常翔学園 FLOW No.83
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昨年8月に東京ビッグサイトで開かれた大学発“知の見本市”である「イノベーション・ジャパン2018」で、大阪工大生命工学科の金藤敬一教授の研究「尿を直接燃料とする高出力電池の開発」が多くの企業の注目を集めました。化石燃料の枯渇や原子力発電所の放射性廃棄物の問題を前に、持続可能なエネルギーの開発は地球全体の喫緊の課題です。人間の身近にあり、汚物として捨てられる尿を燃料に発電できれば、オフィスビル、商業施設、酪農施設などから、災害被災地や山岳地帯などの極限の環境の現場まで、利用範囲は広く、有望なエネルギー源になります。人が排出するものを自ら利用する究極の持続可能エネルギーです。開発した燃料電池の更なる性能向上に取り組む金藤教授に開発の経緯や今後の展望を聞きました。ひらめきは南アルプスの山小屋でもともと導電性高分子の研究をしてきた私が、尿を使ったバイオ燃料電池の開発に取り組んだのは60歳を過ぎて始めた登山がきっかけでした。南アルプスを縦走して北岳(3193m)の山小屋に泊まった時でした。夜になると真っ暗でトイレに行くにも懐中電灯が必要です。用を足しながら「この尿を燃料にした電池ができれば」と思いついたのです。下山すると高速道路のサービスエリアのトイレに人が列をなしているのを見て、「貴重なエネルギー資源が捨てられている」と改めて気付きました。燃料電池は燃料の酸化反応で放出される化学結合エネルギーを継続的に電気エネルギーとして取り出す“発電装置”です。その酸化反応を促進するには+と-の2つの集電極に触媒が不可欠で、燃料電池の性能はその触媒に大きく依存します。水素燃料電池を始め多くの燃料電池には「万能触媒」と言われる白金が使われていますが、尿素に対して白金触媒は効果がありません。米国のNASAや米軍研究機関も尿素に注目してきたのですが、有効な触媒がなかったことがネックとなり、研究が進まなかったのです。新しい触媒発見がカギに私の最初の尿燃料電池開発は、その触媒としてCuNi(銅ニッケル)をメッキした市販の織布に導電性高分子のPEDOT*PSS=※注=を塗ったものが効果を発揮することを発見したことが大きなカギでした。4年前に大阪工大に着任後、導電性高分子の新たな応用を考えていた時に、40年に及ぶ研究経験から「燃料電池の触媒に使えるのでは」と着想しました。当初はビタミンCやグルコース、アルコールなどのバイオ燃料で研究を始めました。同時に燃料電池の新しい使い方として災害時などに使えるポータブルで軽量な燃料電池の開発も目指しました。現在使われている硬い電極ではなく軟らかくフレキシブルな軽い電極として、スマートフォンなどのシールド材(ノイズ電波を遮断する材料)に使われているCuNiメッキ織布を使ってみると、レモン果汁(ビタミンC)に高い触媒活性を示すことが分かりました。その織布にPEDOT*PSSを塗ると更に開発した尿燃料電池で青色LEDを点灯尿を直接燃料にする電池開発極限環境で使える“廃棄物”に着目究極の持続可能エネルギー大阪工業大学 工学部生命工学科金藤 敬一教授 ニューウェーブ教育・研究昨年8月に東京ビッグサイトで開かれた大学発“知の見本市”でリアのトイレに人が列をなしているのを見て、「貴重なエネルギー資源が捨てられている」と改めて気付きました。燃料電池は燃料の酸化反応で放出される化学結合エネルギーをかねとう・けいいち ■1971年大阪大学工学部電気工学科卒。1975年同大学院工学研究科電気工学専攻博士課程を中退し同学科助手。1981年米国ペンシルバニア大学化学科博士研究員。1987年大阪大学工学部助教授。1988年九州工業大学情報工学部教授。フランスのグルノーブル核物理研究所やペンシルバニア大学の客員研究員などを経て、2001年九州工業大学大学院生命体工学研究科教授。2015年から現職。工学博士。香川県出身。オフィスから宇宙船まで15FLOW | No.83 | March, 2019

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