常翔学園FLOW99号
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10August, 2022|No.99|FLOW■米ドルの通貨供給量の推移(縦軸の目盛りは1兆ドル、網掛けは景気後退期) =FREDの資料より■日本のカロリーベースでの食料自給率の推移(縦軸は%)=農林水産省食料需給表 2008年に似ている危機そこにウクライナ危機が加わり、供給が更に減ったので値上がりが加速したのです。これと比較できるのが2008年の食料危機です。この時は天候不順でオーストラリアやウクライナの農産物が不作となったのと、その前からのドル安が影響しました。世界で飢餓人口がアフリカ、アジアを中心に4000万人増えたと言われています。長期的には世界の慢性的な飢餓人口(約8億人)は減る傾向ですが、食料危機が起こるとそれが跳ね上がります。今回の食料危機では国連のWFP(国連世界食糧計画)やFAO(国連世界食糧農業機関)は、飢餓人口が数百万人増えると予測していますが、ウクライナ危機が長引けば2008年の4000万人以上にもなりうると私は懸念します。それほど深刻です。 この危機にWFPは先進各国などからの拠出金を呼び掛けていますが、現在ウクライナからの難民支援という課題もありおカネが足りない状況です。日本には政府による約100万トンのコメの備蓄がありますが、貧しい国々に食料の備蓄はほとんどありません。オイルショックを彷彿 コメの備蓄があるとはいえ、日本の状況も楽観はできません。食品や日用品の値上げラッシュは、日本が長かったデフレ経済からインフレの時代に突入したことを示しています。日銀が目標としている物価のインフレ率2%を一気に達成しそうですが、政府の経済政策が効果をもたらした望まれたインフレではありません。賃金上昇を伴わない歓迎されないインフレです。 世界の投資家たちは現在の世界経済が1970年代に起きたオイルショック=*の時代に似ていると見ています。変わらなければ値上がりにつながります。生産量が変わらないどころか、コロナ禍による工場の操業停止で供給が減少するという事態も起きていたのです。米国の場合は、給付金が日本ほど預貯金に回らず、すぐに購買に使われる傾向が強いのでなおさらインフレに直結します。 約10年にわたって幾度もインフレの波が押し寄せ次第に大きくなっていきました。コロナ危機やウクライナ危機が収束しても、現在のインフレはしばらく続くと予想されます。それほどこれまでの世界の金融緩和の影響が大きいのです。日本経済はインフレに加えて、急速な円安の進行というダブルショックに見舞われています。欧米主要各国がインフレ対策として一斉に利上げに踏み切る中、日銀は金融緩和を維持すると表明し、その金利差でますます円安が進んでいます。日本は国の借金である国債が1241兆円に膨れ上がっており、金利が1%上がれば国債費が3.8兆円増えると試算されています。国債費が増えれば財政を圧迫するため、利上げをしたくてもなかなかできない事情があります。ハードルの高い食料自給率アップ輸入先の分散と食の多様化を この食料危機に対する日本の対策としては、長期的には食料自給率を上げることです。自給率を上げれば国際価格の影響を受けにくくなりますが、カロリーベースで4割を切る日本の食料自給率を引き上げるのはなかなか難しい課題です。農家への補助金や輸入農産物への高い関税で自給率を維持することが本当に日本にプラスになるのかもよく考える必要があります。例えば外国のコメには800%もの関税が掛けられています。しかし今では海外でもコシヒカリが作られ、日本と変わらないおいしいコメを輸入できますが、関税によって100円で買えるものが900円になるのです。もしコメの値段がそれだけ安くなれば家計は大いに助かります。私はかつてコメの輸入自由化をした場合のメリットとデメリットをシミュレーションしましたが、メリットの方が大きいという結論になりました。コメの輸入自由化には抵抗が大きく、政治的な決断が必要です。参考になるのは過去の牛肉の自由化で、中曽根政権が断行しましたが当初は大きな反対が起きました。確かに自由化によって肉牛農家は減少しましたが、日本の牛肉生産量は大規模化・合理化によって自由化以前より増え、和牛も含めて牛肉価格が下がったことで消費量も増加しました。輸入自由化が必ずしも自給率を下げるとは言えません。 短期的にできる対策は輸入先の分散化によるリスクの分散化です。リスクの分散という点では、食の多様化も進めるべきです。ご飯もパンも食べる日本は食の多様化がある程度進んでいますが、まだまだ食べられていない食材も多いです。クスクスやキャッサバなどは世界の多くの国で食べられていますが、日本人の多くは口にしたこともありません。近年は東南アジアなどで多く食べられている昆虫食にも注目が集まっています。子供たちへの「食育」を進めて食の多様化を図ることも求められます。 この危機に私たち消費者は日本円のみの預貯金を一部外貨にすることで円安リスクを回避をすることなども考える必要があります。日本が輸出大国と言われたのは過去のことで、エネルギーも食料も輸入頼みで、円安のダメージはとても大きくなり、期待できるのはインバウンドの観光収入くらいです。日本経済が大変な危機の時代を迎えようとしていると懸念します。*2008年のリーマンショックで経済を回復させるために増加。2020年のコロナで約2倍に増加*注=1973年の第4次中東戦争、79年のイラン革命をきっかけに起きた石油の供給危機。石油価格が高騰し、先進各国で不況とインフレが同時進行した。日本ではスーパーの店先などでトイレットペーパーなどの商品を奪い合うパニックもあった。1960196519701975198019851990199520002005201020152020

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