常翔学園FLOW94号
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日本の医療の特徴•国民皆保険•フリーアクセス•自由開業制← 公的制度← 市場経済•公衆衛生の向上•医療技術の向上・普及•医療施設の充実世界最長の平均寿命、医療アクセスが容易日本位位スイスを歳上回る民間病院批判は的外れ 医療に関しては世界トップレベルを自負してきたはずの日本ですが、2019年末に始まった新型コロナ禍が進むにつれて、国民の間に大きな疑問が生まれました。「欧米などに比べて感染者数ははるかに少なく10分の1以下で、しかも医療が進み病床数も世界一の日本でなぜ医療崩壊が懸念されるような事態になったのか」という疑問です。実際に大阪などでは、感染しても病院に入院できずに施設で亡くなる高齢者や、自宅療養を強いられた感染者が急変し亡くなるという悲劇が相次ぎました。「9割を占める民間病院の協力が十分でないからだ」との声も聞かれますが、危機の本当の原因は何なのか。東京の大病院の経営に携わり、今も病院に経営のアドバイスを続けるなど医療現場の実情に精通する広島国際大医療経営学科の成清哲也教授に聞きました。高機能医療に対応できない「病床数世界一」 私は新型コロナによる日本の医療崩壊を考えるうえで、諸外国と比較する空間軸と歴史から学ぶ時間軸の2つの軸が大切だと思っています。 まず諸外国との比較では、確かに日本の人口1000人当たりの病床数13は世界で突出して多く、例えば米国と比べると4倍以上です。ところが新型コロナで求められる医療は、救命措置ができる高機能病棟で行われるため、ICU病床や専門医が必要です。そこでICU等病床数、医師数、看護師数を比べると、ほとんどで日本は欧米に大きく見劣りします=表1。これでは新型コロナに効果的に対応することはできません。これは「民間病院の協力が少ない」といった問題ではなく、これまで日本が作り上げてきた医療システムの問題で、人的リソース割り振りという国家戦略の結果なのです。そもそも民間病院には感染症専門医が少なく、中小病院が多くてコロナ患者のゾーニング(区分け)すらままならないために受け入れは困難だったのです。ガラパゴス化した日本医療 次に日本の医療システムを歴史的に見ましょう。第2次世界大戦後に、日本の復興を急ぎ、民間の活力を利用しようとしたGHQの指導の下に出来上がっていったのが現在のシステムです。すなわち、(1)国民皆保険、(2)患者が病院を自由に選べるフリーアクセス、(3)医師の自由開業制、です。これを私たちは当たり前と思っているかもしれませんが、世界でもまれなシステムで、例えば英国では市民は住んでいる地域でかかりつけ医が決まっていて、患者は病院を自由に選べません。フリーアクセスと自由開業制はまさに市場経済のシステムです。そのため民間病院は経営努力が求められ、仮に潰れても国が助けてくれることはまずありません。民間病院が市場経済の原理に基づいて運営されていることを鑑みると、民間病院にコロナ対応のインセンティブはありません。 このシステムの下、公衆衛生が一挙に広まり、医療技術の向上や医療設備の普及もあって、日本は世界一の長寿国を達成しました。この珍しいシステムがあまりにもうまく最適化し、いわばガラパゴス化してしまったことで、長年の制度疲労を見逃してしまったのです。今回の新型コロナ禍ではそれがあだになったと言えます。米国の経営学者クレイトン・クリステンセン(1952~2020年)が指摘した「成功のジレンマ」(成功が更なるイノベーションの足かせになる)です。ニューウェーブ教育・研究広島国際大学 健康科学部 医療経営学科成清 哲也 教授表1 病床数等の各国比較日本ドイツフランス米国英国人口千人あたり病床数10万人あたりICU等病床数100病床あたり医師数100病床あたり看護師数コロナ禍での医療崩壊危機戦後システムの制度疲労と医療を市場原理に任せたツケなりきよ・てつや ■1980年東京理科大学工学部第二部経営工学科卒。2007年東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科医歯科学専攻医療管理政策学コース修士課程修了。1980年東京医科大学入職。医療サービス部門、情報システム部門、経営企画室室長を歴任。2017年広島国際大学医療経営学部医療経営学科教授。2020年から現職。北海道大学大学院、神戸大学大学院非常勤講師。日本医療情報学会常任幹事。修士(医療管理学)。福岡県出身。