学生と実験について打ち合わせをする飯田准教授(中央)(写真3)ボタニガードESの散布の有無による葉の状態の違いかび病菌でも耐性菌が発生しています。そのため、化学農薬の代わりとなる生物農薬は世界中で関心が高まりつつあります。化学農薬が効かなくなっている原因は、人間の医薬に対する耐性菌と同じような理由で、同じ薬剤だけを長期間使い続けたことや、農薬ごとに決まっている濃度や使用回数を守らずに使ったためだと考えられています。また農薬を使う時には異なる仕組みの薬剤をローテーションで使うことが推奨されていますが、異なる商品名で販売されていても同じ仕組みの薬剤である場合もあり、気づかずに連続して使用してしまうケースもあります。このような状況の下で農林水産省は、農作物の生産力の向上と地球環境の持続性を両立させるために「みどりの食料システム戦略」を策定し、化学農薬の使用について2050年までに50%減らす目標を設定しました。環境先進国が多いヨーロッパでは化学農薬から生物農薬へと転換する動きが活発になっています。日本でも今後、生物農薬の使用が広がることが期待されます。カビを食べるカビ以外にも、私たちは国や都道府県の研究所、企業と連携し、生物農薬の開発に取り組んできました。一般に農薬は、病原菌には殺菌剤、害虫には殺虫剤という、全く異なる成分が含まれています。我々は、ある昆虫寄生菌が殺虫性だけでなく、殺菌効果をも持つことを発見し、その防除メカニズムを解明しました。残念ながら、先ほどお話ししたトマト葉かび病菌には効かなかったのですが、多くの野菜に病気をもたらす「うどんこ病」に大変強い効果があり、新たなタイプの生物農薬「ボタニガードES」として登録することができました(写真3)。この生物農薬を使えば、1つの農薬で害虫と病気の両方を同時に抑えることが可能となり、農薬散布の労力やコスト削減につながります。 この昆虫寄生菌は葉の上でうどんこ病菌を直接抑えるのですが、それだけでなく、植物の中に住み込んで病原菌の侵入を感知すると、植物免疫システムを発動するよう促すため、「防犯センサーを押すガードマン」のような役割を果たしていることが分かりました。この研究は農林水産省の研究プロジェクトの一環として実施したため、研究成果を分かりやすいアニメーション(下図は一場面)にして特設ページで紹介しています。 生物農薬で防除できる害虫や病原菌はまだまだ限られていて、化学農薬に比べるとやや高価というデメリットもありますが、薬剤耐性菌が出にくく環境への負荷が少ないことから持続可能な農作物の保護に貢献するものです。植物の感染症の研究では、植物の防御システムや病原菌の感染パターン、微生物同士の戦いなど、まだまだ未知の分野が多く興味は尽きません。発病メカニズムを解明していくことで、病原菌が回避しにくい新たなタイプの抵抗性品種や、環境に優しい生物農薬を開発し、農家に安全で適切な技術を、また消費者には安定した「食」を提供できるよう研究を続けていきたいと思います。08November, 2024|No.109|FLOW1つの生物農薬で害虫にも病気にも飯田准教授の生物農薬に関する研究成果の特設ページhttps://www.setsunan.ac.jp/˜pp/inobe
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