常翔学園FLOW96号
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07 FLOW I No.96 I JANUARY, 2022 *注【人間環境宣言】=前文7項と26の原則からなり、現在及び将来の世代のために人間環境の保全と改善を表明し、環境問題が人類に対する脅威であり、国際的に取り組むべきことと明言している直際環境法の基本文園。国際水路条約の「死活的ニーズ」国連の17の持続可能な開発目標であるSDGsの6番目に挙げられているのが「安全な水とトイレを世界中に」。蛇口をひねると安全で清潔な水が出てくるのは日本では当たり前ですが、世界では4人に1人がきれいな水を使えないのが現実です。また、島国の日本と違って、いくつもの国が隣り合う地域では河川や湖という水源を巡る争いが絶えません。不衛生な水や水不足は感染症などの病気や農作物の不作など人間の生存を左右する基本的人権問題と言えます。世界の水問題を国際環境法という視点から研究する摂南大法律学科の鳥谷部壌講師に、国際的な水問題の歴史や紛争を解決する法的な枠組み、SDGsの「安全な水」達成に必要な法整備などについて聞きました。•••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••• 国際河川のルール化が珊境法の始まり私が研究する国際環境法は国際法の一部で、比較的新しい分野です。1972年にスウェーデンのストックホルムで開かれた国連人間環境会議で採択された人間環境宣言=注=を契機に発展しました。国際法はさまざまな条約の束と法的な常識とも言える慣習法で構成されますが、国際環境法はそれに加えて国際組織の決議やさまざまな条約の締約国会議のコンセンサスも法規範を形成します。その国際環境法の条約の数は今では約3000にもなりますが、パリ協定のように全世界をしばるような条約は少なく、ほとんどが特定の地域内や2国間で結ばれる条約です。条約は各国に守らせる強制力はなく、守らなくてもおとがめがありませんし、慣習法はあいまいな部分も多いので、「条約は紙くずでしかないが、慣習法は紙くずですらない」と皮肉られるように、国際法は不安定な基盤の上に成り立っています。だから国際環境法の近年の中心的理念は、法的拘束力を持たないが協力を重視する「ソフト・ロー」と言われています。拘束力はないが協力しなければ国際社会で「法の支配を無視する国」のレッテルを貼られるという国家にとってのリスクが、ソフト・ローを支えます。歴史的には環境法の一番古い分野は国際河川利用のルール化でした。ドナウ川やライン川という多くの国際河川があるヨーロッパで国際環境法の規範が作られていきました。国際環境法の中でも国際水路法や国際河川法という水に関する法体系に私が関心を持つようになったのは、そうした歴史に興味を持ったほかに、大学院時代の2010年に「ウルグアイ川パルプ工場事件」の国際司法裁判所(ICJ)判決に出会ったからです。パルプ工場建設による汚染被害を対岸のアルゼンチンが訴えたものですが、その判決は国際環境法の法体系そのものに大きな影轡を与えました。今では教科書に出て来る判例で、環境影轡評価は国境を越えて実施、その結果を相手国に通報、異議申し立てがあれば協議、その間はエ事を中断、という手続きの原則を明示し、ウルグアイの手続き違反を認めました。さてSDGsの「安全な水」は、環境の問題という以前にまず人権の問題と捉えられます。日本と違って途上国では安全で衛生的な水にアクセスできない人々が多く、国連総会で飲料水についての決議などが繰り返され、国際人権法や国際人権規約で守られる「特別の考慮」は「考慮の強制」に

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