15FLOW | No.94 | August, 2021日本の医療の特徴•国民皆保険•フリーアクセス•自由開業制← 公的制度← 市場経済•公衆衛生の向上•医療技術の向上・普及•医療施設の充実世界最長の平均寿命、医療アクセスが容易日本位位スイスを歳上回る民間病院批判は的外れ 医療に関しては世界トップレベルを自負してきたはずの日本ですが、2019年末に始まった新型コロナ禍が進むにつれて、国民の間に大きな疑問が生まれました。「欧米などに比べて感染者数ははるかに少なく10分の1以下で、しかも医療が進み病床数も世界一の日本でなぜ医療崩壊が懸念されるような事態になったのか」という疑問です。実際に大阪などでは、感染しても病院に入院できずに施設で亡くなる高齢者や、自宅療養を強いられた感染者が急変し亡くなるという悲劇が相次ぎました。「9割を占める民間病院の協力が十分でないからだ」との声も聞かれますが、危機の本当の原因は何なのか。東京の大病院の経営に携わり、今も病院に経営のアドバイスを続けるなど医療現場の実情に精通する広島国際大医療経営学科の成清哲也教授に聞きました。高機能医療に対応できない「病床数世界一」 私は新型コロナによる日本の医療崩壊を考えるうえで、諸外国と比較する空間軸と歴史から学ぶ時間軸の2つの軸が大切だと思っています。 まず諸外国との比較では、確かに日本の人口1000人当たりの病床数13は世界で突出して多く、例えば米国と比べると4倍以上です。ところが新型コロナで求められる医療は、救命措置ができる高機能病棟で行われるため、ICU病床や専門医が必要です。そこでICU等病床数、医師数、看護師数を比べると、ほとんどで日本は欧米に大きく見劣りします=表1。これでは新型コロナに効果的に対応することはできません。これは「民間病院の協力が少ない」といった問題ではなく、これまで日本が作り上げてきた医療システムの問題で、人的リソース割り振りという国家戦略の結果なのです。そもそも民間病院には感染症専門医が少なく、中小病院が多くてコロナ患者のゾーニング(区分け)すらままならないために受け入れは困難だったのです。ガラパゴス化した日本医療 次に日本の医療システムを歴史的に見ましょう。第2次世界大戦後に、日本の復興を急ぎ、民間の活力を利用しようとしたGHQの指導の下に出来上がっていったのが現在のシステムです。すなわち、(1)国民皆保険、(2)患者が病院を自由に選べるフリーアクセス、(3)医師の自由開業制、です。これを私たちは当たり前と思っているかもしれませんが、世界でもまれなシステムで、例えば英国では市民は住んでいる地域でかかりつけ医が決まっていて、患者は病院を自由に選べません。フリーアクセスと自由開業制はまさに市場経済のシステムです。そのため民間病院は経営努力が求められ、仮に潰れても国が助けてくれることはまずありません。民間病院が市場経済の原理に基づいて運営されていることを鑑みると、民間病院にコロナ対応のインセンティブはありません。 このシステムの下、公衆衛生が一挙に広まり、医療技術の向上や医療設備の普及もあって、日本は世界一の長寿国を達成しました。この珍しいシステムがあまりにもうまく最適化し、いわばガラパゴス化してしまったことで、長年の制度疲労を見逃してしまったのです。今回の新型コロナ禍ではそれがあだになったと言えます。米国の経営学者クレイトン・クリステンセン(1952~2020年)が指摘した「成功のジレンマ」(成功が更なるイノベーションの足かせになる)です。ニューウェーブ教育・研究広島国際大学 健康科学部 医療経営学科成清 哲也 教授表1 病床数等の各国比較日本ドイツフランス米国英国人口千人あたり病床数10万人あたりICU等病床数100病床あたり医師数100病床あたり看護師数コロナ禍での医療崩壊危機戦後システムの制度疲労と医療を市場原理に任せたツケなりきよ・てつや ■1980年東京理科大学工学部第二部経営工学科卒。2007年東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科医歯科学専攻医療管理政策学コース修士課程修了。1980年東京医科大学入職。医療サービス部門、情報システム部門、経営企画室室長を歴任。2017年広島国際大学医療経営学部医療経営学科教授。2020年から現職。北海道大学大学院、神戸大学大学院非常勤講師。日本医療情報学会常任幹事。修士(医療管理学)。福岡県出身。15FLOW | No.94 | August, 2021

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