常翔学園FLOW88号
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免疫系の低下も怖いが、過剰も怖い─新型コロナウイルスにより重症の肺炎になるかならないかの要因 は、感染者の抵抗力の強さなのでしょうか?高松 ウイルスは感染する細胞を選びます。その細胞のある臓器が命にかかわらないものならいいですが、今回の新型コロナウイルスのように肺に感染するものや神経細胞や血管細胞に感染するものは危険です。重症になるかどうかは感染者の抵抗力(免疫力、基礎疾患の有無など)が重要ですし、医療体制も大きな要因と考えられます。また、国によって致死率の格差が大きいのは、医療体制、国家体制、経済力、人口密度、習慣(文化、宗教、マスクの着用、SARSやMERSの経験など)、遺伝的特性など、複数の要因が影響します。基礎疾患がなく若いのに重症化したり死亡したりする患者も報告されていますが、免疫系が過剰反応して自分自身を破壊的に攻撃し、それが全身に及ぶ「サイトカイン・ストーム」と呼ばれる免疫の暴走のケースもあります。免疫力は弱くても問題ですが、過剰でもダメでバランスが大事なのです。報道で私が興味深いと思っているのは、BCG(結核ワクチン)が新型コロナウイルスの重症化を抑制しているのではないかとの説です=*注1。─新型コロナウイルスの終息の見 通しを専門家はどうやって予測 するのですか?高松 感染者数、患者数、重症者数、死者数などの数値の推移に基づいて予測していると思いますが、予測が当たるかどうかは分かりません。PCR検査は検査時点でのウイルス感染の有無の参考にしかなりません。感染履歴が分かる抗体検査=*注2=が普及すると予測精度が向上すると期待できます。 ─ワクチンや特効薬の開発にはどれくらいの日数が必要ですか?高松 ウイルスの分子構造を解析して、ヒトの細胞の受容体と結合するより先にその構造にはまり込んで感染を阻害する薬などが考えられています。実はウイルスを攻撃するそうした薬はたくさん作られるのですが、ほとんどは人体にも害を及ぼすために使えないのです。新規の薬やワクチンの開発には副作用や安全性のテストに時間がかかり、一般的に年単位の時間が必要です。だからBCGやアビガン(一般名:ファビピラビル)のような既存のワクチンや薬剤に期待がかかるのです。歴史に学び防災や国防に準じる備えを─グローバリゼーションで感染症は国境を越えた脅威です。こんな 時代に私たち個人で備えること国家が備えるべきことを教えて ください。高松 個人としては、感染症と感染防御に関する基礎知識を身につけること、最新で信頼できる感染症関連情報を入手すること、それらを客観的に分析して利用することが重要です。また、経験則も重要なので、感染症の歴史を学ぶことを強調したいです。例えば14世紀に繰り返されたペスト(黒死病)の流行と今回のパンデミックはいろいろ似ています。ペストは今の中国から絹の道や海の道を伝ってイタリアに上陸し世界に広がりました。当時は病原体など知られていませんでしたが、顔を覆うマスクをしたり、人同士の接触を避けるなど今と変わらぬ対策もしていました。船を港に40日間留め置く検疫もしました。検疫を英語でquarantine(クワランティン)と言いますが、イタリア語の40日間を意味する言葉が語源です。過去の感染症流行では人口の激減など社会構造が変わり、歴史が動いたことが何度もあります。今回のパンデミックでも、五輪が延期になりテレワークが進むなどの社会の変化をもたらしています。過去を知らずに未来のことは分かりません。 国家の対応としては、初等教育からの公衆衛生と道徳に関する教育が最も重要です。知識だけでなく、手洗い、マスクなどの使用法、服薬などの訓練も必要で、専門家の育成も重要です。防災や国防に準じた扱いをするべきです。起こるか起こらないか分からない危機に対して、国内外の状況に応じて備えることになります。─人類の6~7割が感染すれば自然に終息するというのは本当で すか?高松 周りに感染できるヒトがいなくなればウイルスは生き残れません。インフルエンザなど感染経路が似ている感染症を参考に予測した数字だと思いますが、「終息する」とは地球上から消滅することを意味しているのではなく、今回の流行が終わることを意味します。だから第2波、第3波の流行にも警戒が必要です。そして流行終息の後には、従来型コロナウイルスと同様、新型コロナウイルスも普通の風邪としてヒトと共存しながら生き残る可能性もあります。*注2=PCR検査はウイルスの遺伝子増幅を行う検査で、結果が出るまでに時間がかかるうえ設備や機器も必要。抗体検査では感染初期に出現するIgM抗体、過去の感染履歴を示すIgG抗体を検出するもので、簡単なキットで血液を採取し15分程度で結果が分かる。08June, 2020 | No.88 | FLOW■治療薬候補になっている薬*1:2020年5月7日に承認。*2:2015年にノーベル賞を受賞した北里大学の大村智特別栄誉教授が発見した新種の菌から開発された。名前(製薬会社の国、本来の治療目的)アビガン(日本、インフルエンザ)レムデシビル(米国、エボラ出血熱)*1カレトラ(米国、エイズ)オルベスコ(日本、ぜんそく)クロロキン(マラリア)ナファモスタット(日本、急性膵炎)アクテムラ(日本、関節リウマチ)イベルメクチン(米国、寄生虫感染症)*2手作りのウイルス模型で説明する高松教授■感染症の主な歴史アントニヌスの疫病2世紀後半ペスト(黒死病)14世紀中ごろ天然痘16世紀前半コレラ19~20世紀スペイン風邪(インフルエンザ)1918~1920年20世紀後半以後の感染症流行1957~1958年1961年1968~1969年1976年~断続的に1981年~2002~2003年2009~2010年2012年~2019年~時代を超えて定着している感染症ローマ帝国=死者1000万人?天然痘か麻疹と推測される。ローマ帝国衰亡の要因?ヨーロッパ=死者7500万人以上農奴が激減し労働力不足が深刻化。中世封建制度の崩壊の契機に中南米=死者3000万人以上侵略したスペイン人によって持ち込まれアステカ王国滅亡の原因に世界で計6回流行=死者350万人以上産業革命でロンドンやパリの都市部に急増した労働者に流行。上下水道や住宅環境など公衆衛生改善が進む     世界で死者5000万人から1億人第1次世界大戦で戦闘による死者より感染による死者の方がはるかに多く、終戦を早めた。全世界で市民がマスクを着用。英国で国民皆保険制度導入のきっかけになるなど医療制度の見直しにつながった世界「アジア風邪」=インフルエンザ、死者100万人南アジアとソ連=コレラ世界「香港風邪」=インフルエンザ、死者75万人アフリカ=エボラ出血熱世界「エイズ」=HIV、感染者は5000万人?世界「SARS」=コロナウイルス、死者916人世界=インフルエンザ、死者1.4万人以上世界「MERS」=コロナウイルス、死者858人世界「COVID-19」=コロナウイルス、死者37万人超(6月1日現在)•結核=世界人口の23%の17億人が感染し、1年間に160万人が死亡と推計•マラリア=世界で毎年2億人近くが感染し、2017年の死者は43.5万人•ハンセン病=世界の登録感染者数は21.6万人(2016年)*WHOなどの資料を基に作成

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