、いかに実践に即した災害対策が必要かを提示してきました。更に東日本大震災の教訓から、ネクストクライシスへの対応にはコミュニティー防災を充実させる必要があり、ヘルスケアを通じた災害に強い地域づくりが不可欠であると、実務と研究を通じて提唱しています。大切なのは自分で自分の身を守ること。住民が日常的にヘルスケアの基礎知識や技術を学んで危機に備え、緊急時に対応できるコミュニティーに発展させたいと考えています。

従来の災害対策は、どちらかと言えば国や地方が防災対策を主導するものでした。土砂災害や地震などに個別の対策を講じたり、差し迫って対処が必要な事態の対応に追われたりと、後手になりがちです。しかし、実際の災害は大規模になればなるほど包括的な対応が必要です。ライフラインや交通網がマヒすると、公助は行き届きにくくなり、近代西洋医学のケアだけでは十分な対応ができません。厳しい状況下でも自分の身を守り、健康を維持して被災者自身が生き抜くためのサバイバルヘルスケアが大切なのです。

諸外国に見るサバイバルヘルスケアの事例

私はサバイバルヘルスケアに、統合医療も活用できるのではないかと考えています。統合医療とは、西洋医学と伝統医学・補完代替医療を併用し、患者あるいは生活者をケアする医療の考え方の一つです。例えば漢方、鍼灸など多種多様なものがあります。国家資格を必要とするものから、それ以外のものもあり誰でも学ぶことができるので、災害発生後の健康維持に活用できる可能性があります。救急の分野でいえば、応急手当や心肺蘇生法を住民の誰もが行えるようにするイメージかもしれません。

キューバにある診療所には地域自生の薬草の効能を伝えるボードも
キューバにある診療所には地域自生の薬草の効能を伝えるボードも

キューバで住民に配布されている薬草活用ハンドブック

キューバで住民に配布されている薬草活用ハンドブック

キューバの医療システムを紹介します。キューバは人口に比して医師が多く、国民は誰でも無料で医療を受けることができます。家庭医を中心としたプライマリーケアと予防医療が充実しています。実践されている主な自然伝統医学は、薬草、鍼などで、手術麻酔に鍼を利用するケースや小学校のクラブ活動で薬草を育てたりしています。地域自生の薬草を高齢者の知恵を生かして見つけ出し、研究所で薬効を科学的に検証するなど生活にも密着しています。救急車内のケアに自然伝統医学が活用されていることもあります。限られた医療資源で国民の意識を高め、健康を保つことに成功しているのです。キューバ医療が発展した背景には、ソ連崩壊により後ろ盾をなくしたことや、アメリカの半世紀にわたる経済封鎖があります。キューバは常に脅威と隣り合わせだったため、健康に対する意識改革と医療制度の充実により国民の命を守らなくてはならなかったのです。このようにキューバは、プライマリーケアと自然伝統医学を活用し、コミュニティーのレジリエンス( 回復力)を高めることで災害対策に成果を挙げています。

痛みを和らげるための耳鍼療法

痛みを和らげるための耳鍼療法

また、アフリカやブラジルなどの医療後進国にみられるコミュニティーヘルスワーカー(CHW)も注目すべきものです。コミュニティーから選ばれた住民に2週間~1カ月程度、医療知識・技術のトレーニングを行い、CHWとして養成します。CHWが住民の健康チェックや出産を手伝うなどその地域の住民をケアします。一方、先進国では高齢化による医療費の財政圧迫を抑えるために、予防医学的に統合医療を取り入れる例もあります。アメリカの貧困層の多い地域ではヘルスリテラシーが低く、生活習慣病が多いため、CHWやソーシャルワーカーがヘルスケアに関する講習会を開催するなどしています。このように救急・災害医療における西洋医学と伝統医学、予防医学などの併用例にも注目しています。

ヘルスケアでつながるコミュニティーが「レジリエントな社会」を実現

現在の日本の医療は近代西洋医学が中心です。しかし、それだけでは立ち行かないのも事実だと思います。災害対策も同じです。起きてしまった後の災害対応ではなく、一人ひとりが強くなって事前に備える「レジリエント(回復力のある)な社会」へ。私たち日本人には自発的に生き残る意識の醸成が十分ではありませんが、病気や交通事故、犯罪など日常には問題があふれており、そうしたさまざまな災い、更に雨、雪、台風など自然現象の延長線上にあるものが大規模自然災害だと思います。南海トラフ地震では最悪30万人超の死者が予測されていますし、今後はテロの脅威も否定できません。キューバなどを参考に、日本版にアレンジしたヘルスケアコミュニティーネットワークを構築する必要があります。

そのためには包括的なケア、チーム医療も必要でしょう。これまでは防災、医療、介護と各分野がそれぞれ分かれ、連携も十分ではなかったかもしれません。しかし、災害時には、縦割りや業務分担など関係ありません。ヘルスケアを通じて地域がつながるためには、コミュニティーの住民だけでなく、医療・福祉・行政機関が協力し、各地域事情に即した実践的な取り組みが必要になります。まさに「チーム」といえるでしょう。

現在、広島県瀬戸内海の離島、大崎上島町でヘルスケアを通じた災害に強いコミュニティーネットワークづくりを検討し始めています。全国的に急速な高齢化と人口減少が進展する中、離島では、超高齢化と若年層の人口流出が顕著で、高齢者世帯においては老老介護が強いられ、医療・介護支援が十分でなく、住み慣れた地域を離れざるを得ない状況となっています。さらに、日常だけでなく大規模災害が発生した場合、高齢者は災害弱者となり生命の危機にさらされます。そこで、高齢化率45%超の超高齢化地域である大崎上島町で、自然伝統医学を活用した力強い地域社会構築と地域包括ケアの推進に向けて、実践的な研究を行う予定です。

大切なのは、自分の身は自分で守るという意識。周囲のお膳立てを待つのではなく、自分たちが日常的に取り組むことができるヘルスケアについて住民自身が調べて自発的に提案していく意識の醸成が必要です。「これを島でやるならどうすればいいのだろうか」と考え、災害時にも「サバイバル」できる、自助力の高い人々の集まりが強いコミュニティーにつながります。私たちは、自助力の高い意識を持つ人々を支援し、ヘルスケアを通じた「レジリエントな社会」の実現に向けて、チーム医療の基盤とコミュニティーネットワークの構築を推進していきたいと思います。

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