常翔学園FLOW108号
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液滴13FLOW|No.108|August, 2024や五面体、四面体のリキッドマーブルを作製できることが分かりました(図2、3、4)。扁球形のリキッドマーブル2つを合体させるとダンベルのような形になったり、多数の球形リキッドマーブルを順番に結合させていくと長い棒状の滴を作ったりもでき、最長で1.7mになりました。私たちが開発したリキッドマーブルは滴の形を自在にデザインできることから、エレクトロニクス分野をはじめ、さまざまな工業分野に応用できる基本技術として今後もますます注目されると考えています。大小大四面体私がリキッドマーブルを研究する中で大きな刺激を受けたのは2012年から5年間実施された科学研究費の大型プロジェクト「生物多様性を規範とする革新的材料技術」に公募研究員として参加した時のことです。代表を務めていた東北大の下村政嗣教授(現:公立千歳科学技術大名誉教授)の専門は生物の構造や機能を模倣して再現する研究「バイオミメティクス」です。プロジェクトでは、生物の特徴的な機能を明らかにすることから環境・資源ならびにエネルギー問題の解決につながる「生物規範工学」という新たな研究分野を作ることを目的にしていて、工学や生物学、博物学、経済学などさまざまな分野の研究者が集っていました。 下村教授は私にアブラムシの研究をしている北海道大大学院農学研究院の秋元信一教授(昆虫体系学研究室、現在は同大名誉教授)を紹介してくれました。アブラムシの中には、肛門から出す甘露を体から出すワックス成分で覆ってリキッドマーブルを作っている種がいるからでした。 北海道大に秋元教授を訪ね、案内を受けながら札幌キャンパスを歩くと、ハルニレ(エルム)の木にくるくると丸まった葉が見えました。「虫こぶ」と呼ばれるもので、中にアブラムシが生息しています。虫こぶをつつくと、直径0.1mmほどの白い球がぼろぼろとこぼれ出ました。アブラムシのリキッドマーブルです(写真)。秋元教授になめてみるよう促され、ためらいつつも口に含むと「甘い」と味覚への刺激を受けました。しかし、それ以上に私を驚かせたのは、リキッドマーブルを指でつぶすと、コロコロとした状態がベタベタとした感触に変化したことでした。「これは、新たな粘着剤に応用できるのではないか」とひらめきました。 アブラムシは粘着性のある甘露をワックスで覆うことで、虫こぶの外に排出しやすくしています。虫こぶが半閉鎖空間になっているため、甘露がたまると自分がおぼれ死ぬことや、糖分が高い甘露により生活空間にカビが生えることを防ぐためだと考えられています。アブラムシのリキッドマーブルの調査分析には、私の研究室の学生が北海道に3カ月近く滞在して、約2000個のリキッドマーブルを集めて大きさを測定し、甘露やワックスの成分、電子顕微鏡で粒子の付着状態などを調べました。調査を元に粉体状粘着剤を開発しました。粘着性高分子のポリアクリル酸n−ブチル粒子の水分散体の滴を炭酸カルシウム粒子の乾燥体の上に転がし、内部にラテックスが含まれたリキッドマーブルを作ります。その後、水分が蒸発することで、中心が粘着性高分子、周囲は炭酸カルシウム粒子というリキッドマーブルの粘着剤を完成させました。現在、この粉体状粘着剤は製品化に向けて企業と研究を進めています。大量生産できることや一定期間安定した状態で保存できることが求められるので、市場に出回るにはもプレート五面体六面体Adapted with permission from F. Geyer et al., Adv. Funct. Mater. 2019.29, 1808826. Copyright 2019 John Wiley and Sons.(図2)六角形プレートを使って作製するリキッドマーブルのイメージ図厚み40〜50マイクロメートル対角の長さ0.2〜2mm(図3)プレートと液滴のサイズとリキッドマーブルの形状(図4)リキッドマーブルの多面体0.5mm1mm0.5mm0.5mm1mm1mmプレート90°液滴0.5mmReprinted with permission from M. Kasahara et al., Langmuir 2019, 35, 6169. Copyright 2019 American Chemical Society. (写真)アブラムシ(左)とアブラムシのリキッドマーブルアブラムシの甘露をヒントに粉体状粘着剤

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