常翔学園 FLOW No.81
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今月1日でマーストリヒト条約が発効しEU(欧州連合)が誕生して25年になりました。しかし、EUは来年3月に迫った英国の加盟離脱(Brexit)、各国での反EU・反移民の極右・ポピュリスト政党の勢力拡大で創設以来の最大の危機に瀕しています。国境のない新たな統治モデルとしての理想は、グローバリズムや国際秩序の歪みの前に大きく揺れています。著名なEU研究者に欧州委員会から与えられる「ジャン・モネ・チェア」の称号を持つ摂南大経済学部長の久保廣正教授に、英国離脱の危機をもたらした背景、経済のグローバリズムがもたらした問題、今後のEUの展望、日本の対EU政策の変化、などについて聞きました。戦争に必要なものを共有化し戦争の抑止にEUが誕生から25年を迎え、今では欧州の28カ国が加盟し、総人口は5億人を超えます。私が丸紅社員時代に欧州委員会に出向した1979年当時、前身のEC(欧州共同体)の加盟国が9カ国、2.5億人でしたから、大きく発展したと言えます=年表と図1参照。ここまで発展した要因は3つあります。まず第1に2度の世界大戦を経験したヨーロッパにある悲惨な戦争を二度と起こさないという強い不戦の理念です。当時は戦争をするにはまず鉄と石炭が必要でしたから、それを各国で共有し管理すれば戦争を起こせないと考えたのです。フランスの政治家で財界人だったジャン・モネらが「国際機関でコントロールしよう」と呼び掛けて1952年に設立されたのが欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)で欧州統合の第一歩でした。鉄と石炭から始め経済全体のエンメッシュメント(相互依存)化が進めば、ますます戦争が起こせない経済構造が生まれます。経済の統合が政治の統合に自然と発展するとも期待したのです。第2の発展要因は、EU共通の価値観の求心力です。民主主義、市場経済、人権尊重、法の支配、と今では当たり前の価値観ですが、冷戦終結後の旧社会主義の東欧諸国にはとても新鮮な価値観でした。2000年代にこれらの国が一挙に加盟したのです。第3の要因は、国境をなくすことで規模の経済(単一市場)のスケールメリットが生まれるということでした。格差というグローバリゼーションの歪みここまで発展したEUに近年になって大きなきしみが生まれてきました。もちろん一番の問題は現在進行形の英国のEU離脱(Brexit)の行方ですが、こうしたきしみが生まれた要因も大きく3つあります。まずグローバリズムの歪みです。グローバリズムの考え自体は間違ったものではありません。国連もEUもその考えを体現したものです。ただEU内で経済のグローバリズムが急速に進むと、それをうまく利用できる海外進出企業及びそこで働く人とそうでない企業・人で生産性及び所得の違いが生まれ、大きな格差が生じます。例えば、EU各国でも法人税率や税制優遇が違っていますが、海外進出できる企業はこうした違いをうまく使って節税できます。こうして所得格差が生まれると、グローバリズムを乗り切れなかった人たちに大きな不満が生まれました。そこにつけ込んだのが反EUを掲げるポピュリズム政党や政治家たちでした。第2にEUが「one ts for all」と言って、全加盟国に同じ一つの制度を普及させようとしたことです。ドイツもルーマニアも同じ制度というのは現実的に無理がありました。第3は難民問題です。2015年にシリアなど中東からの難民が一気に増え1年で100万人を数えました。ナチスの教訓から政治的に迫害を受けた人々を庇護するという基本法を持つドイツは当初、「断固受け入れる」とメルケル首相が表明しました。しかし、難民が急激に増えるにつれて、財政的にも耐えきれなくなってきたのです。国民に不満が増し、メルケル首相の支持率も低下しています。ニューウェーブ教育・研究EU誕生25年 進む欧州危機 英国離脱を巡って大きな波紋摂南大学 経済学部経済学科久保 廣正 教授くぼ・ひろまさ ■1973年神戸大学経済学部経済学科卒。同年丸紅入社。1979年欧州共同体委員会経済金融総局出向。丸紅調査部副部長などを経て1999年神戸大学大学院経済学研究科教授。2009年欧州委員会より「ジャン・モネ・チェア」の称号。2011年4月~2014年3月神戸大学学長補佐(国際交流担当)、日本EU学会理事長。2014年摂南大学経済学部教授。2015年11月より同大経済学部長。2018年4月より同大学院経済経営学研究科長兼任。著書に『貿易入門〈第3版〉』(日本経済新聞出版社)『欧州中央銀行の金融政策とユーロ』(有斐閣・共著)『欧州統合論』(勁草書房)など多数。博士(経済学)神戸大学。大阪府出身。久保教授の著書の一部03FLOW | No.81 | November, 2018

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