マルチな活動で禅の心を広める臨床心理士の僧侶

曹洞宗普門寺 副住職   吉村 昇洋   さん

吉村 昇洋 さん:曹洞宗普門寺 副住職

PROFILE
1993年駒澤大学仏教学部卒、2002年同大学院人文科学研究科修士課程を修了し福井の永平寺に入山。修行を終えて、東京で精神保健福祉の仕事などを経験し2008年に広島の普門寺に。2010年広島国際大学大学院実践臨床心理学専攻専門職学位課程修了。2016年に5冊目の著書となる「禅に学ぶくらしの整え方」(オレンジページ)を出版したほか、「心が疲れたらお粥を食べなさい」(幻冬舎)や「週末禅僧ごはん」(主婦と生活社)など著書多数。博物館学芸員資格も持つ。広島県出身。

寺の副住職だけでなく、精進料理の普及、仏教マンガの研究、写真家、臨床心理士としての勤務、各地の大学やカルチャーセンターでの講師、NHKEテレ「趣味Do 楽」やテレビ朝日「タモリ倶楽部」などテレビ・ラジオ番組への出演、雑誌や本の執筆。広島国際大大学院で臨床心理学を学んだ禅僧、吉村昇洋さんはいくつもの顔を持つマルチな才人ですが、その活動の核には禅仏教を広め伝えたいという思いがあります。

吉村さんは戦国武将、毛利元就ゆかりの寺で400年以上の歴史を持つ曹洞宗普門寺(広島市中区)の長男として生まれました。もともと精神科医を目指していましたが、高校3年の冬にたまたま見つけたマンガ「孔雀王 退魔聖伝」(作・荻野真)を読んで初めて仏教的なものに引かれました。「家の寺は継がないつもりでいたのに、仏教って案外面白いかも、と考えられるようになったのです」。合格していた第一志望の生物学系の国立大学と、仏教系の大学のどちらに進むか悩みましたが、仏教マンガとの出会いが後押ししました。

大学・大学院で仏教学を専攻した後、曹洞宗の大本山永平寺(福井県)で2年2カ月の修行生活を送りました。「一挙手一投足が仏道修行という厳しさでしたが、すべてが自分に向き合うぜいたくな時間だと思うと楽しかったです」。永平寺では調理担当も経験し、精進料理と出会いました。もともと料理は好きで、その素晴らしさのとりこになりました。今では精進料理を広めるため、各地で講習会を開いたり、料理本を出したり、「禅僧の台所~オトナの精進料理」というブログも運営しています。「食を通すと禅の教えが伝わりやすいのです。例えば精進料理では食材のすべてを無駄にしません。これは道元禅師の『野菜一つも仏と思って大切にせよ』の戒めです。ごみとして捨てられることの多い皮や根っこも食材として生かされます」

30歳で広島国際大大学院に入学し臨床心理学を学びました。「僧侶は人の心と向き合い、話を聞くことが大前提。そのために役立つと思ったのです」。臨床心理学の中でも特にクライアントの不適応行動に着目し改善する行動療法を学びました。「心理学出身ではなかったので入学当初は勉強で苦労しました。永平寺の修行よりきつかったかもしれません」と笑いながら振り返ります。今は広島市内の精神科病院の社会復帰施設で週に2~3日、臨床心理士としても勤務しています。「私にとって、心理学をコンピューターのアプリケーション(応用ソフトウエア)とするなら仏教はOS(基本ソフトウエア)。心理学の理論を動かす〝人間力"を培うのが仏教だと捉えています」。吉村さんの中では2つが互いに補完し合っているのです。

吉村さんの活動のもう一つ大きな柱は仏教マンガ研究です。数ある仏教マンガを4つのカテゴリーに分類し、データベースも作りました。「他にこんな研究をしている人がいない」ことからネットや雑誌への執筆依頼や講演などに引っ張りだこです。自身を仏教へと導いたのがマンガだったこともあり、今やライフワークとなっています。

テレビドラマやマンガで僧侶が取り上げられることが増え、世の中は仏教ブームです。「私も含めて若手僧侶がネットでどんどん発信するようになったことが大きいと思います。同世代の若者が仏教に関心を示すようになったのです」。自坊の座禅会や精進料理、ヨガ教室にも若い人の参加者が増えていてブームを実感しています。

宗派を超えての仏教イベントや雑誌対談、テレビ・ラジオ出演と、仏教を広めるための活動に休みなく精力的に取り組む吉村さん。「いろんなことに手を出しているのは、『この世に無駄なことは何一つない』ということを永平寺で学んだからです」。どんな経験にも何かしらの気付きがあり、失敗しても丁寧に向き合うことで自分独自のものの見方を持つことができる、ということも若い後輩たちに伝えたいことです。

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