マイナンバー制度スタート

摂南大学 経営学部 経営情報学科   久保 貞也   准教授

久保 貞也 准教授:摂南大学 経営学部 経営情報学科

PROFILE
1994年摂南大学経営情報学科卒業。1999年大阪工業大学大学院工学研究科博士課程修了。摂南大学経営情報学科助手、講師を経て、2003年から現職。2007年~2010年国立民族学博物館館外研究員。2011年~2012年リヴァプール大学マネジメントスクール名誉研究員。研究室の学生たちがPBL活動で考案した「カレーに乗せてはいけない福神漬け」が2014年度の「ワガヤネヤガワ・ベンチャービジネスコンテスト」(寝屋川市主催)でグランプリを受賞。博士(工学)。滋賀県出身。

新たな幸せを生む社会インフラ

日本に住民票のあるすべての人に12桁の番号を割り振る「マイナンバー制度」が1月、スタートしました。昨年10月から通知カードの郵送が始まり、今月から顔写真付きで身分証明書代わりにも使える「個人番号カード」が申請者に交付されます。「社会保障」「税」「災害対策」の3分野で利用が順次始まりますが、今後更に多くの分野へと利用が拡大する見通しです。一方で制度の具体的なメリットが見えにくく、個人情報流出などの漠然とした不安感や不信感を抱える人も多いようです。社会システムや自治体の電子化を研究し、大阪府八尾市の個人情報保護審議会委員も務める摂南大経営情報学科の久保貞也准教授に、制度導入の背景や今後の展開について聞きました。

導入を後押ししたのは東日本大震災

もともとは1960年代後半に当時の自民党政権が導入を検討した「国民総背番号制度」構想がありました。国民一人ひとりに番号を付ければ行政の把握が楽になるという管理的な発想が強く、国民の反対で頓挫しました。その後IT技術が格段に進化したこともあり、今回のマイナンバー制度は考え方そのものが国民総背番号制度とは異なります。管理的な考え方より、住民サービスの向上や課題の分析に生かすという考え方の方が強いものです。

導入のきっかけは2007年の「消えた年金」問題ですが、2010年から個人番号活用の再検討が進められているさなか、東日本大震災が起こり、広域的な視点での被災者支援に活用できる制度としても注目されたことで推進が加速しました。

自治体業務の効率化、コスト削減の要請は以前からあり、2002年の住民基本台帳カードもその一環でしたが、実際にはあまり普及しませんでした。形を変えて個人番号が復活したのですが、目的は負担と給付の公平・公正化や国民の利便性向上など、方向性は同じです。

見方で変わるメリットとデメリット

左:通知カード(見本) 右:個人番号カード(見本)=2点とも大阪市ホームページより

左:通知カード(見本) 右:個人番号カード(見本)=2点とも大阪市ホームページより

制度がスタートした当初は、国や自治体など行政側の「官のメリット」が目立ちそうですが、官が楽をするという意味で捉えない方がいいでしょう。人員削減が進む反面、仕事の範囲や質、量が拡大する一方の自治体にとって、この制度導入によって解放される人員、予算を他のサービス向上やニーズ開拓に向けられると期待できるからです。

とはいえ、まだ社会的なインフラを整備している段階です。当面、民間側の企業でも源泉徴収の関係で従業員のマイナンバーを安全に管理するためにそのコストが発生し、情報漏えいに対する罰則が科されるなどの「デメリット」ばかりが目立ち、「民のメリット」はすぐには感じられないかもしれません。しかし世界の名立たる企業がグーグルやアップルなど情報を扱う企業であるように、この情報インフラを使ってこれからどんどん新しいサービスや企業も生まれるでしょう。そもそも評価の高い「メイド・イン・ジャパン」製品の高品質化も、生産管理の情報を的確に活用できたことが大きく寄与しています。

また国民にとっては、自治体窓口で申請しなければ得られないサービスという構造的な問題も改善されます。役所特有の煩雑な申請手続での添付書類の省略が図られます。引っ越しの際に自治体間でサービスが受けられたり受けられなかったりといった不公平もなくなります。

今後、医療や金融など公益性、公共性が高い分野での民間利用も見込まれます。医療情報が悪用されて病歴によって保険に加入できないとか就職差別が起きるのでは、といった懸念は確かにあります。しかし他方、成人病の予備軍の市民に自治体が早めに予防医療や食事のアドバイスを提供することもできるのです。管理されて気持ち悪いと思うか、健康寿命が伸びることを評価するか、見方次第で変わります。金融の分野でも資産が丸裸になるということに気持ち悪さを感じる人がある一方で、不公平感をなくし、これまで徴収できていなかった税金が増えれば全体の税率を下げることにもつながります。

それ以外でも、国や自治体が持つビッグデータを公開し地域の分析などに利用するオープンデータが一層進むでしょう。災害時の避難支援や観光ビジネスのための分析などで既に活用例があります。

問題が起きる前提でリスクマネジメントを

最も大きな懸念は個人情報流出やサイバー犯罪です。しかしその多くは危機意識や知識があればある程度防げるものです。例えば年金機構の年金情報流出問題は、メールの管理が甘い、サーバのセキュリティが低い、職員の情報リテラシー不足など複数の要因が重なった結果起きてしまったもので、技術的な欠陥ではなく組織体制の問題です。

また、こうした問題を未然に防ぐ姿勢は当然重要ですが、完璧には防げないということも想定して、どのように対応するかというリスクマネジメントの能力も問われます。個人の情報リテラシーと組織の対応能力(責任の所在や対応マニュアル、方針など)を日々更新して整えていくことが大切です。

現に早くも高齢者を狙った詐欺事件も起きています。ITが特殊なもの、とても高度なものと考えていると騙されやすいということがあります。それを防ぐためには行政からの正確で分かりやすい広報が大切です。今回のマイナンバー制度については総務省や自治体のホームページをはじめ、SNS、広報誌などで広く情報提供が行われています。ただし、本当に必要とする人に届いているかどうかは、これから検証が必要でしょう。

私は学生たちと研究室の取り組みで、スマートフォンの安全対策講座やサイバー犯罪対策のイベントを行っています。これは同じ学科の針尾大嗣准教授の研究室とともに大阪府警と協力して行っているボランティア活動です。小中学生やその保護者の方々を対象に、正しい情報技術を知ってもらい、危険から身を守る方法を学んでもらうことが狙いです。同時に、情報技術者として身に付けるべき倫理観や素養というものに学生自身が気付く機会にもなっています。

私自身、研究で多くの自治体とかかわっていますが、自治体の情報管理は恐らく皆さんが思っている以上に進んでおり、自治体CIO(最高情報責任者)を設置するところも多く、その重要性が増しています。自治体ごとに電子化の格差があるのも事実ですが、システムの基盤をそろえて、セキュリティの質を高めようとしている現状は評価できると思います。

社会や経済活動にメリット

マイナンバーカード発行によるビジネスチャンスはあるでしょうが、恐らく一瞬です。大所高所から考えると、マイナンバー制度は利益のためのチャンスではなく、あくまで医療分野などへの活用を見据えた幸せのための社会基盤と捉えた方がいいと思います。電気やITといったインフラは普及するまでは高価なビジネスチャンスに見えますが、いざ広まってしまうと日常のものと化します。マイナンバー制度も同じです。情報を軸とした変革やサービス開発は、市民生活や企業経営の面で大きなメリットをもたらします。マイナンバー制度をベースに新たに生まれるものに期待したいです。

市町村のブランド戦略も研究する研究室からは、ベンチャービジネスコンテストでグランプリを受賞し学長表彰を受けた学生らも

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