日本農学賞・読売農学賞 : 日本農学賞は日本農学会が贈るもので、農学研究者間における最高の栄誉とされる。受賞者は同時に読売農学賞へ推薦される。2021年度の受賞者の1人になった石川教授の業績論文は「害虫防除に向けたガ類の性フェロモンにおける分子基盤研究と新規生殖操作・配偶行動の発見」。4月6日に東京大弥生講堂で両賞の授与式が行われ、石川教授が受賞者講演を行った。本に生息している全ての種の性フェロモンを明らかにしました。下図では、複数のフェロモン成分のおおよその比率を黒丸の大きさで示しています。アワノメイガ類の性フェロモンは、炭素原子が14個直鎖状に連結する化学構造が基本で、EとZは二重結合の幾何異性(原子の立体配置の違い)、11や12は二重結合の位置を示します。この研究で、11番に二重結合を持つのがアワノメイガ類の性フェロモンの基本で、二重結合が唯一12番にあるアワノメイガが例外的存在であることなどが分かりました。 全ての日本産アワノメイガ類の性フェロモン組成を同定した以後は、性フェロモンに種ごとの組成の違いをもたらす分子生物学的基盤に関する研究を進めました。アワノメイガ類の性フェロモンは、生体内に存在する脂肪酸であるパルミチン酸の活性化体に、4種の酵素が作用することで生産されますが、その中でもフェロモンの二重結合の位置を決定する酵素である不飽和化酵素について重要な発見をしました。アワノメイガ類のゲノム上には少なくとも4種の不飽和化酵素の遺伝子が共通して存在し、種ごとにこのうちの一つが選択的に転写されることを見出したのです。この発見は性フェロモン交信系の進化のメカニズムに迫る発見と高く評価されました。超音波は「恐怖のラブソング」 雌雄間超音波交信の研究は、スウェーデン留学から帰国したばかりの研究室の卒業生、高梨琢磨氏(現在、森林総合研究所)から、ガ類の一部が超音波を出すという話を聞いたのがきっかけでした。さっそく、アワノメイガを超音波検出器(超音波を人の聴こえる音に変換する装置)で調べてみると、メスが出す性フェロモンによって興奮したオスが、一連の求愛行動の途中で超音波を発していることが分かったのです。オスの翅と胸には特殊な鱗粉があり、これを擦り合わせて超音波を発生します。鱗粉を除去して超音波を出せなくすると、オスの交尾率が下がることも分かりました。 さて、コウモリはガ類の天敵です。コウモリは超音波の反響を利用し、夜間でも飛んでいるガの位置を検知し捕食します。そのため一部のガ類は超音波が聞こえる耳を発達させました。自分に超音波が照射されたことを検知すると、ガはフリーズして落下します。この落下でコウモリによる捕食を回避するのです。 オスの超音波とコウモリの超音波を人工的に再生してメスに聞かせ、オスの交尾が成功する割合を調べる実験の結果、アワノメイガのメスはオスの超音波とコウモリの超音波を区別することはできないことが分かりました。つまりオスは超音波を出すことでメスにフリーズ反応を引き起こし、メスを動けなくした隙に交尾するのです。まさに、アワノメイガのオスの超音波は「恐怖のラブソング」です。 この研究は実際に、ガ類害虫の新規防除法の開発に結びつきました。私の元でガ類の超音波の研究を行った農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)の中野亮氏らが本研究を発展させ、ガ類の行動を効率よく抑える超音波を見出し、超音波発生装置の開発にも成功。この装置で害虫ハスモンヨトウのイチゴ施設内への侵入をほぼ完全に阻止することができたのです。 虫の配偶行動などその精巧な生態を深く知ることで、農薬に頼らず環境に負荷をかけない新たな害虫防除のシーズが見つかったということです。いしかわ・ゆきお ■1977年東京大学農学部農業生物学科卒。1979年同大学院農学系研究科農業生物学専攻修士課程修了。同年同研究科博士課程中途退学。同大助手、ミシガン州立大学客員研究員を経て、1994年東京大学農学部農業生物学科助教授。2010年同大学院農学生命科学研究科教授。2020年から現職。2021年度日本農学賞・読売農学賞受賞。日本応用動物昆虫学会会長、日本昆虫科学連合代表などを歴任した我が国の応用昆虫学の第一人者。東京大学名誉教授。農学博士。東京都出身。