17FLOW | No.94 | August, 2021池田 裕美 助教 上野講師は、写真や小説、漫画など、さまざまな創作物をAI(人工知能)を使って定量化し、創作者に助言をするシステムの開発に取り組んでいます。「創作者のパートナーになるような物を作りたいです。創作する時には人間も考えますが、AIの判断結果と合わせることで、より作品の魅力が引き出せると思います」。 研究テーマの1つは、どのような用紙に写真を印刷するのが良いか写真や小説をAIで定量化 創作者に助言するシステムを開発大阪工業大学 工学部 電子情報システム工学科上野 未貴 講師 コロナ禍で自粛生活が長引き、他人と交わる機会が減ったりして、心を病む人が増えています。一般に「コロナうつ」と呼ばれ、英国ではコロナ感染症から回復した3人に1人が半年以内に何らかの精神疾患を発症したという研究報告もあり、今後も増加することが懸念されます。 池田助教は「運動不足や孤独感がうつ症状を引き起こすという研究結果がある」と警鐘を鳴らします。新規分野の開拓に挑む「行動栄養学」はそうした精神疾患を防ぐ一つのアプローチです。動物行動学と動物栄養学を組み合わせた新たな研究分野で、薬剤ではなく栄養素で行動をコントロールすることで精神疾患の予防や改善を図ることを研究のゴールとしています。 強いストレスを受けた時、ヒトや動物は異常な行動を示す場合があります。その中でも特に池田助教は「常同行動」という動きに着目します。動物園で、檻の中の動物が同じ動きを繰り返すのもこの常同行動です。池田助教は、マウスなどをモデルにさまざまな環境下でのストレス状態や行動を調べ、ヒトへの応用に取り組んでいます。例えば、ケージの中に長期にわたり1匹で飼育したマウスの多くに常同行動がみられ、集団で飼育したマウスにはみられないことを明らかにしました。また、不安を感じやすい性質のマウスは、そうでない性質のマウスより強い常同行動を示すことも突き止めました。こうした異常行動を抑制するため、「栄養素、とりわけ、タンパク質の基になるアミノ酸が有効ではないか」。そんな仮説を立て、池田助教はおとなしい種類のハムスターと、せわしなく動く種類のハムスターの運動機能をつかさどる小脳にアミノ酸がどれくらい含まれているかを調べました。その結果、おとなしい種類の脳内では鎮静・催眠作用を有するセリンが多く、せわしなく動く種類では少ないことが分かり、セリンが行動の沈静化に効いている可能性が示唆されました。 今はまだ動物実験の段階ですが、池田助教はヒトへの応用に自信を見せます。セリンは牛乳やカツオ節など日ごろよく口にする食品に多く含まれます。即効性では薬より劣りますが、「栄養素は日常的に安心して摂取でき、予防的観点からもメリットがあります。子供も気兼ねなく口にできます」。 コロナうつが広がる時代に、手軽に摂取できるサプリメントなどへの応用にも期待が膨らみます。「企業との連携も提案していきたい」と研究開発を続けています。摂南大学農学部 応用生物科学科コロナうつはなぜ起きるのか精神疾患を薬に頼らずに治す「行動栄養学」というアプローチ■うえの・みき 2010年大阪府立大学工学部知能情報工学科卒。2015年同大学院工学研究科電気・情報系専攻知能情報工学分野博士後期課程修了。日本学術振興会特別研究員、豊橋技術科学大学情報メディア基盤センター助教などを経て、2019年から現職。博士(工学)。京都府出身。■いけだ・ひろみ 2012年鹿児島大学農学部生物生産学科卒。2018年九州大学大学院生物資源環境科学府資源生物科学専攻博士後期課程修了。日本学術振興会特別研究員などを経て2020年から現職。博士(農学)。熊本県出身。JOSHOFRONTIER研究最前線JOSHOFRONTIER 不測の事態▲過去の感染症流行では人口の激減など社会構造が変わり、歴史が動いたことが何度もあります=88号・高松宏治摂南大薬学科教授 一昨年末からの新型コロナウイルスの感染拡大は、東京オリンピック・パラリンピックを延期に追い込み、まさに歴史を動かしました。しかし、ほとんどの人が予測していなかった事態でした。74号の「五輪の経済効果」で郭進摂南大経済学科准教授が語った「予想外」のことが起きたのです。▲(五輪の経済効果は)長い期間であれば、予想自体が難しくなり、予想外のことの起こる確率も高くなり、試算も難しくなります 全ての経済効果試算がこの騒動で狂ったことでしょう。