学園広報誌「FLOW」:キラリ*Josho note

14  [2016.8.10 発行]

摂南大学 住環境デザイン学科3年
緋田 高大  さん

「キラリ*Josho note」のページ14は、摂南大学の緋田 高大さんです。今回も常翔学園のキャンパスでキラリと輝く学生を紹介します。

車椅子バスケでリオにあと一歩 照準は東京パラリンピック

3歳の時の交通事故で下半身の自由を失い、以来車椅子の生活を送る緋田さんはリオデジャネイロパラリンピックの車椅子バスケットボール日本代表候補でした。30人の候補から12人に絞る選考合宿では最後の3月まで残り、代表へあと一歩でした。「選考合宿で自分の力がまだまだやなと痛感しました。スピードやパワーなど基礎能力が足りていませんでした。それが分かったことで次の東京パラリンピックへの可能性も見えてきました」と振り返ります。

車椅子バスケットボールはパラリンピックの中でもとりわけ当たりの激しい競技として知られています。選手同士のぶつかり合いで専用の車椅子が壊れてしまうこともあります。高校時代にジュニアの日本代表として海外での試合経験もある緋田さんですが、摂南大入学後は滋賀県の社会人チーム「LAKESHIGA バスケットボールクラブ」に所属しています。週2回の練習には、大学の授業を終えてから自分で車を運転し、草津や大津まで通っています。日本選手権にも出場した全国で強豪として知られるチームですが、そのチームで最年少の緋田さんは“司令塔役”のガードを任されています。「週2回の練習では足りないので、大阪府茨木市の実家から近い別のチームの練習にも参加しています。練習のない日はジムでの筋力トレーニングです」。毎日がバスケットボール中心に動いています。

車椅子バスケットボールとの出会いは小学生の時。「車椅子マラソンなどもしていましたが、チームで競技する楽しさにはまりました。何でも挑戦させてくれた両親に感謝しています」。大学卒業後も企業のアスリート雇用などでバスケットボールに打ち込むことを目指す緋田さんは、「海外の選手のパワーはすごく、当たってもぶっ飛ばされます。日本がそれに対抗するためにはスピードやパスの正確さなどの技術しかありません」と東京パラリンピックを見据える目がキラリと光っています。

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