即効性から西洋薬の抗菌薬や抗生物質が治療の主体になりますが、肺炎になりにくくしたり、免疫力を高めるのに漢方は有効です。現実に日本の医師の9割が漢方を使用しています。また日本では、西洋薬と違って医師だけでなく薬剤師も独自に判断して漢方薬を患者に渡すことができます。私は、薬剤師が医師に漢方を診療指導できるような教育ができることを夢見て、私の研究室の名称を生薬漢方診療学としました。 インフルエンザによる発熱に対する西洋薬と漢方薬の解熱効果を比べたグラフを示します。A型、B型ウイルスに対してオセルタミビル(商品名「タミフル」)、ザナミビル(商品名「リレンザ」)という優れた薬と変わらない解熱効果が漢方薬の麻黄にあることが分かります。漢方薬は自然界にある植物や鉱物などの生薬を、原則として複数組み合わせて作られた薬です。特定の薬物成分を高濃縮して効果を高める西洋薬に対して、漢方薬は濃縮ではなく複数の生薬の組み合わせによる相乗・相加効果を狙って短期間に症状を抑えようとします。漢方薬にも副作用はありますが=*注2=、西洋薬に比べてけた違いに少ないです。 漢方は中国から5~6世紀に日本に伝わりましたが、その後は日本独自に発展を遂げました。同じ漢方医学でも中国、台湾、韓国、日本それぞれの風土や気候に合わせて進化した伝統があり、違った薬も使われています。中国で使われている漢方薬は現在の日本では健康保険が適用されていないものもたくさんあります。「漢方」という呼称も日本独自で、江戸期に入ってきた「蘭方=オランダ医学」に対して付けられたものです。ちなみに中国では「伝統中国医学」と呼ばれています。森道伯のスペイン風邪治療 重症の肺炎が深刻な新型コロナウイルスの治療では、同じようにインフルエンザウイルスによる重症な肺炎が広まった100年以上も前の「スペイン風邪」で効果を示した漢方治療が応用できると私は考えます。漢方の一貫堂医学を創設した森道伯(1867~1931年)の治療です。森はこの時の優れた治療効果によって名声を得ました。私の祖父である中島随象もその一貫堂医学を受け継いだ漢方医でした。 森はスペイン風邪を、①胃腸型②肺炎型③脳症型の3つのタイプに分けて、それぞれに漢方薬を処方しました。そのうちの肺炎型の治療に使われた漢方薬に着目します。森は「半夏、甘草、桂枝、五味子、細辛、芍薬、麻黄、乾姜」という生薬を組み合わせた「小青竜湯(しょうせいりゅうとう)」という薬に杏仁と石膏を加えたものを使いました。戦後を代表する漢方医の一人の山本巌(1924~2001年)も、抗菌薬出現前には重症肺炎には「麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)」に、更に石膏を加えたものが非常に効果的だったと報告しています。麻杏甘石湯(麻黄、甘草、杏仁、石膏)に桂枝、芍薬、五味子、細辛、半夏、乾姜を加えれば小青竜湯に杏仁と石膏を加えたものと全く同じものです。この内の主な生薬の効果を示します。 麻黄と石膏:消炎効果。下肢静脈炎、炎症性浮腫に効果。麻黄は免疫調整作用やその主成分のエフェドリンによる気管支拡張作用がある。石膏は、麻黄や他の生薬の効能や腸での吸収を高め、それ自身が炎症を抑える作用もある。 杏仁:利水作用があり、気道の炎症による浮腫を取り去る。 半夏と五味子:咳を鎮めて痰を除く。 細辛:発汗を促し、咳を鎮めて痰を除く。 甘草:消炎作用、肺の乾燥を改善。 抗菌薬の効果が不十分だった時代には、肺全体が侵される大葉性肺炎に麻黄と石膏を組み合わせて炎症を治療することも重視されていますし、それを裏付ける科学的研究結果も報告されています。これらのことから私は新型コロナウイルスによる肺炎の強い肺内の炎症を抑え免疫の暴走を調整するために、麻黄と石膏の組み合わせによる相乗・相加効果が重要と考えています。新型コロナウイルス肺炎の有効な西洋薬治療として使われているデキサメタゾン(ステロイド薬)が抗炎症作用を発揮して効果を示すのと同様に、麻黄と石膏などにより肺内の炎症やサイトカインストームを抑制する可能性を考えています。ちなみに中国で新型コロナウイルス治療に効いたと報告された薬を調べても麻黄と石膏が入っています。オンラインでノースカロライナ大薬学部学生に講義も 私は現在、米国ノースカロライナ大薬学部の学生にオンラインによる漢方医薬学の講義を行っています。米国では漢方の授業はありません。受講している学生は漢方薬の効果に驚きます。今後、新型コロナウイルスが季節性インフルエンザのようにしぶとく生き残っていくことも考えられます。上気道炎(いわゆる風邪症状)に葛根湯などの漢方薬が広く使われるようになったように、新型コロナウイルスに対しても漢方による治療が大きな可能性を持っているのです。*注2【漢方薬と副作用】=中島教授は漢方による薬剤性肺炎の発症を世界で初めて突き止めた論文を発表している。10January, 2021 | No.91 | FLOW森道伯(温知堂矢数医院所蔵)72016:103389/201600054麻黄麻黄ー石膏の作用石膏は硫酸カルシウム(CaSO4)を主成分とする鉱物麻黄:・CCケモカイン受容体(CCR)3、CCR4およびCCR8に対するトリプルアンタゴニスト活性を有する。また、Th1/Th2バランスを調節してアレルギー性疾患を改善することが報告されている。石膏の添加・pHの低下・他の生薬成分に影響する例:麻杏甘石湯麻黄の主アルカロイド量が増加amygdalin、liquirit、他。・カルシウムによる生薬成分の腸管からの吸収促進20062007抗ウイルス薬群と麻黄湯群の発熱時間
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