予想外と言えば、過去3回のオリンピックを中止させたのは全て戦争でした。今回の事態もある意味では「ウイルスとの戦争」です。「五輪が平和を考える契機」と指摘したのは77号・川田進大阪工大総合人間学系教室教授 ▲古代オリンピックは……1カ月から3カ月の開催期間は「聖なる休戦期間」として紛争・戦争をしていてもそれを中断したのですウイルスとの戦争ばかりは中断できないのが想定外の悩ましさです。 公平さへの疑問 マラソンの厚底シューズ問題でもクローズアップされたのがスポーツの公平性です。ドーピングは違反が国家ぐるみのこともある深刻な問題です。▲(ドーピングは)禁止されていても、世界のトップ級アスリートの中で年間3000人以上の違反者がいると言われています=75号・中村友浩大阪工大総合人間学系教室教授年々ドーピング手法が巧妙になっていると指摘する92号・中原和秀摂南大薬学科講師は、▲全ての検体(尿や血液)は最大10年間保管されます。科学技術の発展で、検出できていなかった禁止物質が将来検出できた場合、さかのぼって記録の失効、アンチ・ドーピング規則違反による制裁が課されます と科学の進歩が違反の抑止にもつながると期待します。 女子選手の抱える問題はトップアスリートからも声が上がるようになってきました。▲どんな大会でも、女子の出場選手の約4人に1人は月経中ということになり、月経前の諸症状を抱えている選手を加えると半数近くの選手が少なからず月経にまつわる影響を受けている=76号・藤林真美摂南大スポーツ振興センター准教授(当時) パラリンピックでも公平性の問題があります。▲世界大会級のパラリンピックとはいえ、開発途上国から参加する選手の義足や車いすはとてもひどい状態です。先進国の選手が使っているようなきちんとしたものはほんの一部です。……スタート時点で既に大きな格差があるのです=66号・月城慶一広島国際大リハビリテーション支援学科教授(当時) 社会変革の契機 少しネガティブな側面が続きましたが、もちろんオリンピック、パラリンピックは社会を明るい方向に進める力にもなります。特にパラリンピックは障害者や弱者に配慮した「インクルーシブ」な社会の実現に大きな役割を果たしています。▲(1964年の)東京パラリンピックを開くかどうかはすんなり決まったわけではありません。「障がい者に人前でスポーツをさせていいのか」と否定的に見る社会的風潮もあり、行政機関が懸念したのです=70号・崎田嘉寛広島国際大住環境デザイン学科講師(当時) 社会の意識を変えるだけでなく、社会環境を変える契機にもなっています。▲都市インフラの整備が最優先だった前回大会から半世紀以上を経て、日本の街づくりや都市計画のコンセプト自体が大きく変わっています。バリアフリーなどの人への優しさや良好な景観が「街の仕掛け」として見直され、都市計画の重要な要素になっています=85号・福島徹摂南大都市環境工学科教授 ただ世界的に評判の日本のおもてなしですが、まだまだ足りない点があるとの指摘も。オリンピック、パラリンピックを深く考え、広く楽しんだ34 の 視 点 東京オリンピック・パラリンピックは新型コロナウイルスによる世界的なパンデミックで1年延期され、ようやく本番を迎えました。FLOWで2013年11月から始まったインタビュー企画2020東京五輪×「Team常翔」は92号で34回を数えました。足掛け9年にわたってオリンピックやパラリンピックにさまざまな角度から光を当て、インタビューをした学園関係者は計40人です。オリンピックとパラリンピックを多彩に、深く掘り下げたFLOW流の34の視点です。今号では主なテーマを振り返ります。なお、オリンピックの男子ラグビー(7人制)に本誌に登場した常翔学園高ラグビー部出身の松井千士さん(キヤノン)と石田吉平さん(明治大3年)の2人が日本代表として出場しました。このほか摂南大の横山喬之講師(80号紹介)が日本武道館での柔道男子予選後、「形」を披露するなど嬉しいニュースもありました。これらの活躍はFLOWで続報予定です。全インタビューを振り返る13FLOW | No.94 | August, 2021ち ひと
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