学園広報誌「FLOW」ニューウェーブ

救急活動現場の抱える課題を洗い出し
科学的な実証により原因分析、改善策を追究

広島国際大学 保健医療学部 医療技術学科   安田 康晴   教授

安田 康晴 教授:広島国際大学 保健医療学部 医療技術学科

PROFILE
島根県立出雲高を卒業後、会社勤務を経て1985年から出雲市消防本部に21年間、消防官として勤務。1993年に救急救命士の資格取得。2005年島根県消防学校教官に着任後、国士舘大講師、京都橘大准教授を経て、2013年から現職。島根県出身。

年々増加する救急車の出動回数。高齢化の急速な進展もあり、国は今後5年で630万件に達すると試算しています。救急救命の現場では傷病者を病院へ搬送する間に医師の指示を受けて救命処置を行える「救急救命士」という国家資格のニーズが高まっています。広島国際大の安田教授は出雲市消防本部での実務経験を生かし、救急現場活動全般におけるさまざまなテーマを研究しています。

救急隊員養成システムの確立で救急活動のレベル向上を

救急救命士となるには、大学などの救急救命士養成課程を経て国家資格を取得し、地方公務員(消防官)を受験する方法と、消防署の救急隊員として5年もしくは2000時間の実務経験を積んだ後に国や自治体の救急救命士養成課程を経て国家資格を取る方法があります。救急隊員は心音・呼吸音の聴取や血圧測定、血中酸素飽和度の測定など限られた処置しか行えないのに対して、救急救命士は器具を使った気道確保や薬剤投与など高度な医療処置を行うことができ、運ばれる人の生命・身体機能を維持する重要な役割を担う存在です。

私は研究者となる前、出雲市消防本部に21年間勤務し、93年に救急救命士の資格を取得しました。その後、消防学校で人材育成にも携わりましたが、教育システムは確立されておらず、現在でも不十分と感じています。教育は各自治体に任されており、教える側のスキルにばらつきがあるのです。しかし、救急活動は人命にかかわる仕事。実情に沿ったマニュアルを作って救急隊員の活動を平準化し、1人でも多くの救急救命士を育成することが求められています。

これまでの救急救命士養成のテキストや制度整備は医師主導で進められています。救急搬送の現場にいない人たちが主導しますので、実態に合わない部分も多いのです。私はそこに大きな課題があると考えました。救急救命のクオリティを高め、運ばれる人に提供される医療の質の維持・向上を図るためには現場の声を反映しなければなりません。そのためには科学的な根拠を示さなければ救急活動レベルの向上には貢献できないと研究者の道を選びました。

抜本的な改革目指すにはデータに基づく提言が大事

具体的な研究内容は、救急活動を行う人の軽労化と、搬送される傷病者への影響が大きなテーマ。長年の経験から生まれた疑問について消防署でヒアリングを行い、共通の疑問を洗い出しています。

救急活動の軽労化につながる動作分析や搬送資器材(たんか)の設計・製作もテーマです。救助する側が疲弊するとパフォーマンスが落ち、業務の質も低下してしまうからです。救急隊員や救急救命士には腰痛が多いのですが、悪い姿勢で傷病者を持ち上げていることや、資器材の研究が進んでいないことが原因。実際に人を搬送していると、「たんかの握り手がもう少し上向きだったら楽に運べるのに」といった実感があります。これが介護職であればきちんとマニュアル化されていますが、救急隊員にはその具体的なマニュアルもありません。救急現場活動の軽労化についても筋電図を用い負担動作を分析し、救急隊員向けの搬送や移乗のマニュアルを作成しています。

傷病者への影響では、救急車内における胸骨圧迫の質をいかに確保するかについて研究。心肺停止症例では、胸骨圧迫の質が傷病者の予後を左右します。テキストには掌を重ねて肘を伸ばし、胸骨を垂直に、5㎝以上押してしっかり戻すことや、1分間に100回以上のリズムを保つことなど押す方法が示されているにもかかわらず、救急現場では、その基準に達していないという報告があります。そこで、人体モデルにセンサーを、圧迫する人に筋電計を付けて実験。トレーニングの際はモデルを置いた床面に膝をつくので、しっかり胸骨を圧迫できるのに対して、搬送中は救急車の構造上、肩と肘の関節を曲げた状態で胸骨圧迫を行うため、質が下がることが分かりました。

正しい姿勢で胸骨圧迫を行うには圧迫面の高さが重要です。日本では走行中の振動を取り除く防振架台が使用されているのですが、この高さが胸骨圧迫の質低下の要因であることも実験により明らかになりました。具体的に改善するには救急車の改造が必要となるので、救急車の構造まで踏み込んだ研究にも取り組んでいます。

救急車についても、欧米では傷病者を運ぶスペースにエアバッグが設置されていたり、救急隊員は走行中に立ってはいけないといった基準が設けられているのですが、日本には救急車に特化した基準はありません。科学的な根拠を示さなくては関係省庁もメーカーも基準見直しに乗り出さないので、今後さらに研究を進めて提言していきたいと考えています。

公助と自助の両輪で住民を救うFR制の構築

年々消防署における救急車の出動回数は増えており、2010年の出動は約546万件、国の試算では今後5年で630万件に達するといわれています。現場到着までの時間は2010年で平均8.1分、2000年は6.1分でした。また病院も細分化されていますから、搬送する側の病態の判断力が低いと、適切な搬送先を選べず命取りになってしまうこともあります。総務省消防庁はすべての救急隊に救急救命士が常時1人以上含まれる体制を目標としていますが、ベテラン世代の大量退職により絶対数が減っているため、救急救命士の育成は急務なのです。

ただ、救急救命士の育成だけではニーズに追い付きません。ですから救急隊が到着する前に近隣住民の手で最低限の応急処置を行えるようなシステム「ファーストレスポンダー制(FR制)」の構築も必要です。石川県加賀市のある地域での研修を受けた住民が登録し、緊急時には消防署からその住民に出動をメールで知らせて傷病者のもとに駆け付けるという取り組みについても消防庁の研究班として支援しました。本学でも学内で何かあった時に我々や救急救命学専攻の学生が応急処置を行うような取り組みを検討中です。こうしたモデル地域が増えていって全国的にシステム化され、昔ながらの助け合いの仕組みを作っていくことがFR制の狙いです。

本専攻には救急隊の実務経験と博士の学位を持つ3人の教員が着任しました。これだけの教員体制が充実している大学は国内でも希少だと思います。また工学系の教員と協働し、研究テーマも広がりました。今後は津波や水害などの災害時に浸水した場所で救助活動ができる水陸両用消防車の開発を行う予定です。これらの研究成果は教育にフィードバックしていきますから、学生の皆さんも大いに学んでください。教育と研究に全力を注いで救急活動のレベル向上に貢献し、救命率が少しでも向上することを願っています。

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