04May, 2021 | No.93 | FLOW4月6日に東京大弥生講堂で行われた授賞式。右は西澤直子・日本農学会会長14:OAcE11-14:OHZ12-E12-Z11-E11-Z9-ウスジロキノメイガ種 名マルバネキノメイガユウグモノメイガアワノメイガアズキノメイガオナモミノメイガゴボウノメイガフキノメイガツワブギノメイガヨーロッパアワノメイガE 系統Z 系統E 系統Z 系統黒丸(●)の大きさは、おおよその成分比を反映アワノメイガ類の性フェロモン1オスの超音波を配偶者と認識オスの超音波をコウモリと誤認オスメスオスの超音波の機能アワノメイガのラブソングはメスを動けなくする!•メスはコウモリの超音波でも交尾を受容•オスの超音波でもフリーズもしなら逃げたら見つかる…??仮説2仮説オナモミアズキゴボウフキツワブキトウモロコシツワブキノメイガフキノメイガアズキノメイガゴボウノメイガアワノメイガオナモミノメイガオスメスアワノメイガの近縁種とその寄主植物近縁種は形態での判別が困難はねサイエンス部常翔啓光学園中学・高校「なぜ?」を繰り返し、結果と原因を考察 身近なフシギを科学する 身近なものを使って不思議な現象を作り、その謎をひもとく常翔啓光学園中高サイエンス部。結果と原因の関連性を明らかにすることがサイエンスだと語る同部部長の村上海空斗さん(高校3年)、副部長の髙須隆希さん(同)、顧問の堀内さゆり教諭にお話を伺いました。部長の村上さんYouTubeで動画配信中!VIVID CLUB―普段の活動について聞かせてください。村上/毎週水曜日、化学実験室で活動しています。屋外で実験することもあります。部員は中学生・高校生ともに7人ずつの計14人で、実験内容は自分たちで決めています。髙須/1つの実験の準備から検証まで約2カ月費やしますが、思ったような結果が出ないことが多いです。そのため実験後は「なぜ失敗したのか」を考え、結果と原因の関係性を明らかにすることに注力しています。堀内/生徒たちには、実験して終わりではなく結果の分析と考察を欠かさないように指導しています。実験を成功させることがゴールなのではなく、結果に至るまでの過程や理由を科学的に説明できることが重要です。髙須/部活動の中で行った実験のうちいくつかをオープンスクールや文化祭などで発表しています。成功させなければというプレッシャーと、どんな質問が出るかなという緊張があります。発表した以上、質問には正しく答えないといけませんからね。―今まで行った実験で特に好評だった実験はどんなものですか。村上/昨年度のオープンスクールで演示した、ダイラタンシー現象を作る実験です。ダイラタンシー現象とは、物体の内部に力がかかることで液体から固体に変化する現象で、水とかたくり粉だけでできる実験です。髙須/水とかたくり粉を1対2の割合で溶いた液体が一瞬で固体に変化する不思議な現象に、中学生たちはとても驚いていました。外力によって物体の粒子が密集し、粒子間の隙間が小さくなることで強度が増し固体になると説明すると、感心した様子でした。村上/オキシドール(過酸化水素)の分解反応を利用して、もこもこした泡を噴出させる「象の歯磨き粉」という実験にも興味を示してもらえました。「材料はたいてい100円ショップで手に入ります」と紹介すると、自宅でもやってみようと言う声も聞こえました。―今後の目標についてお聞かせください。髙須/昨年度はコロナ禍の影響で実現できなかった文化祭での演示実験を、今年こそは行いたいですね。また、部活動を通して得た知見を大学での学びにつなげたいです。村上/部長として、これまで蓄積してきた実験のノウハウなどを後輩に引き継ぎ、部の更なる発展に貢献したいです。大学は理系に進み、今よりレベルの高い実験に挑戦したいです。堀内/生徒たちには、身近に起きる現象を「当たり前」「そうなるもの」と捉えるのではなく「なぜそうなるのか」と追究する習慣を身につけて欲しいと思います。その積み重ねで思考力を養い、何事も熟考できる人になってくれたらうれしいですね。部員らと顧問(後列左は松本彬伸教諭)み く とりゅうき副部長の髙須さん顧問の堀内教諭16May, 2021 | No.93 | FLOW
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