現在放映されているNHKの朝ドラ「まんぷく」のヒロインの夫のモデルはチキンラーメンを開発した安藤百福ですが、広島国際大医療栄養学科の坂本宏司教授は新食品の開発を顕彰する安藤百福賞(第12回優秀賞)=*注1=の受賞者です。インスタントラーメンに引けを取らない独創的な食品加工技術である凍結含浸法の開発者として知られ、同賞以外にも数々の大きな賞を受けています。野菜や肉、魚をはじめさまざまな食材や食品を形や味、栄養素はそのままに、食べやすい軟らかさにすることができる技術で、今や高齢者らの介護食には不可欠なものです。急速な社会の高齢化で在宅介護時代に突入する中、坂本教授は冷蔵庫があれば家庭で手軽にできる新「凍結含浸法」も開発し、この手法を社会に広める取り組みも始めています。坂本教授に開発の経緯や苦労、今後の展開などについて聞きました。きっかけは「もみじ饅頭」の餡の研究私が「凍結含浸法」を開発したのは広島県立総合技術研究所食品工業技術センターの職員だった2002年ですが、開発のきっかけは介護食とはまったく関係のない広島名物「もみじ饅頭」でした。その餡作りで「コストを下げられないか」と企業から相談を受けたのです。餡は小豆を粉砕して作りますが、細胞壁は壊れず細胞同士がバラバラに遊離している特徴があります。こんな食品を単細胞食品と言います。餡を単細胞化するには大量の水を使った「水さらし」などの手間が掛かる工程があります。そこで酵素=*注2=の働きを利用して効率よく餡を単細胞化する研究を始めました。1年半の試行錯誤で細胞同士を接着させている多糖類ペクチンを分解する酵素液に浸すことで単細胞化することができたのですが、残念なことになめるとまったく味がしませんでした。細胞の内と外の浸透圧差で酵素液に肝心の味が溶出してしまっていたのです。そこで浸透圧の影響を防ぐために酵素を急速に食材に浸透させることを考え、圧力を利用する含浸技術が有効ではと気が付きました。木材などに樹脂を浸透させて強化するなど工業分野では普通に使われていた方法でしたが、食品加工では使われていなかった方法です。ただ圧力だけでは大きな食材の内部にまで浸透させられませんでした。そこで十分に酵素を浸透させるには前もって食材を凍結するとうまくいくことを発見しました。食材中の水分が氷の結晶になり組織自体が緩み、酵素を効率よく含浸できたのです。凍結含浸法の誕生でした。具体的には、①食材を-20℃で凍結②凍結した食材をペクチナーゼやプロテアーゼなどの分解酵素の液に浸して解凍③真空ポンプで減圧④食材を常圧に戻し酵素液から取り出し、所定温度で酵素反応を進める⑤目標の軟らかさになったら食材を加熱し酵素の活動を止める、というプロセスです。凍結含浸法で軟化させた食材例(写真左からニンジンまるごととタケノコ穂先まるごと)どんな食材も軟化介護時代に不可欠な「凍結含浸法」手軽に家庭でできる手法も開発広島国際大学 医療栄養学部医療栄養学科坂本 宏司 教授さかもと・こうじ ■1980年神戸大学農学部農芸化学科卒。同年広島県食品工業試験場(現総合技術研究所食品工業技術センター)研究員。同センター次長などを経て、2014年より広島国際大学医療栄養学部医療栄養学科教授。2017年同学部長補佐兼任。2008年第12回安藤百福賞優秀賞。同年日本食品科学工学会技術賞。2014年文部科学大臣表彰科学技術賞。博士(農学)九州大学。広島県出身。ニューウェーブ教育・研究がんしんあん11FLOW | No.82 | January, 2019
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