ニューウェーブ教育・研究09FLOW|No.99|August, 2022摂南大学 経済学部 経済学科■ウクライナの主な農産物の世界貿易に占める割合 =2019年、FAOの資料よりヒマワリ油 トウモロコシ 大麦 小麦 食料安全保障(以下、食料安保)の国連の定義を分かりやすく言えば、<世界中の人々が、安全で栄養価が高くバランスの取れた食料を、ある程度の価格でいつでも消費できることを目指すこと>です。私の大きな研究テーマの1つが食料安保で、これまでにさまざまな数値データを基に海外の政府の食料政策等のアドバイザーなどの仕事もしてきました。 ウクライナで戦争が始まり、世界の食料安保がにわかに注目されています。2月から世界的に小麦、トウモロコシなどウクライナやロシアが輸出する農産物が一気に値上がりしました。特にウクライナから小麦を大量に輸入していた中東やアフリカの国々への影響は深刻です。それだけでなくロシアが世界各国に輸出する肥料が滞ると長期的に農業に影響し、農産物の供給減が起きて更なる食料の値上がりにつながります。16%10%9%また、ロシアからの天然ガス、原油の輸入が止まり、燃料価格も値上がりすると、バイオ燃料も連動して値上がりし、その原料のトウモロコシや大豆の需要が増え、それら穀物が値上がりします。 日本でも食料品の値上げラッシュが止まりません=*。最近の円安がそれに拍車をかけています。輸入小麦の価格は国から製粉会社に売り渡す価格が4月に平均17.3%引き上げられましたが、この状況が続けば10月の価格改定でも大幅なアップが予想されます。農産物の価格は国際市場で決まり、その影響はやがて日本にも波及します。アベノミクスなど金融緩和が背景に 実はこの値上げラッシュはウクライナ危機以前から始まっていました。昨年の秋から世界の商品市場では値上がりが始まっていたのです。値上がりの原因は世界各国政府が行ってきた金融緩和政策によるカネ余りと最近のコロナ禍で、需要が増え供給が減ったということです。 金融緩和とは、要するに景気回復のためにおカネを刷って株価を上げる策です。米国ではリーマンショック後の2008年ごろから、日本ではアベノミクスで2012年から始まりました。カネ余りが生まれ、世界の商品市場に投機マネーを呼び込んでいました。この状況にコロナ給付金が重なり、おカネが更にあふれました。日本では国民1人に10万円の特別給付があり、米国では約30万円が給付されました。特別給付の財源は国債発行です。日本の人口1億2000万人×10万円で総額12兆円にもなります。日本人の場合、預貯金に回す分も多いですが、とにかく給付金で購買意欲が高まり需要が増えます。生産量がたなか・てつじ ■ 2000年上武大学経営情報学部経営情報学科卒。02年筑波大学第一学群社会学類経済学専攻卒。 05年東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程修了。12年ロンドン大学(東洋・アフリカ研究)博士課程修了。09〜10年政策研究大学院大学客員研究員。12〜14年英国アバディーン大学特別研究員。14〜16年米国メリーランド大学カレッジパーク校研究員。17年摂南大学経済学部講師。22年より現職。スコットランド政府の食料政策アドバイザーやチリ政府の環境政策コンサルタントなども歴任。研究分野は食料安全保障、食料自給率 、経済政策モデリング。著書に『Risk Assessment of Food Supply: A Computable General Equilibrium Approach』(Cambridge Scholars Publishing、2012年)。Ph.D. (Finance and Management)。埼玉県出身。*注=帝国データバンクの調査では、主要食品メーカー105社が2022年に値上げする商品は1万789品目(6月1日時点、実施済み含む)に及び、値上げ幅(各品目の最大値)の平均は13%に。小麦関連のパンや麺類だけでなく、原油価格上昇による輸送コストのアップはあらゆる品目に波及し、食品以外の紙おむつやティッシュペーパー、衣料用洗剤なども値上がりした。42%どうなる日本の食料安全保障ロシアによるウクライナ侵攻が世界の食料事情にも大きな影響を与えています。ロシア南西部からウクライナに広がる「欧州のパンかご」。そこからの小麦は世界の輸出量の3割を占め、それがストップしたのです。中東を中心に世界的に小麦などの価格が急騰。ロシアは水産物など他の食料の大きな生産地でもあり、日本でも食品の値上げラッシュが続いています。コロナ禍のパンデミックも農業生産に大きな影響を与えています。食料自給率アップが課題の日本の食料安全保障はどうなるのでしょうか。食料安全保障や食料自給率を研究する摂南大経済学科の田中鉄二准教授は、海外の政府の食料政策のアドバイザーなども歴任し、世界の食料事情に精通しています。田中准教授に、ウクライナ危機が世界の食料事情に与える影響、日本の食料安全保障への影響と政府が今後どう対応すべきか、消費者の私たちが備えるべきこと、などを聞きました。金融緩和とコロナ禍で始まっていた世界の食料危機ウクライナ危機で加速田中 鉄二准教授
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