(写真2) ㊧葉かび病菌を食べる白いカビの付いたトマトの葉 ㊨トマトの葉の表面を電子顕微鏡で拡大した写真駆使しているのです。しかし、農作物としての育てやすさ、おいしさ、収穫量の増加など人間に都合のよい価値を求めて品種改良を繰り返す過程で、原種が持っていた免疫に関わる遺伝子が少しずつ失われてしまったと考えられています。例えば私が子供の頃、ピーマンは苦みが強く、苦手とする子も多かったですが、今では昔のような苦みは和らぎました。苦みとなる成分には、抗菌性物質として病原菌の感染を防ぐものもあります。人間にとっておいしい作物になったことで病原菌にとってもおいしくなってしまった、つまり、病気にかかりやすくなったのです。そこで、元々持っていた免疫に関わる遺伝子を、おいしくなった品種に戻す品種改良が行われてきました。これら病気に強い品種は「抵抗性品種」と呼ばれ、トマト葉かび病に対しても非常に有効な予防策の1つとして多くの抵抗性品種が開発され、利用されてきました。ところが、コロナウイルスでも変異系統がニュースになったように、葉かび病菌も変異することによって抵抗性品種の免疫システムを回避し、発病するケースが増えてきたのです。そこで、新しい変異株に対応しようと新たに別の免疫遺伝子を持つ抵抗性品種が開発されました。病原菌の変異によって、その品種も発病するようになると、更に新たな品種の開発という、いたちごっこが繰り返されてきました。その結果、新たな抵抗性品種を作るのが難しくなってしまいました。 では、なぜトマト葉かび病菌が、簡単に抵抗性品種に発病することができるようになったのでしょう? 私たちは、病原菌の変異によって抵抗性が回避されるメカニズムについて、ニュージーランドとオランダの大学との共同研究に取り組みました。欧州、日本、ニュージーランド、中国、タンザニアなど世界中のトマト葉かび病菌のゲノム情報を比較した結果、菌は自らの複数の遺伝子を連続的に変異させ、トマトの持つ防犯センサーによる菌の侵入を感知するシステムが無力化されてしまったことが判明しました。しかも、このような変異は、世界で同時期に発生していたことも明らかになりました。現在、病原菌の変異によって回避されにくい抵抗性品種の開発に向けて更なる研究を行っています。ただ、新しい抵抗性品種の開発には10年の歳月がかかるとされており、この病原菌に苦しむ農家のためには、別の方法を考えなければなりません。そこで新たな防除戦略として、いま我々が注目しているのが「カビを食べるカビ」です。トマト葉かび病菌を全国から集めている時に、見たことのないカビを偶然見つけました(写真2)。トマト葉かび病の症状は褐色ですが、このカビは白色のコロニー(集まり)を作ります。最初は葉かび病菌の突然変異体かと思いましたが、電子顕微鏡で観察すると、葉かび病菌を食べていることが分かりました。カビを食べるカビは何でも食べることが多いのですが、今回見つけたカビは変わり者で葉かび病菌だけを食べる偏食型でした。このカビを葉かび病菌の「生物農薬」として利用できるのではないかと考え、食の好みを決定づけている遺伝子やタンパク質を大学院生とともに解析しています。生物農薬とは、病原菌や害虫などを駆除できる生物を用いた「生きた農薬」のことです。人間の病気で抗生物質の効かない耐性菌が問題になっていますが、植物の世界でも同じように化学農薬の効きにくい病原菌や害虫が問題になっており、トマト葉07FLOW|No.109|November, 2024カビを食べるカビで防除トマト葉かび病菌の菌糸カビを食べるカビの菌糸
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