常翔学園FLOW88号
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 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界に広まるパンデミックとなり、東京五輪・パラリンピックは1年延期になりました。このウイルスに限らず近年多くの野生動物由来の感染症が世界を震撼させてきました。こうした感染症拡大の背景には、航空機など交通の発達により人や動物が短時間で地球のどこにでも移動が可能になったグローバリゼーションがあり、五輪など増え続ける世界的イベントが感染症を世界に一気に広めるリスクを背負います。これまでに人類が撲滅に成功したウイルスは天然痘だけで、ネズミやプレーリードッグを介するペストですら過去の病気ではなくコントロールできていないのが現実で、感染症対策の難しさをうかがわせます。微生物の専門家である摂南大学薬学科の高松宏治教授に、コロナウイルス、感染症の歴史、パンデミックの背景などについて聞きました。変異を繰り返し進化するウイルス─風邪の10~15%はコロナウイルスが原因ということですが、今回 の新型コロナウイルスやSARS、MERSなど致死性の比較的高い コロナウイルスは何が違うのですか?高松 ウイルスというのは生物と無生物のどちらにも分類されないものですが、DNA(デオキシリボ核酸)やRNA(リボ核酸)という遺伝物質を持つ点では生物と同じです。DNA型とRNA型の2種類があり、コロナウイルスは変異しやすいとされるRNA型です。細長いひも状の分子が2本なのがDNAで、RNAは1本です。その分子を増殖させるために、感染したヒトなど宿主の細胞の働きを利用します。致死性の違いは簡単に言うとその遺伝子が異なるからです。RNAを構成する4種類の塩基の並び方、すなわち塩基配列によって遺伝子の働きが決まります。すべてのコロナウイルスは共通の祖先を持つと考えられますが、突然変異を繰り返すことによって進化し、従来型のウイルスとは異なる動物に感染する新型ウイルスが登場することがあります。新型ウイルスに対してほとんどの個体は抵抗力(防御免疫等)を持たないため、時にアウトブレイク(感染爆発)、エピデミック(地域流行)、パンデミック(世界流行)につながります。SARSやMERSは動物のコロナウイルスが突然変異を起こしてヒトに感染するようになったと考えられていますが、幸いパンデミックに至りませんでした。今回の新型コロナウイルスの「感染力は強いが、極端に高い致死性がなく、感染しても症状が現れない無症候性感染者が多い」という特徴がパンデミックを引き起こす大きな要因になった可能性があります。生存戦略に優れたウイルスと言えます。─鳥インフルエンザ、SARS、エボラ出血熱など、20世紀後半以後に 出現したウイルス感染症の3分の2はヒト・動物共通感染症ですが、 動物のウイルスが人間に感染する仕組みを教えてください。高松 一般的に、あるウイルスが感染可能な細胞(宿主細胞)の種類は限定されており、種が異なる動物間でウイルスが伝播することはまれですし、同じ動物個体の中でも感染する細胞の種類が限定されます。進化的にみてヒトとの類縁関係が近い動物ほど、細胞の構造や働きがヒトと似ているため、同じウイルスに感染する可能性が高くなります。例えばインフルエンザウイルスは呼吸器の上皮細胞の表面に存在するシアル酸とよばれる物質(ウイルス受容体)に結合します。動物の種類によってシアル酸の種類も異なるため、それぞれのインフルエンザウイルスは特定の動物にだけ感染します。ブタの細胞には、ヒトやトリと共通のシアル酸が存在するため、ブタはヒトとトリのA型インフルエンザウイルスに感染することがあります。ブタの細胞内でブタ、ヒト、トリのA型インフルエンザウイルスの遺伝子が混ざり合うことで、新型ウイルスが形成されると言われています。高松 宏治 教授摂南大学 薬学部薬学科生存戦略に長けた新型コロナ感染症が社会構造を変え歴史を動かす契機にもたかまつ・ひろむ ■1990年筑波大学第二学群生物学類卒。1995年同大学院生物科学研究科生物物理化学専攻博士課程修了。1996年摂南大学薬学部衛生薬学科助手。2006年同薬学科講師。2010年同准教授。2016年から現職。博士(理学)。広島県出身。*注1=BCGワクチンを定期接種にしている国(日本、中国、韓国、香港、シンガポールなど)は新型コロナウイルス感染者が少なく、接種をしていない国(イタリア、スペイン、米国、フランス、英国)は多いという仮説。オーストラリアなど複数の国でBCGワクチンによる臨床研究の動きがある。新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真(国立感染症研究所提供)=RNAを覆い保護するエンベロープ(外皮)とその周りのトゲ(スパイク)が特徴的な形で、トゲがヒトの細胞上の受容体と結合し、ヒトの細胞内に侵入する。このコーナーは、2020東京オリンピック開催にちなんだ『Team常翔』による連続インタビュー企画です。07FLOW | No.88 | June, 2020

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